3 運命の出会い
お城勤めを始めてから二年が過ぎた。
私は日々着実に出世を重ねている。が、どうも物足りない。
……もっと揺るぎない大きな功績がほしいわ。
そう思っていた矢先、一人の女性が国の運命をも左右する魔法に目覚める未来を見た。ただ、そのためには彼女に特定の職業、クラスになってもらわなければならない。
それは、【メイド】。
孤児院で育った女性は、十五歳になる今年、クラスを授かる予定になっていた。偶然にも私と同い年だわ。
人材開発所の副所長になっていた私は、彼女の担当になれるように手を回す。
女性の名前はオルディアといった。私の熱心な説得で、彼女はメイドになる決意を固めてくれる。
「絶対に後悔させないわ。あなたは天性のメイドよ。きっと素晴らしい魔法が発現する」
「とりあえずじゃあ、もうメイドでいいよ……」
発現した固有魔法は〈聖母〉だった。
メイドの業務内容は母親的なものが多い。おそらく【メイド】系最上位の魔法だろう。その能力は、彼女の育んだものは全て何だかいい感じになる、というもの。
私はオルディアにお城での仕事を紹介する。
こうして私達は同じ王城で働くことになった。
オルディアは私が初めて接するタイプの人間だったわ。
人柄に全く裏表がない。彼女がその銀髪をなびかせて廊下を通ると、一気に辺りが明るくなった。とても気さくで(なれなれしくて)、一緒にいるとこっちまで心の鎧を脱いだような気分になれる。
何より、〈聖母〉の力で入れるお茶がものすごく美味しい。
「私をメイドにしたのって、ルクトレアが美味しいお茶を飲みたかったからじゃないの?」
メイド達の休憩室にて。
ポットにお湯を注ぎながら、オルディアが怪訝な表情を作っていた。
「いいじゃない、あなたの魔法はずっと発動しっぱなしなんだから、使わないともったいないわよ。それに私、管理職になって気苦労が絶えないの。少しはいたわって」
「そうですか、所長さん。どうぞごゆっくり。でも私も貴重な休憩時間中だってこと、忘れないでね」
十五歳になった私は、人材開発所の所長に就いていた。
日々の業務は忙しく、ゆっくりできるのはオルディアとお茶をしているこの時だけ。
はぁ、本当に美味しいお茶だわ……。
まさに魔法の産物……。
オルディアは「というか」と、もう一つのカップにお茶を注いで差し出す。
「高速で事務処理してくれる副所長さんがいるんだから、そこまで大変じゃないんじゃない? はいどうぞ、ベアトリスさん」
「ありがとうございます。私がいてもなかなか大変なんです。……ルクトレア様が欲張って人材開発所の権限を強化したので」
「この王城では権限イコール権力なのよ。できるだけ欲しいじゃない」
「こんなに権力に取り憑かれた十五歳、見たことないよ……」
オルディアが呆れたように呟いていた。
なお、十七歳になったベアトリスは副所長に昇格し、まだ嫁として発射されずに済んでいる。
これにはいくつか理由があった。
まず、私が彼女の男爵家に手紙を送ったから。ベアトリスがいかに有能であるかを説き、しばらく猶予をもらえるようにお願いした。我が公爵家の影響力も多少ならず働いたかもしれない。
それより理由として大きいのは、ベアトリスがこの王城になくてはならない存在になりつつあるということだろう。
どうしても首が回らなくなった部署には、最終兵器として彼女に直接赴いてもらっている。大体一日と掛からずに正常化させるその手腕はまさに救世主。
評判が評判を呼び、男爵家としてはとても彼女をこの城から引き剥がせない状況になりつつある。
結局、ベアトリスは自分の力で人生を勝ち取った。
自分用のお茶を入れたオルディアもようやく椅子に腰を下ろした。お疲れ様。
「ベアトリスさんが救援に行ったとこ、私も掃除で入ったことあるけど凄まじかったね。一人でどんどん仕事片付けてめちゃかっこよかった」
「光栄です」
いつも通り変わらない表情のベアトリス。だけど、付き合いがそれなりに長くなってきた私には分かる。これは相当喜んでいるわ。
私も上司として日頃の評価を伝えようかしら。
「ベアトリスに憧れて職業貴族になろうって令嬢方も増えているのよ。もちろん、助けてもらっている私もとてもあなたに感謝しているわ」
「あ、ありがとうございます」
ふふ、さすがに表情が崩れてきたわね、ベアトリス。まあ、普段私が遊ばれてる仕返しはこれくらいにしておこう。
職業人間の私達にとって、こういう時間はご褒美のようなもの。
美味しいお茶まであるんだから、本当にゆっくりできる。
……いや、ゆっくりしてる場合じゃなかった。
オルディアにメイドとして王城に入ってもらったのは、美味しいお茶を飲むためじゃなく、その〈聖母〉の魔法を王国中に広げるためだった。
それには彼女に、王国の母、王妃になってもらわなければならない。
つまり、アルフレッド様とオルディアが結婚する必要がある。
私が予知で見るヴィジョンは将来の一つの可能性。だけど、確かにその未来は存在する。なので二人の相性もきっと悪くはないはず。
……やるしかない。
お節介やら無粋やら言われようと、私がどれだけお膳立てできるかに、ヴェルセ王国の繁栄が懸かっているんだから。