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8 元老院掌握

 王城の最上階にある、ごく一部の貴族しか立入りが許されない部屋に私とベアトリスはいた。目の前の机には、各家を代表する当主の方々がずらりと。

 ベアトリスが資料を全員に配布し終えると、私もそれを手に取る。


「こちらをご覧ください。オルディアが王妃となり、〈聖母〉が国全体に適用された場合の経済効果を予想したものです」


 資料を開いた貴族達からどよめきが起こった。

 まあ、当然よね。国が潤うということは、もれなくこの方達の収入も増えるということだから。その試算を分かりやすく最初のページに載せてあるわ。


「実際にはそちらの数字以上の効果が期待できます」


 私が合図を送ると、二つの鉢植えが運びこまれた。

 共にトマトが植えられており、一方はまだ青く、どう見ても食べられそうにない。これに対し、もう一方は真っ赤に熟れてまさに食べ頃という状態。


「この二つは私とオルディアが同時に種を植え、全く同じ育て方をしたトマトです。違いはご覧の通り。これと同様のことが王国中の農作物に起こります」


 私はオルディアのトマトを一つもぎ取った。歩きながらハンカチで丁寧に拭く。

 中央の席に座る白髪の男性に差し出した。


「どうぞ、おじい様。召し上がってみてください」


 前にも言ったように、私の祖父はこの元老院で首席を務めている。

 普段よりさらに威厳を漂わせているように見えるわね。

 彼はトマトを受け取ると、丸のまま齧りついた。貴族社会の頂点にいる方だけど、案外豪快なのよ。


 おじい様が時折見せる粗野な振る舞い、私はかつての反抗の名残だと思っている。私ごときが推察するのは失礼にあたるけど、家のいいなりになったことを今でも引きずっているように見えてならない。

 そうでなければ、大貴族が自分のことを「俺」とは言わないでしょう。何十年も続くおじい様なりの反抗なんじゃないかしら。

 ……私が自由に生きたいと思うようになったのは、他ならぬ彼の影響なのかもしれなかった。

 まあ、今はこの話は置いておこう。


 それで、トマトはいかがでした?


「……うまい、トマトとは思えない甘さだ。……そして、なぜか腰の痛みが和らいだ」

「オルディアが直接育てたトマトですので。〈聖母〉の範囲が拡大されれば、間接的でも多少の効果はあると予想しています。国民の健康維持に大きく寄与しますよ。それでもやはり、オルディアが自ら手をかけたものは別格で、もはや霊薬の域ですが」


 私の最後の言葉に、面々の意識が引き寄せられたのが分かった。


 ……食いついたわ。

 まさかおじい様の腰痛まで癒す力があるとは思わなかったけど、結果的に素晴らしい援護をもらえた。オルディアのトマト、すごいわね。

 次に私が発する言葉で全てが決着する。

 少しの間を取ったのち、私はそのとっておきを繰り出した。


「現実的に、おそらく寿命も延びます」


 一瞬の静寂があり、それから先ほどより大きなどよめきが起きた。

 富と権力を得た者にとって、これほど魅惑的な言葉もないでしょうね。

 私は笑顔を作って面々を見渡す。


「オルディアのトマトはまだありますので、後で皆様にもお配りしますね」


 元老院メンバーの顔が一斉に輝いた。

 はい、これで満場一致の承認ね。


 そうこうしている間にトマトを完食した祖父は、改めて資料に目を通していた。


「しかし、本当にこれほどの経済効果が……。まるで魔法だ」

「魔法ですので。もしこの通りの成果が上がった場合、一つ私のお願いを聞いていただきたいのですが」

「な、何だ……?」


 今度はおじい様に向けて笑顔を作った。

 その椅子、とても座り心地がよさそうですね。


 私の背後にいるベアトリスがそっと顔を近付けてきた。そして、小声で囁く。


「……元老院掌握、おめでとうございます」


 やだわ、気が早いわよ。

 あの椅子の主はまだ私じゃない。


 でも皆様、もう私の言うことを聞いてくれそうな雰囲気ね。

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