コスプレイヤーの幼馴染の手伝いをすることになったけど、コスプレの方向性が思ってたのと違う
「ねぇ、マサ君。ちょっと良いかな?」
放課後、帰り支度をしていると幼馴染の月宮楓花が僕、佐々政晴の元へやって来た。楓花は生徒会長も務めていて黒髪メガネの清楚な雰囲気の女の子で、とても同級生とは思えないぐらい大人な雰囲気を醸し出している。一応小学校からの幼馴染で僕は密かな好意を寄せていたけど、最近は楓花も忙しいのもあって関わることも少なくなっていた。
「どうかしたの?」
「一緒に生徒会室に来てくれない? ちょっと頼みたいことがあるの」
「う、うんわかった」
こんな風に楓花に頼まれ事をされるのは久々だ。小学生とか中学生の頃は一緒に勉強したりもしたけど、高校に入ると楓花はすっかり優等生になってしまった。にしても生徒会長の楓花が僕に何の用だろう? 僕は生徒会役員でもなければクラス委員長をやっているわけでもないし、特段勉強や雑務が得意というわけでもない。
僕は楓花に連れられて上の階にある生徒会室へと向かい、中に入った。他の生徒会役員がいるかと思ったけど中には誰もおらず、僕は楓花と部屋に二人きりになった。僕は少しドキドキしていたけど、楓花は生徒会室の扉を閉めると、いつもの優雅な雰囲気と打って変わって突然キョドりながら口を開いた。
「マサ君ってさ、手芸部に入ってるよね?」
「うん、ご存知の通り」
ウチの高校の手芸部は女子が多数を占めているが、僕みたいに裁縫やビーズアクセサリーが好きな男子も少なからずいる。まぁ女子が多いと言っても女子達はそれぞれのグループを作ってはしゃいでいるけど、僕は隅っこでいそいそと裁縫しているだけの陰キャだった。
「やっぱり手先器用だよね?」
「うーん、慣れればって感じかな」
「例えばワンピースとかなら一着作るのにどれくらいかかるの?」
「簡単なものでも四、五時間ぐらいはかかるかな。サイズの調整とかもあるし、作図が上手くいかないこともあるからもっとかかるかも」
手芸部は演劇部の衣装を用意するという仕事もあるため、文化祭前はかなり忙しくなる。でも文化祭も一ヶ月前に終わりもうすぐ冬休み、今はマフラーを作っているぐらいだ。
「成程ね……じ、実はね。私の友達にコスプレイヤーの人がいるの。その衣装を手作りする必要があるんだけど、年末のイベントに間に合いそうにないの。だからちょっと手伝ってほしくて」
「どんな服なの?」
「一応デザインだけはもう考えてあるの」
楓花は携帯を取り出すと、ある写真を見せてくれた。白いセーターとジーパン、それに花がらのスカートが付いたサスペンダー……僕は結構アニメとかラノベを見るけど、こんな格好のキャラいたかな? マイナーな作品の登場人物だから衣装を手作りする必要があるのかもしれない。
「わかった。いつまでに仕上げればいい?」
「えっとね……一週間ぐらいで出来る?」
「頑張ればいけるかな」
僕には部活以外に用事がないし、最悪家でも作れるから変な失敗をしなければ間に合うはずだ。
「ありがとうマサ君! えっと、いくらで注文できるの?」
「え? あまりお金は取ってないけど、まぁ生地代を払ってくれれば良いかな……?」
演劇部から依頼される時も貰うのは生地代と差し入れのジュースぐらいだ。それに僕はお金を稼げる程裁縫が上手いというわけでもない。
「じゃあ、完成した時に払うから。楽しみにしてる」
楓花の友達が着るのに楓花が払うのかと僕は疑問に思ったが、楓花からラインで送られてきた写真を見て大事なことを聞いていないのを思い出した。
「そういえば、サイズはどのぐらいの大きさなの?」
「え?」
「いや、ちゃんとサイズを合わせないと」
一週間という期間の中でサイズミスなんてあったら作り直す時間が足りないかもしれない。服をオーダメイドする上でサイズは絶対に必要な情報だけど、楓花は妙に焦っている様子だった。
「えっとね、ちょっと大きめぐらいかな」
滅茶苦茶アバウト。
「会長の友達って男の人? 女の人?」
「えっと、女の子……です」
「同い年?」
「そ、そうだね」
十七歳ぐらいで大きめの女の子……うーん、大きめってどこまでの範囲かわからないしどこが大きいのかも全然想像がつかない。
「身長はどんくらい?」
「160ぐらい」
楓花と一緒ぐらいの身長か。
「えっと、Sサイズぐらいだと小さいよね」
「Mぐらいで良いと思う」
「うん、わかった」
