最終話(ボツ案) 燃え上がるおじい様の想い
昨日、投稿してからボツにした最終話です。
最後の話でおじい様がかっさらっていくのはどうだろうと思い、皆が迎えにくる展開に書き変えました。
昨日の投稿後7時間以内にお読みになった方はこちらの最終話だったと思います。
……結構経っていました。すみません。
こちらも伏線は張っていたので投稿します。
さらに、ボツ案と銘打ったので、思いっ切り踏みこんで加筆してみました。
元老院の後押しを受け、アルフレッド様とオルディアは無事に結婚することができた。
また、私達の国王様は非常によくできたお方で、国が繁栄するためなら、と時を同じくして譲位してくださったわ(元老院が満場一致で迫ったから、というのもある)。
国王となったアルフレッド様は、覚えることなすべきことが一気に増え、さらに忙しい日々を送っている。父上(元国王)様の指導と協力でどうにかこなせている状況ね。
その激務たるや、エリック様が「僕、第二王子でよかったとつくづく思うよ」と言うほど。私もアルフレッド様だからこそできていると思うわ。
その甲斐あって、彼は新国王として世間に認知されるようになる。実はこれが重要な条件になっていたことはその時になって分かった。
私の方は、優秀な第一王子様でよかったとつくづく思ったものだわ。
そしてついに、王妃となったオルディアの〈聖母〉が王国全土を包んだ。
結果は、私の出した試算以上だった。
農業だけでなく、国内のあらゆる産業が以前より少しだけ何だかいい感じになった。少しとはいえ全体で見れば大変な効果であり、各分野が絡みあって循環することで、ヴェルセ王国はかつてない好景気に。
常に発動しっぱなしの魔法に下支えされ、経済は成長を続けている。
このように〈聖母〉の影響は様々な所に波及しているんだけど、やはり目に見えて分かりやすいのは農業分野だった。
私とおじい様は当公爵家が経営する農園にやって来ていた。
見晴らしのいいテラスで眺めると、あちらでもこちらでも作物がたわわに実っている。収穫中の農夫達は忙しそうに行ったり来たり。
これと同じ光景が王国中の農園で見られるわ。
おじい様は後ろに控えていた管理者の年配女性に声をかける。
「プリシラ、どうだ? 人手は足りているか?」
「はい、ゴードン様が増員してくださったおかげでどうにかやっております。ただ、本当に次から次に実りますので、あと数名いてくれると皆もっと楽に働けると思います」
「分かった、すぐに手配しよう」
ちなみに、おじい様のお名前はゴードン・リゼシオンというわ。通常、仕えてくれている人達はご主人様とか公爵様と呼ぶのだけどね。
私はテーブルに置かれたカボチャを手に取った。
「聖母印の作物は国外でも飛ぶように売れますので、どんどん収穫してください」
長寿の霊薬とまではいかなくても、食べれば活力の湧く野菜だから当然よね。もちろん味は絶品だし。
プリシラさんが仕事に戻っていったところで、私もカボチャを机の上に戻した。
「さて、おじい様、現在ヴェルセ王国は未だかつてない繁栄の道を歩んでいます。それで、私のお願いの件なのですが」
「……分かっている。オルディア様を見つけ出し、婚姻までのお膳立てをしたお前はこの国一番の功労者だ。……当主の座を、……譲ろう」
「ありがとうございます」
「ただし、まずは俺の息子、お前の父親が先だ。あいつの顔も立ててやれ」
「では、お父様には一日だけ当主に」
「可哀想だろ……、もう少しやらせてやれ」
「では、一週間」
「まだ短い……」
「では、一か月。これ以上は待てません」
おじい様は渋々に頷いた。
なお、お父様は私のことをとてもよく理解してくれているわ。なぜか顔を合わせる度にため息をつかれるけど。
「あれは、諦めの境地というやつだ」
あら、おじい様までため息を。
しかし、彼はすぐにいつかのように白髭の奥で笑みを浮かべた。私の頭をそっと撫でる。
「まったく、お前は食えない孫娘だ。だが、自慢の孫娘でもある。ルクトレア、お前なら俺より上手くリゼシオン家を導けるだろう」
「お任せください、私の固有魔法は〈導く者〉ですから。それでは、おじい様もこれからは自由に生きてみてはいかがです?」
「……どういうことだ?」
「私は今日、あえてこの農園を選んだということです」
