最終話 権力の頂
元老院の後押しを受け、アルフレッド様とオルディアは無事に結婚することができた。
また、私達の国王様は非常によくできたお方で、国が繁栄するためなら、と時を同じくして譲位してくださったわ(元老院が満場一致で迫ったから、というのもある)。
国王となったアルフレッド様は、覚えることなすべきことが一気に増え、さらに忙しい日々を送っている。父上(元国王)様の指導と協力でどうにかこなせている状況ね。
その激務たるや、エリック様が「僕、第二王子でよかったとつくづく思うよ」と言うほど。私もアルフレッド様だからこそできていると思うわ。
その甲斐あって、彼は新国王として世間に認知されるようになる。実はこれが重要な条件になっていたことはその時になって分かった。
私の方は、優秀な第一王子様でよかったとつくづく思ったものだわ。
そしてついに、王妃となったオルディアの〈聖母〉が王国全土を包んだ。
結果は、私の出した試算以上だった。
農業だけでなく、国内のあらゆる産業が以前より少しだけ何だかいい感じになった。少しとはいえ全体で見れば大変な効果であり、各分野が絡みあって循環することで、ヴェルセ王国はかつてない好景気に。
常に発動しっぱなしの魔法に下支えされ、経済は成長を続けている。
このように〈聖母〉の影響は様々な所に波及しているんだけど、やはり目に見えて分かりやすいのは農業分野だった。
私とおじい様は当公爵家が経営する農園にやって来ていた。
見晴らしのいいテラスで眺めると、あちらでもこちらでも作物がたわわに実っている。収穫中の農夫達は忙しそうに行ったり来たり。
これと同じ光景が王国中の農園で見られるわ。
私はテーブルに置かれたカボチャを手に取った。
「聖母印の作物は国外でも飛ぶように売れますので、どんどん収穫してもらいましょう」
長寿の霊薬とまではいかなくても、食べれば活力の湧く野菜だから当然よね。もちろん味は絶品だし。
じゃあ、話の本題に入りましょう。
切り換える合図のように、私はカボチャをポンと叩いた。
「さて、おじい様、現在ヴェルセ王国は未だかつてない繁栄の道を歩んでいます。それで、私のお願いの件なのですが」
「……分かっている。オルディア様を見つけ出し、婚姻までのお膳立てをしたお前はこの国一番の功労者だ。……当主の座を、……譲ろう」
「ありがとうございます」
「ただし、まずは俺の息子、お前の父親が先だ。あいつの顔も立ててやれ」
「では、お父様には一日だけ当主に」
「可哀想だろ……、もう少しやらせてやれ」
「では、一週間」
「まだ短い……」
「では、一か月。これ以上は待てません」
おじい様は渋々に頷いた。
なお、お父様は私のことをとてもよく理解してくれているわ。なぜか顔を合わせる度にため息をつかれるけど。
「あれは、諦めの境地というやつだ」
あら、おじい様までため息を。
しかし、彼はすぐにいつかのように白髭の奥で笑みを浮かべた。私の頭をそっと撫でる。
「まったく、お前は食えない孫娘だ。だが、自慢の孫娘でもある。ルクトレア、お前なら俺より上手くリゼシオン家を導けるだろう」
「お任せください、私の固有魔法は〈導く者〉ですから」
おじい様が帰った後、一人で農園を歩きながら今度は私がため息をついていた。
権力の頂に立つまであと一か月……。
ベアトリスはもう当主になっているというのに……。
私同様、大きな功績を挙げたベアトリスは、元老院の評決によってアルフレッド王様から侯爵の爵位を授かった。
ただし、条件は彼女が家を率いること(もちろん私が付けた条件よ)。
一気に上流貴族の仲間入りを果たし、今後は元老院の一席も担うことになる。所有する土地も商売も一気に広がったけど、彼女なら難なくこなすだろう。何しろ、あのベアトリスだから。
早く一緒に元老院を仕切りたいものだわ。
でもまあ、もう実質的には私は頂に立っているし、焦る必要もないか。
誰も私の結婚を勝手に決めることはできなくなったし。
そういえば、エリック様との婚約話は、実は途中で頓挫していたらしい。
何でもエリック様本人が、自分の力で私を射止める、とストップをかけたみたいで……。
いやいや、私にとってはそっちの方が厄介なことになった気がする……。まだまだ彼からのアプローチを受け続けなきゃならないらしい。
……私には、まだ色恋は早い気がするんだけど。
「ルクトレア、用事は済んだ? じゃあ、お茶でもして帰ろうか」
もう、エリック様の声の幻聴まで聞こえるように……、ん?
振り返ると実物がそこに。彼だけじゃなく、オルディアとアルフレッド様も一緒だった。
「お揃いで、どうしたんです?」
「……ルクトレア様を迎えにきたんですよ」
背後からベアトリスが囁くように。
……あなた、近頃私の隙を突くのが趣味になってきたんじゃない?
国王夫妻は揃って困った人でも見るような目で私に視線を投げかけてくる。
「また腹黒い笑い方をしてたな」
「してたね。この人が最高権力者になってこの国は大丈夫かな」
大丈夫よ。何しろあなたの〈聖母〉があるんだから。
そうだ、ヴェルセ王国は経済力もついてきたし、世界的にもそこそこの立場になってくるわよね。
これを利用しない手は、……ないかも?
私の考えは側近の彼女にはやはり手に取るように分かるらしい。
ベアトリスが眼鏡の奥から探るような眼差し。
「また、何か企んでいます?」
「国内最高峰は登頂したからね。次は世界最高峰に挑もうかしら。くくくく」
ん? なぜ皆してため息?
これにて完結となります。
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