オーダー
「ただいま」
まっすぐ家に帰った僕は、台所にいる玲子さんに声をかけた。
「お帰りなさい。鷹也は元気だった?」
「うん」
僕は手を洗って、玲子さんの隣に立つと、夕飯の手伝いを始めた。
「翠くんが、鷹也と仲良くなってくれて、本当に嬉しい」
玲子さんは、洗ったレタスをちぎってサラダボールに入れていく。
僕はチルド室から出したニンジンを洗って、ピューラーで皮を剥いた。
「うん」
玲子さんも父も僕たちの関係は、何も知らない。
別に悪いことをしているわけではないし、隠すことでもないのだけど、まだ、言えなかった。
「今日は、翠くんの好きなもの作るわね。何が食べたい?」
僕はとっさに思い付かなかった。
少し考えてから、煮魚が好きなんだ、と答えた。
「お魚かあ。今、ないから明日買って来るわね」
「鷹也は何が好き?」
「あの子は何でも食べるわよ」
と玲子さんは笑った。
「翠くんも2年生ね。進学とか考えているの?」
ふいに現実的な話になってドキリとした。
「鷹也は高校卒業してすぐ就職したし、他のお子さんをよく知らないから。塾とか予備校? とか、行くのかなって」
わかんない。
僕はポツリと呟いた。
「あ、ごめんね。急でびっくりしたよね。あんまり、深く考えないで、少しずつでいいから」
玲子さんは謝って、いつものように、翠くん味付けしてくれる? とお願いしてきた。
僕はうん……と、言いながらも今後のことを全然考えていなかった自分に少しショックを受けていた。
父が仕事から帰ってきて、3人で夕飯をすませたあと、僕は部屋に戻った。
ベッドに寝転がる。
天井をあおいでぼんやりしていた。
玲子さんの言葉が頭にあって、考えても何も思い付かなかった。
ただ、鷹也に会いたいと思った。
連絡するのは簡単だけど、仕事の邪魔をするのはいやだ。
いやなことはできるだけ、しないって決めていた。
でも、心がモヤモヤしている。
LINEくらいなら、いいかな。
僕は、鷹也に、仕事お疲れ様。
無理しないでね、と送った。
すると、思いがけず返事がすぐにきた。
今日は荷物を届けてくれてサンキューな。
疲れてるのか?
疲れてないよ。
まだ、17だよ。僕は(笑)
そう、返事をしてから、声を聞いてもいい?
とたずねた。
すぐに鷹也から、着信が入った。
僕は慌ててとった。
『なんかあった?』
「何もないよ。ただ、鷹也の声が聞きたかったんだ」
電話越しに鷹也が恥ずかしそうな顔をしているのが、思い浮かんだ。
『照れ臭いな、なんか』
「いつ帰ってくる?」
『そうだな。今のところ、明後日くらいだと予定している』
「わかった。待ってる」
『何かあったら、連絡しろよ』
「うん。おやすみ」
僕がすぐに切ろうとするからか、鷹也は何か言いたそうにして、返事にちょっと間があいた。
『おやすみ』
鷹也は、何も聞かなかった。
繋がっているのに、物足りない。
電話を切ってからも、僕はぼんやりしていた。
なんだろう、この気持ち。
答えは出なかった。