2 狙うべき椅子
二人で組んでやっていくと決めた私とベアトリス。
実際、私達の相性は抜群だと思うわ。私の予知で仕事を先取りし、トラブルの芽を事前に摘む。ベアトリスの高速事務処理能力で、来る仕事も瞬く間に片付く。
結果として、私達はゆっくりお茶を飲む時間が多くなった。就業時間なんかは特に決まっていなくて、任された仕事が終われば後は自由なのよ。
というわけで、二人で社交室にやって来た。
王城には貴族同士の交流を促す目的で、こういった大きな部屋がいくつか用意されている。一般の令嬢方は、完全にカフェやサロンと勘違いしてるけどね。
彼女達からすれば、私達は異質な存在に見えるらしい。ちらちらとこちらに視線を送ってくる。
「私クラスの貴族だと研究職に就くのは割と普通ですよ。異質なのはルクトレア様だけです」
ベアトリスはティーカップを置くと、かけていた眼鏡をくいっと直した。
彼女はその性格通り常にきちっとした服装をしており、紺色の髪も綺麗に束ねている。いかにも仕事ができそうな雰囲気で、あの固有魔法は出るべくして出たのかもしれない。
と思いつつ、私は自分の茶色の髪をささっと手直し。
見ていたベアトリスが苦笑いを浮かべた。
「人にまできちっとしろとは言いませんよ。手を組んだといっても、私はあなたの部下のようなものですし」
「職務歴はそっちが上でしょ。〈集中力強化〉だってすごい魔法だし」
「私は人より少し早く仕事ができるだけです。一人では行ける所は知れていますよ。ですが、ルクトレア様は違います。頭の回転が速くて腹黒く、周りが引くほど野心的。……私は、異質なあなたに賭けたのです」
「……そう、頑張るわ」
ずいぶんと高く買ってくれたものだと思う。期待には応えたいし、せめて彼女が嫁として発射される前に何とかしてあげたい。
「そういえばベアトリス、好きな男性でもいるの?」
「いません。しいて言うなら仕事が好きです。力を得たい動機はあなたと同じですよ」
「私達、本当に相性抜群だわ……」
「その私が言うのも何ですが、エリック様はそれほど悪いお相手ではないと思いますよ。アルフレッド様ほどではないにしても、あの方に好意を寄せている令嬢方も大勢いますし。もちろん、勝手に決められるのが嫌というルクトレア様の気持ちも存じていますが」
私から振ったとはいえ、この社交室に相応しい話題になってきた。
エリック様の人気は私も承知している。弱々しい第二王子様だけど、人当たりがよくて素直で、特に年上の令嬢方から絶大な支持を得てるのよね。失礼になるから皆口には出さないものの、まるで人なつっこい犬……。
と噂をすればだわ。
部屋の入口に美しい金髪の少年が立っていた。
彼は私を見つけるなり、顔を輝かせて駆け寄ってくる。
「ルクトレアー」
……エリック様、回転する尻尾が見えるようですよ。
「私を探しておられたのですか?」
「そうだよ、どうしても伝えたいことがあって」
「伺いましょう」
「僕、兄様の仕事を手伝うことにしたんだ。必ずルクトレアに認めてもらえる男になってみせるから!」
「いえ、ですからそういうことでは」
「頑張るから見ててよ!」
言いたいことだけ言って、エリック様は社交室から出ていった。
ベアトリスが私の顔をまじまじと覗きこんでくる。
「けな気じゃないですか。こんなになつ……、想われているのに何が不満なんですか?」
「だからそういうことじゃ」
「ないんですよね、存じてますよ」
「あなたね……」
第一王子のアルフレッド様は、十六歳という年齢ながらもう国王様の片腕として職務をこなしている。担う仕事量は日々増えているし、専門性も高くなってきていた。
果たしてエリック様に手伝えるだろうか? いや、むしろ逆になりかねない。
「とりあえず、人材開発所としてはアルフレッド様の執務室に優秀な文官を一人派遣しましょ」
「おや、予知発動ですか?」
「いいえ、経験に基づく予測よ」
必要な時にいつも予知ができるわけじゃないけど、経験などその他の能力で補い、私とベアトリスは着実に実績を積み上げていった。
そんなある日のこと。屋敷に帰ると、エントランスにはいつもの出迎えのメイド達以外に、威厳溢れる年配の男性が。
彼の前まで歩いていき、私は深々とお辞儀をした。
「お久しぶりです、おじい様。この度は私が王城に勤めることをお許しくださり、誠にありがとうございます」
彼は私の祖父であり、この公爵家の当主。そして、貴族からなる最高の諮問機関、元老院の首席でもある。国王様でも元老院の評決には逆らえない。つまり、このヴェルセ王国の実質的な最高権力者ということになるわ。
そんなおじい様とは別々の屋敷に暮らしているので、普段は年に数回しか顔を合わせない。
それがわざわざあちらから出向いてくるとは。
まあ用件の見当はつくけど、ここは知らないふりをしておこう。
「ご用がございましたなら、こちらからお伺いしましたのに」
「白々しいな、相変わらず食えん孫娘だ」
おじい様の白髭の奥にある口に笑みが浮かんだ。しかし、それはすぐに引き締められる。
「お前の活躍は聞き及んでいる。だが、一つ言っておく。城勤めを許したのは、しばしの間だけでも自由を与えてやりたかったからだ。……俺はお前の祖父である前に、このリゼシオン公爵家の当主だということを忘れるな」
重々しい口調でそう述べ、彼は外への扉へと足を進める。そのまま振り返らずに言葉を続けた。
「……かつては、俺も抗えると思っていた。ルクトレア、お前もいずれ分かるだろう」
やっぱり、釘を刺しにきたというわけね。
聞いた話によれば、おじい様も若かりし頃、家の意向に逆らったことがあったらしい。平民の女性と結婚しようとしたのだとか。
でも結局は諦めざるをえなかった。国内トップクラスの貴族なのだから自分を貫くのは容易じゃない。
祖父には私も同じ道を辿るのが見えているのだろう。
経験者だけにその言葉は私の胸に重く響いた。
だけど、そんなことは最初から分かっているわ。
どうすればいいかも承知している。
祖父の背中を見送りながら、心の中で語りかけた。
おじい様、私は、
あなたから当主の座をいただきます。