神絵師アロアロ
「ネット回線、無いじゃないですかぁ〜!」
今にも泣き出しそうな声で、レーナはクリスにすがりついた。よしよし、となだめるクリス。ことの始まりは、今朝まで遡る。
回復魔法による治療を施された翌日、レーナは早起きして職業案内の相談に向かった。しかし、運悪く無愛想な担当者に当たってしまう。
Vチューバーになると言い放つレーナに、担当者は冷たくあしらった。「ネット回線、無いですよ」と。この世界にインターネットが無いのは事実であり、問題点を告げることも何ら悪いことではない。しかし、大事なのは言い方であり、話し方である。全否定されたと思ったレーナは、その後の言葉が続かなくなり、半泣きで退席し、クリスに愚痴を言いに来たと言うわけである。
「酷くないですか? あんな冷たい言い方しなくても……。もう二度と、相談なんか行くもんか!」
「そうね〜。確かに、配慮が足りない発言だと思うわ……」
なだめながら、クリスはメンタルの弱さを心配する。
「それはそうと、その服、すごく似合ってるわね!」
新調したばかりの服を褒められ、レーナは機嫌を良くした。気持ちのアップダウンは激しいが、その分、切り替えも早い。
「Vチューバーになるんだし、これからはもっと見た目も可愛くしていこうと思って、奮発して買ってみたんです! この服、冒険者用なので、防御力もそこそこありますよ!」
赤い上着と、ひらひらの白いスカート。防御力があるようには到底思えない。肌の露出も気になるし、店主に騙されたのではないかとクリスは思った。正直、目のやり場に困る。とくに、太もも。
「それにしても困ったなぁ。ネット回線に代わるもの、何か無いですかねー。魔法で何とかならないかなぁ」
「う〜ん。私も色々考えてみたんだけど、投影魔法と遠距離拡散魔法を上手く組み合わせれば、離れた場所からでも映像を送ることはできるんじゃないかしら。インターネット網に比べたら遠く及ばないけど、配信に近いことなら出来ると思うわ」
「本当ですか!」
「えぇ。出来るはずよ。だけど、Vチューバーって、中身を見せないのが前提よね? 立ち絵や3Dモデルを探さなきゃいけないと思うんだけど、あてはあるの?」
レーナは腕を組み、しばらく考えた。
「立ち絵は……絶対必要だと思います。それを動かす方法はこれから考えるとして。私は絵を描くのが苦手だから、まずは可愛いイラストを描ける人を探さなきゃ」
「可愛いイラストを描ける人かぁ。それなら、心当たりがあるわ。ひと月くらい前だったかしら。この施設に訪ねてきた女の子がいたんだけど、絵を描く仕事がしたいって言ってたの。実際に絵を見せてもらったけど、とても上手に描けていたわ。確か、レーナさんと年齢も近かったはずよ。しかも、可愛い子だった」
「その子を紹介して下さい。お願いします!」
「もちろん、良いわよ」
レーナは前世で一度だけ、神絵師に立ち絵の制作依頼をしたことがある。しかし、決して安くは無い金額を振込んだ直後から、その絵師とは連絡が取れなくなったのだ。この時のショックは計り知れず、生まれ変わった今でも思い出すと胃が痛む。しかし、クリスの紹介とあらば信用はできるだろう。しかも自分と同じ異世界転生者。年齢も近くて可愛い女の子と言うのだから興味は尽きない。
次の日、レーナはクリスが紹介してくれた絵師と会うことになった。待ち合わせ場所は王都の中央噴水広場。若者や恋人たちに人気のスポットだ。広場の前の大通りには、おしゃれなお店がたくさん並んでいる。
約束の時刻ぴったりに少女は現れた。こっちの世界では珍しい黒い髪の毛。上着とスカートは青色で、肩から茶色い鞄を斜めにかけている。手には宝玉のついた杖を持っていた。
「はじめまして……。イラストレーターのアロアロです……」
人見知りが激しいのだろうか。やけにオドオドしている。
「レーナです。アロアロさん、よろしくね!」
レーナはアロアロの手を取り、握手した。アロアロは自分の手汗が気になって、パッと手を離す。
「あわわ……すいません。私、緊張して、手汗がすごくて。イラストの依頼なんですが、まずは描いた絵を見てもらった方が早いかなと思いまして……。こちらを」
鞄からスケッチブックを取り出し、レーナに手渡す。
「レーナさんも異世界転生者なんですよね? 私もひと月前、記憶が戻ったばかりなんです……。でも、記憶障害が酷くて、ここでの生活の記憶が思い出せなくて……」