顔を伏せたおじい様は、小さく「知っていたのか……」と呟いた。
この農園の管理者プリシラさんは、おじい様が何十年も前に直接呼び寄せて任じた人だった。気になって調べ回ったところ、彼女は昔、おじい様が結婚しようとしていた平民女性その人だと判明したわ。
二人は駆け落ち同然だったらしいから、プリシラさんが一人でも生きていけるようにおじい様がはからったのだと思う。
うつむいたままのおじい様が声を絞り出す。
「……結婚してからは、プリシラとは何もない……」
「存じていますよ。おじい様がそういう方ではないことも分かっています。ですが、彼女を想う気持ちもずっとあったのでは? しばしばこの農園をお助けになっていますよね?」
「……お前は、恐ろしい孫娘だ」
「プリシラさんもずっと一人身です。お二人で話し合ってみては? おばあ様もお亡くなりになって十年以上経ちますし、きっと大目に見てくれますよ」
そう言うと私は席を立った。その足でプリシラさんの元へ行き、おじい様がお呼びだと告げる。
一人で農園を歩きながら、今度は私がため息をついていた。
権力の頂に立つまであと一か月……。
ベアトリスはもう当主になっているというのに……。
私同様、大きな功績を挙げたベアトリスは、元老院の評決によってアルフレッド王様から侯爵の爵位を授かった。
ただし、条件は彼女が家を率いること(もちろん私が付けた条件よ)。
一気に上流貴族の仲間入りを果たし、今後は元老院の一席も担うことになる。所有する土地も商売も一気に広がったけど、彼女なら難なくこなすだろう。何しろ、あのベアトリスだから。
早く一緒に元老院を仕切りたいものだわ。
でもまあ、もう実質的には私は頂に立っているし、焦る必要もないか。
誰も私の結婚を勝手に決めることはできなくなったし。
そういえば、エリック様との婚約話は、実は途中で頓挫していたらしい。
何でもエリック様本人が、自分の力で私を射止める、とストップをかけたみたいで……。
いやいや、私にとってはそっちの方が厄介なことになった気がする……。まだまだ彼からのアプローチを受け続けなきゃならないらしい。
……私には、まだ色恋は早い気がするんだけど。
そうだ、お二人はどうなっているかしら。
ふと思いたっておじい様達のいるテラスを覗きにいってみた。
すると、二人ともまるで初デートのように緊張した様子で座っている。
……本当に何十年も仕事上の付き合いだったのね。なんて初々しい。
よくないと分かっていつつも、気になって聞き耳をたてる。
おじい様が探るように話を切り出した。
「……ずっと、不思議に思っていた。プリシラ、なぜ一人で生きていくことを選んだ?」
「やっぱり……。ゴードン様、人を使って私の結婚を世話しようとなさってましたね?」
「う……、お前には、幸せになってもらいたかったのだ」
「余計なお世話でした」
「そうか、すまなかった……」
しゅんとするおじい様を見て、プリシラさんはくすりと笑った。
「私はずっと幸せでしたよ。この農園はこれまで何度も危ない時がありましたけど、その都度、ゴードン様は助けてくれました。あなたの優しさを感じながら生きてくることができたんです。それに、あなたとのことは人生で一度きりの恋だと心に決めていましたから」
彼女の話を聞き終えたおじい様は、意を決したように言葉を紡ぐ。
「…………。お前も知っているだろうが、俺は間もなく第一線を退く。……プリシラ、もう一度俺と生きていくことを考えてくれないか?」
「…………、……え? ……今から、ですか?」
「二人ともこんな歳になったが……、今からだ」
おじい様の決意の籠った言葉を聞いたプリシラさんはしばらく固まっていた。
時間にしてそれほど長くはなかったと思うけど、まるでこの何十年が凝縮されているみたいだった。
やがて程なく、プリシラさんの目から大粒の涙がこぼれた。
……これ以上の盗み聞きはダメね。
私は静かに場を離れた。
おじい様、私は当主になっても人の婚姻をどうこうしたりしませんのでご安心ください。
以前と立場が逆になったけど……。
おじい様、お幸せに。
改めて、最後までお読みいただき、有難うございました。
多くの方々に見ていただけて嬉しいです。あと、沢山の評価、ブックマーク、本当に有難うございます。