変化
ルナさんと別れた僕は、そのまま家に帰った。
玄関に鍵はかかっていなかった。
日曜日なので、玲子さんと父がいるのかもしれない。
引き戸を開けて中に入ると、玲子さんが玄関に出てきた。
「お帰りなさい」
「ただいま…」
玲子さんは僕を見て、首をかしげた。
「お腹空いた?」
「え?」
「なんか、元気ない」
「うん…」
お腹は少し空いていた。
「何かありますか?」
「ラーメンがあるかも。作ろうか」
「うん…」
玲子さんは台所に向かい、僕はそのまま部屋へ戻った。
なんだか疲れていた。
なんで疲れたのか。
そうだ。きっと、怒ったからかもしれない。
ルナさんとの会話を思い出した。
オーダー。
僕は今の現状を変えたくて、オーダーをした。
僕、これからどうしたいんだろう。
鷹也とずっと一緒にいたい。
考えたら、モヤモヤしてきた。
どれくらい部屋でボーッとしていたのだろう。
部屋のドアをノックする音にハッとした。
「翠くん? 入るよ。ラーメンできたよ」
玲子さんが、ドアを開けて言った。
「大丈夫? ボーッとしてるね」
「玲子さん」
「うん」
玲子さんがにこっと笑った。
「僕、鷹也が好きなんだ」
そう言うと、玲子さんが面食らった顔をして、う、うん、知ってるよ、と言ってからドアをそっと閉めて部屋の中に入ってきた。
「何かあったの?」
「考えたんだ。進学か就職か」
「私が余計なことを言ったから…。混乱させちゃったね。ごめんね」
「ううん。玲子さんは悪くないよ。それで、僕は、鷹也に相談したんだ」
「鷹也は何て言ったの?」
「なにも」
「えっ!」
玲子さんはちょっとびっくりして、鷹也ったら、と呟いた。
「僕、鷹也のこと、最初はとてもこわかったけど、いまはすごく好きなんだよね」
「翠くん…」
玲子さんは僕をじっと見つめると、穏やかに言った。
「鷹也のこと好きになってくれてありがとう。とても嬉しいわ。翠くんは、鷹也のことどれくらい知っているの? 鷹也は…、あの子は、女の子を好きになれないの」
「えっ?」
玲子さんの言葉にドキッとした。
「え?」
もう一度、聞き直した。
「鷹也のお父さんはそれが許せなくて。我慢できなくて。鷹也とたくさんケンカした。それでも、鷹也は、どうしても女の子を好きになることができなかった。だから、私は、前の夫と理解し合うことができなくて、リコンしたの。それで、よかったと思う。だって、いまは翠くんのお父さんと再婚できたし、鷹也が好きだと言ってくれる翠くんと出会えた」
「僕、鷹也を好きでいていいの?」
「うん」
玲子さんは、少し涙ぐんで笑った。
「鷹也のこと、よろしくお願いします」
玲子さんは頭を下げると、あっ、ラーメンのびちゃうと焦って言った。
僕は胸がドキドキして、体が熱くなった。
「ラーメン、部屋に持ってきてあげようか?」
玲子さんが言った。
返事をしたか、覚えていない。
醤油のいい匂いがして、気づくと机の上にラーメンと水が入ったグラス、サラダが置いてあった。
お腹が空いたから箸をとってラーメンをすすった。
ラーメンはのびていた。
味わうとか、熱さとか何もわからず、ただ、ラーメンを食べた。
水を飲んで、サラダを食べて終えてから、箸を置いた。
お腹は満腹になっていた。
無性に、鷹也に会いたかった。
鷹也の声が聞きたくて、カバンの中に入れっぱなしのスマホを探した。
時刻は、13時00分を過ぎていた。
鷹也は、お昼をすませたかな。
何を食べたのかな。
連絡して、なにを言う?
鷹也が好きって、もう一回告白する?
玲子さんに言ったって、伝えたらどんな反応をするかな。
想像して、鷹也の焦る顔を思い浮かべて、少し笑った。
これから先のことはわからない。
でも、いま、ならわかる。
17歳の僕は鷹也が好きなんだ。
ルナさんの言うように、僕は鷹也が好きであることをオーダーしたのなら、それは叶ったことになる。
でも、僕は高校一年の時からずっと好きだって、わかっていた。
なにか違うのかな。
どうして、僕と鷹也はきょうだいになって、家族なのに一緒に住んでいないの?
鷹也は、犯罪者になりたくないからという理由で家を出た。
僕は出会った頃より、成長した。
一緒にいるって、どういうことなんだろう。
できるだけたくさん、鷹也と過ごしてきたつもりだったけど、まだまだ、足りなかったのかな。
そうだ。
オーダーしたのは、僕だけなのかな。
鷹也は、オーダーしていないのかな。
ふと、そう思った。