「私は一昨日、前世の記憶が戻ったんだけど、まだ少しだけ混乱してるところはあるかなぁ」
レーナはキョロキョロと辺りを見回し、遠くのベンチを指差した。
「ここだと人も多いし、噴水の音もうるさいから、あっちのベンチに座って話さない?」
二人は日陰になっているベンチへ向かった。背負っていたブーメランを横に立て掛け、レーナは腰を下ろす。アロアロも気まずそうに隣に座る。微妙に距離が空いているのが気になるが、レーナは無理に詰めることなく話し始めた。
「スケッチブック、見せてもらうね」
「どうぞ。白黒のイラストばかりなんですが……」
スケッチブックを開き、一枚、また一枚とめくっていく。風景や植物に混じって、人物のクロッキーも何枚か描かれていた。
「すごい。美術の先生みたい。上手いね」
「ありがとうございます」
アロアロの絵の上手さは分かった。ならば、さっそく本題に入ろうとレーナは思う。
「単刀直入に聞くね。Vチューバーの立ち絵って描ける? えっと……Vチューバーは知ってるよね?」
「知ってます。生前、立ち絵の依頼を数件受けたことがありました」
ならば話が早い。実績があるのならば、こちらが求めていることも分かってくれそうだ。レーナが求めているのは美少女イラストの立ち絵で、表情の差分があれば、尚良しといったところ。
「可愛い女の子の立ち絵を描いて欲しいの。イメージは私の格好みたいな感じで。特大ブーメランも持たせて欲しいんだけど、受けてくれる?」
「はい。ですが、その前に一つだけ大事な話をさせてください」
アロアロの表情は曇っていた。何か躊躇するような事情でもあるのだろうか。
「事前にクリスさんから話は聞いています。レーナさんが本気でVチューバーをやろうとしてることも。だから、私も正直に話そうと思います」
深呼吸をし、ゆっくりと口を開く。
「レーナさんが求めているような美少女イラストを、私は描くことができると思います。だけど、こっちの世界の人たちには、あの手のイラストは受け入れられないのです。私はそれを、身をもって実感しました……」
「それって、文化が違うから?」
「はい。そもそも、こっちの世界には漫画もアニメもありません。写実の絵画が好まれているんです。目が大きかったり、アホ毛が立っていたり、そういう可愛さを強調したディフォルメされた絵を異質と判断し、嫌悪感すら示す人たちも決して少なくはありませんでした」
「そう……。何があったのか、話してもらって良い?」
「私は無一文だったので、道行く人たちの似顔絵を描いて、お金を稼ごうとしたんです。だけど、やらなければ良かったと後悔しました。私のイラストを見た人々は皆、口を揃えて、子どもの描く絵の方がマシだと嘲笑ったんです」
「そう言えば、こっちの世界は絵画も彫刻もリアル思考なんだよね。他は受け付けられない空気があるのかも……。あっちの世界と同じって訳にはいかないのかぁ。う〜ん、どうしたものかなぁ」
「気を悪くしたのなら、ごめんなさい。だけど、あんな辛い思い、レーナさんにはして欲しくなかったので……」
アロアロの言葉は重くのしかかった。これが現実なのだろう。転生人が多いとはいえ、国土全体の人口から見れば、その比率は高が知れている。異世界の知識や技術の持ち込みが制限されているのだから、漫画やアニメを知らない文化の人々に美少女イラストを見せたところで、感じ方が違ってくるのは当然なのだ。
「なす術なしだね……」
「いいえ。諦めるのは、まだ早いです」
ここからが本番だと言わんばかりに、アロアロは語気を強めた。
「二つの世界の文化は違いますが、共通の《可愛い》は、ちゃんと存在しています」
2冊目のスケッチブックを取り出し、サラサラと何かを描き始める。
「共通の可愛いは……これです!」
そこには犬やら猫やらウサギやらが描かれていた。愛くるしい表情と円な瞳にレーナの胸がキュンとなる。
「可愛い〜! この動物の絵、すごく可愛いね!」
「はい! 動物は可愛いんです。とくに動物の赤ちゃんなら可愛いらしさは倍増です。最強です! 破壊力がすごいんです」
「うんうん! 分かる〜!」
「これは実証済みなので声を大にして言えるのですが、動物の絵なら多少のディフォルメを効かせても、この世界の人たちに受け入れてもらえました」
