7 権力に取り憑かれた者
王子様のプロポーズは見事に成功した。
おめでとう、オルディア。あなた、メイドからすごい成り上がりよ。
協力関係にあるメイド達との連携プレーで、即座に周囲への公表に至った。
「オルディア、とりあえず当面はこの部屋を使って」
令嬢方を唖然とさせた婚約発表ののち、私はオルディアを王城上層の一室に案内していた。彼女は目を丸くしてぐるりと見回す。
「広い……、まるでお姫様の部屋みたい……」
「みたいじゃなくて、そのものよ。アルフレッド様達も同じタイプの部屋を使っているから」
「そうなんだ。じゃあ私、お腹空いたからご飯食べてきていい? 結婚を申しこまれたの、ちょうど休憩に入った時だったから」
「だったらメイドに言って持ってきてもらえばいいわよ」
「さっきまで同じメイドだったのに頼みづらいよ。さっと厨房に行って食べてくる」
「……あなた、王妃になっても厨房をうろうろしてそうね」
「え、ダメなの?」
普通なら、絶対ダメ、でしょ。
だけど、この王城はもうすぐ普通じゃなくなる。固有魔法〈聖母〉が国中を覆えば誰もオルディアに文句を言えなくなるでしょうから。
ただ、人間関係について言うなら、オルディアは魔法の力なんて必要としないと思う。
予知で見たわけじゃないけど、私は断言できる。彼女に接すれば、貴族平民関係なく全員がそのペースに引きこまれると。
さっきは唖然としていた令嬢方も例外じゃないわ。私の予想では、オルディアは定期的にお茶会を開かされる。
もちろん、オルディアの方も〈聖母〉の力をかさにきることはないだろう。状況がどう変化しようと、彼女は彼女のまま変わらない。
こんな人間だからあの魔法が発現した気もする。
そのオルディアは初めて着る豪華ドレスで歩きにくそうに部屋の扉へ。
ノブを握ったその時、ノック音が響いた。
「はい、どちら様でしょうか。ああ、アル、フレッド、様」
婚約者の名前を呼ぶのにオルディアは二度詰まった。
そんな彼女に微笑みかけながらアルフレッド様が部屋に入ってくる。
「俺のことは、アルフレッド、でいいよ。オルディアに弟を紹介しようと思ってね」
そう前置きした彼に続いて、第二王子のエリック様が部屋の中に。
「初めまして、義姉さん。エリックです」
「あ、初めまして……」
挨拶を交わしながらその顔をじっと見つめていたオルディアは、やや後ずさりしてこちらに振り返った。
「ルクトレア! この方から何か危険な気配がする!」
「初対面の王子様に対して失礼よ」
当たっているけど。どうやら苦手なタイプらしい。
天然素材ゆえに免疫がない、とも言えるかもしれない。
私は後ずさりを続けるオルディアの背中に手をやって押し留めた。
「オルディアは食事がしたいそうです。お二人もご一緒にいかがですか? ついでにマナーなど彼女に教えていただけると助かります。どうぞ、新たなご家族で行ってきてください」
すると、エリック様がスーッと私の前まで。
「いっそ、ルクトレアも新たな家族になって、四人で食事にしない?」
「……なりません」
……まったく、油断も隙もない人だわ。そして、私にも格別免疫があるわけじゃなかった……。
気をとり直して、「私はこれからやるべきことがありますので」と三人に告げる。
「今から元老院の承認を得にいきます。これまでの集大成とでも言うべき仕事なので、そちらを優先させていただきますよ、くくくく」
いけない、思わず笑みが。
王子様達は呆れたような眼差しを私に向けてきていた。
「うわー、すごく楽しそう……」
とオルディア。
「権力に取り憑かれた者の顔だな……」
とアルフレッド様。
「僕は彼女のそういうところも好きだよ」
とエリック様。
皆さん、困った人を見るような目はやめてください。エリック様、本当に私のどこがいいんですか?
幼なじみと親友の恋愛成就をきちんと祝福したい気持ちはあるけど、やはり楽しみ……、ではなく仕事を優先することにした。
この国最高の権力機関、元老院の説得。
アルフレッド様とオルディアの現在の状態は、言ってみれば仮婚約ね。元老院の承認を得て初めて正式なものになる。
「いよいよですね、ルクトレア様」
人材開発所にて、緊張の面持ちでベアトリスが言った。
「珍しい、あなたでも緊張するのね」
「もちろんです。今からお会いする方々は、どなたも私の家より遥かに格上なのですから」
「自信を持ちなさい。これが成功すればベアトリスも彼らと並ぶことになるのよ。というより、喋るのは大体私だし」
「あなたのその度胸、本当にすごいですよ……」
そうなのだろうか。私にとっては待ちに待った機会なので、わくわくする気持ちしかない。
「もういてもたってもいられないわ。早く行きましょ」
「本当にすごいですよ……」