5 [オルディア]〈聖母〉発現
私、オルディアは孤児院で育った。
我慢しなければならないこともあったけど、それほど悪い環境じゃなかったと思う。食事もおやつもちゃんと貰えたし、学校にも通えた。
普通の家の子と違うのは、いずれ自分だけの力で生きていかなければならないという点だろうか。
この世界では職業に応じたクラスが与えられる。
大工なら【カーペンター】、料理人なら【シェフ】、といった具合だ。
クラスを得る利点は主に二つあるよ。
一つは仕事に必要な能力が補正されるという点。体がよく動いてスムーズに仕事をこなせるようになる。
もう一つは必ず固有の魔法が発現するという点。こちらも仕事で役立つ便利なものが多いね。
孤児院には毎年、王国の学術機関から研究者達がやって来る。
子供達の適性を判断し、将来へのアドバイスをくれる有難い人達だ。また、十五歳になった子にクラスを授けるという役目も担っている。
そして、私も今年、十五歳を迎える一人だった。
私は女性の研究者と向かい合って座る。
この人、ずいぶん若く見えるな。まさか私と同い年くらい……?
まじまじと顔を見つめる私に、彼女は小さく微笑んだ。
「若いから心配? 大丈夫よ、私は人より少し才能があるの。規定の試験も全てパスしてるわ。じゃあ、まずはあなたの適性を見るわね」
はっきり言う人だ。でも、あまり嫌味な感じはしないね。
去年までの適性判断で、私は体を動かす仕事が向いていると言われていた。私自身も、事務的な作業などより、そっち向きだろうと思う。
やがて女性研究者は「やっぱりね」と呟いた。
私の目をまっすぐ見つめる。
「オルディアさん、あなたの適性はメイドよ」
え……、メイド限定? 確かに体を動かす仕事ではあるけど。
戸惑う私に彼女は。
「あなたが得ることになる魔法は、国の運命をも左右する可能性があるわ」
そう言われた私はさらに戸惑うしかなかった。
通常、【メイド】が発現する魔法といえば、〈拭いた窓が綺麗になる〉や〈干した洗濯物が早く乾く〉なんかだ。
国の運命を左右……? ピンとこないにもほどがある。
しかし、そんな風に断言されては、他の職業にします、と言える状況にはとてもなかった。
結果、私は【メイド】のクラスを授けてもらうことに。
発現した固有魔法は〈聖母〉だった。
いや、私まだ独身だし、恋愛も未経験なんだけど……。
一仕事終えた研究者の彼女は、納得したようにうんうんと頷いている。
「メイドの業務は母親的なものが多いし、きっと【メイド】関連の最上位魔法ね。私の名はルクトレアよ。よければ職場も紹介してあげましょうか? とてもいい所があるんだけど」
「じゃあ、お願いします……」
と紹介されたのはなんと国の中枢、王城。
国内最大と言ってもいい職場だ。メイド以外にも色々な業種の人が勤務する場所だけど、私は持ち前の人当たりのよさでどうにかなじむことができた。
ちなみに、ルクトレアが所属する機関もこの城に入っている。
私と同い年だった彼女は、何でも気軽に話せる友人になった。身分差は気にしなくていいと言うので、遠慮なくそうさせてもらうことに。
ルクトレアは私の休憩時間に合わせてしょっちゅう遊びにきた。
ああ、今日も先にいるね。
メイド達の休憩室に入ると、すでにルクトレアがテーブルに。いつも通り、側近の女性も一緒だ。
「あ、来た来た、早くお茶入れて」
「早速それ? 別にいいけど」
すると、部屋にいた他のメイド達も口々に、私にも私にもと。別にいいけど。
私の固有魔法〈聖母〉は常に発動しっぱなしの魔法だ。
その効能は、私の育んだものは全て何だかいい感じになる、というもの。植物の種を植えればすくすくと成長し、お茶を入れればとても美味しくなる。
そんなわけで、……私は皆から便利に使われていた。
「はぁ、美味しい。さすが〈聖母〉のお茶だわ」
一息ついたルクトレアは思い出したように。
「私、昇進したわ。所長になったの」
「早すぎない? まだ十五歳じゃない」
前に彼女は私に、自分のことをはっきり言ったのだと思った。けど実は、かなり控え目に表現したのだと今なら分かる。
ルクトレアのクラスは【セージ】。固有魔法は〈導く者〉だ。
予知のようなこともできるらしく、それで私の元にやって来たんだって。
能力が高くて未来も見えるなら、出世とか色々と自由自在か。ルクトレアという人間は、上に行って新たな権力を手に入れるのがとにかく好きなようだった。
と思っているのが彼女にバレたみたい。
「権力はあればあるほどいいからね」
「そんなこと堂々と言う人、初めて見たよ……」
「こういう人なんです……」
ため息まじりにそう言ったのはルクトレアの側近、副所長の(に昇進した)ベアトリスさん。固有魔法〈集中力強化〉で山積みの仕事を瞬く間に片付けてしまう彼女も超人の域にいる。
世の中には変わった人達がいるものだ。
固有魔法が発現したこの時でもなお、私はそんな風に他人事のように思っていた。
この後、私自身が相当変わった人生を歩むことになるなんて、予想すらしていなかったよ……。