アロアロはペンを走らせ、二足で立つウサギの絵を描いてみせた。柔らかそうなもっちりしたお腹と、モフモフの耳。それを見たレーナの胸キュンが限界突破を迎えた。
「人間みたいに立ってる~! これ、すっごく可愛いよ〜!」
「まだまだです。可愛いはこんなもんじゃ終わりません!」
ペンの動きに勢いが増す。二足で立つウサギに、今度は服と鎧を描き加えた。表情に特徴を付け足すことで、さっきよりもキャラが立っている。そして仕上げに、巨大なブーメランを持たせてみた。
「完成です!」
「……そうか。この手があったんだ!」
「はい! ケモノ系Vチューバー。略して、ケモVです!」
美少女キャラしか視野に入れていなかったレーナにとって、ケモVによる転生は目から鱗だった。
「アロアロさん……。私の正式なママになってくれないかな」
目の前の獲物を絶対逃しまいと、狂気にも似た目つきでレーナが問いかける。
「え〜! ママ!? あ! なるほど……。ママですね。ママですか……。はい! 喜んで!」
Vチューバー界隈には、キャラクターデザインをしてくれた人、つまり、立ち絵を描いてくれた人のことをママと呼び、その立ち絵を元に、配信画面で動かせるようにしてくれる人のことをパパと呼ぶ風習がある。ママ、パパとは言うが、そこに性別は関係していない。男でもママになることだってある。界隈以外の者がこれを聞けば、あらぬ誤解を生むかもしれない。アロアロも最初のうちは戸惑っていた。自分が描いたVチューバーが自分の子となり、描いた分だけ家族が増えていくのだから。
二人はさっそく納期の話を始めていた。早ければ早い方が良いというのが、レーナの希望だ。
「お急ぎなんですよね。だとしたら、ラフに1日……それから5日も頂ければ」
「報酬は銀貨2枚でどう? もちろん、先払いで」
「銀貨2枚も! 立ち絵以外に、一体何をお望みで……?」
「私はアロアロさんに期待しているの。立ち絵の重要性、知らないはずはないよね? 差分でブーメランの有り無しと、別表情も追加して欲しいの。表情は笑い顔と驚いた顔が良いかな。できそう?」
「これでも私は絵師の端くれですよ?」
「いいや、神絵師だよ。交渉は成立だね」
レーナはニヤリと笑った。
「それじゃ、私はさっそくイラストを描きに……」
アロアロがベンチから立ち上がると、カバンの中から小さなスケッチブックがするりと地面に落ちた。レーナはそれを拾い上げ渡そうとしたが、たまたま開かれていたページに描かれていたイラストを見て驚愕する。そこには瞳の大きな美少女イラストが描かれていた。趣味を全開にしたイラストを見られたアロアロは、恥ずかしくなって照れ笑いをする。
「生前はこんな感じの絵ばかり描いてたんですよ〜」
「……このイラスト、シオンさんのだ」
「え!? うそ……な、な、なんで、なんで私のハンドルネームを知ってるんですか!?」
アロアロは恥ずかしさでさらに赤くなった。対するレーナは、青ざめてワナワナと身体を震わせている。
「なるほど……。人生って本当に面白いね。まさかこんな形で出会えるなんて……。あの忌まわしき、私の依頼をすっぽかした神絵師とね!」
レーナはブーメランを構えて刃を向ける。アロアロも驚いて咄嗟に杖を構えた。
「何なんですか!? 私と戦うつもりなんですか!? さっきまで良い感じに会話してたのに、全く意味が分からないです! 依頼をすっぽかしたって何ですか? そもそもどうして私がSNSで使っていたハンドルネームを知っているんですか! もしや……生前の私と関係があったとか?」
「多額のお金を振り込んだ後に、無言で姿を眩ませたこと、覚えてないとは言わせない……!」
「知りませんよ! そんな詐欺師みたいなこと、私がやるはず……いや、待ってください……。もしかして……。レーナさんって紅蓮の荒野さんですか!?」
「ほほう……。ついに尻尾を見せたね。紅蓮の荒野は私の別アカ名。それを知っていることが何よりの証拠。さぁ、私が振り込んだ12万円、返してもらおうか!」
「いやいや! 待って下さい! 私、本当に知らないんです! 誤解なんです!」
「黙れ! 往生際の悪い!」
「ほんとです! ほんとですってば!」
アロアロは身の危険を感じ、杖をブンブンと振り回した。
「もう! 何なんですか! さっきから人を詐欺師みたいに! 謝っても許しませんから! でも……あれ? もしかして……。あ〜っ! 私、分かりました! 分かっちゃいました! 振り込みの確認をする前に、私、死んじゃったんです! 死んじゃってたから、確認も連絡もできなかったんです〜!」
錯乱し、レーナの頭を杖でぽかぽか叩きながら、アロアロは何度も「ごめんなさい」を繰り返した。
「せっかく依頼してくれたのにごめんなさい! 最後まで描けなくてごめんなさい! 本当に……本当にごめんなさい!」
「……言動と行動がチグハグだなぁ。まずは叩くのを辞めてくれないかな」
レーナはアロアロの杖を掴んだ。
「はっ! 私ってば、レーナさんに何てことを!」
「大丈夫。全然怒ってないから。こっちこそ、悪絡みしてごめんね。これはタチの悪い冗談だから気にしないで。むしろ、モヤモヤが晴れて良かったよ。それに、こうしてまた依頼できたんだから、結果オーライだよね!」
「本当に……怒ってないんですか? でも、お金はちゃんと返します……。私が死んだことで迷惑をかけちゃったのは事実ですし……」
「返金はいらないよ。その代わりと言っては何だけど、差分の表情をもう2つほどオマケでつけてくれないかな。あと、私のことはレーナで良いよ」
レーナはブーメランを構えたまま、イタズラっぽく笑ってみせた。
「それじゃ、私もアロアロで……。ところで、そのブーメラン、いつまで構えてるんですか?」
「いつまでって……そりゃ、私たちを付け狙ってる奴らを処分するまでに決まってる……でしょ!」
レーナは殺意剥き出しで、茂みの奥にブーメランを投げ飛ばした。木々が薙ぎ倒される音に混じって、人間のものとは思えない複数の断末魔が聞こえてきた。
「何匹か殺り損ねた。アロアロ、逃げるよ!」
戻ってきたブーメランを片手で受けとり、レーナはアロアロの手を引っ張って走り出す。
「さっきのは、一体何なんです!?」
「知らない。でも、あの気配は人間じゃなかった。アロアロと広場で会ったときから、ずっと視線を感じてた」
「それじゃ、最初に噴水広場から離れたのも……」
「うん。奴らの動きを探るため。さっきアロアロに悪絡みしたのは、こっちの殺気をカモフラージュするためだったの。まぁ、イラストを見てびっくりしたのは本当だけどね」
「すごい……。レーナさんって、戦い慣れてるんですね」
「うん。これでも冒険者の端くれなんだ」
ここから施設までは距離がある。ギルドまで駆け込めれば安全は確保されるが、アロアロの体力は既に限界に近づいていた。
「もう走れない。無理……。私を置いて逃げて」
「奴らの狙いが私だったら、とっくにそうしてるよ。でも、ターゲットにされているのはアロアロなんだ。だから置いて行けない」
裏通りの路地に入り、二人は身を隠した。そのすぐ近くを数人の兵士が歩いている。助けを求めようと身を乗り出したアロアロを、レーナは咄嗟に引き止めた。
「人間の姿を真似ているけど、奴らの正体は魔物だよ……。見分け方は簡単。影が蠢いてるでしょ」
兵士の一人が、二人の隠れている路地に目を向けた。そして、連れていた仲間たちに指示を出す。
「お前らは広場をもう一度探しに行け。間違っても、黒髪の女は殺すなよ。もう一人のブスは処分して構わない」
煽り耐性ゼロのレーナは、兵士たちが気付くよりも先にブーメランをぶん投げていた。
「誰がブスだって!?」
「ぐはっ……!」
リーダー格の魔物の身体が真っ二つになった。人間に化けていた魔物たちは、次々に本来の姿を現す。全身を真っ黒な毛に包み、コウモリのような翼を持つ魔物。間違いない、これは──
「魔人種か!」
よりによって高等魔族の魔神種だったとは。アロアロを守りながら正面切って戦うのは分が悪すぎる。だが、戦う以外の選択肢が見つからない。
「厳しいな……。こう見えて私は病み上がりなんだ。まぁ、そう言ったところで、手加減してくれるような相手じゃないか……」
「相手が魔物なら、容赦はしません!」
アロアロも杖を構えて前に出る。
「加勢します! 杖で叩くくらいしか出来ませんが」
「やめておいた方が良いよ。あいつら、すっごくエッチな攻撃をしてくるんだ……。ここは可愛い私が囮になるから、アロアロは隙を見て走って逃げて」
「レーナさんは……個人的にすっごく可愛いと思います!」
「フォローありがとう。でも、個人的にって付けるのはやめて。それ、微妙に傷つくから……」