そのコスプレイヤーの友達も楓花と同じぐらいの体格なのかな。何か凄いアバウトな情報しか貰えないけど、まぁ相手も女の子だからサイズも聞きにくい。演劇部の衣装を作る時も似たような感じだし。
楓花から送られてきた写真を見ながら頭の中でざっと作図を考えていると、楓花はまだ恥ずかしそうにしながら、小さな声で呟いた。
「ね、ねぇマサ君……やっぱりスリーサイズも必要?」
「えっ、いや絶対に必要ってことはないけど」
正確な数字を貰えると楽と言えば楽だけど、余程スリーサイズのどれかの数字がとんがってない限りはSとかMとかざっくりしていても問題はない。いや、コスプレだから結構細かくしないとダメなのかな。変にダボダボだったりピチピチだと見栄えが悪いし。
「できれば肩幅とか股下とか、袖丈とかも測ってくれると助かるかなぁ」
僕も裁縫が趣味というのもあってコスプレの画像を見ることはあるけど、やっぱりどれもレベルが高い。
一方で楓花は「す、スリーサイズかぁ」と僕に背を向けてブツブツと何か喋っている。女子同士とはいえ聞きにくいのかもしれない、デリケートな情報だし。
「わ、わかったよマサ君。今日の夜測って後でライン送るから!」
「うん。じゃあ生地は明日調達に行くよ」
「あ、だったら私もついてって良い? どんな感じなのか見てみたいの」
「え、会長が良いならそれで良いけど……僕と一緒に?」
「何かダメなの?」
「いや、そうじゃないけどさ……」
優等生でプロポーションも良い楓花は今や皆の憧れみたいな存在だ。一方、この高校生活の間に随分と楓花と差をつけられてしまった僕は教室の隅で今日はどんなビーズアクセを作ろうかと妄想しているだけの陰キャに過ぎない。
それに楓花と二人きりなんてデートみたいじゃないか……いや、ただの買い出しだけど。
学校からの帰り、僕は最寄り駅の近くにある手芸用品を扱っている専門店を寄っていた。まだサイズを聞いていないため生地は買えないが、在庫があるかの確認だ。ざっと見た感じ在庫に余裕がありそうだから、明日は楓花と二人でここに来ることになるだろう。
……何かオシャレした方が良いかな。昔は楓花と一緒に出かけることも多かったけど、高校生になってからは疎遠になってしまった。パーカーだけじゃダメかなぁ、でもそれ以外に服持ってないんだよね。
家に帰って入浴や夕食を終えて自分の部屋で勉強していると、楓花からラインが来た。どうやら友達からサイズを聞いてきたらしい。ちゃんと肩幅や股下、袖丈にわたり幅など細かく各部のサイズを測ってくれたようだ。僕はありがとうという意味でスタンプを送ろうとしたが、続いて楓花からメッセージが来た。
『バストは92、ウエストは58、ヒップは90』
……。
……スリーサイズが、送られてきた。
バスト92!? それってMサイズキツくない!?
ウエスト58!? ほっそ!? それでバスト支えられるの!?
ヒップ90!? まさにボンキュッボンじゃんそれ!?
これが本当の数字なのか、思わず僕は疑問に思ってしまう。何か意地を張ってバストやヒップを大きくしたり、ウエストを細くしたのではないかと思ったけど、楓花のお友達を疑うのは失礼だ。流石に楓花に本当なのかと聞くわけにもいかない。
『これ、嘘じゃないから』
僕から何も聞いてもいないのに楓花から釘を刺されたから、僕はありがとうとスタンプを送った。僕は楓花のスリーサイズも想像しかけたが、いけないいけないと思って衣装製作のスケジュールを考えていた。
いや、バスト92ってどのくらいの大きさなんだろう、というか何カップになるんだろう。いやいけないけない、変なことを考えるのはやめよう。これだとまるで僕がムッツリスケベみたいじゃないか。
翌日の土曜日、一緒に手芸用品店へ行く約束をしていた楓花の家へと向かっていた。僕の家から楓花の家までは歩いて一分もかからないぐらい近所だ。昔は一緒に学校に行ったりお互いの家に上がり込んだりしていたなぁとしみじみ考えながらインターホンを押すと、玄関のドアが開いた。
「あ、ごめんマサ君。もうちょっと待ってて」
楓花が慌てた様子で玄関から顔をひょこっと出して、そう言い残して家の中へ戻った。約束の時間の十分ぐらい前だけど少し早かったかな。
数分後、再び玄関のドアが開いて楓花が出てきた。
「よし、それじゃ行こっか」
楓花はベージュのワンピースの上から花がらのジャケットを羽織っていて、昔からメガネをかけていたのに今日はコンタクトだ。
「う、うん……」
あれ……楓花ってこんなに可愛かったの? いや、楓花は昔からオシャレで可愛かったと思うけど、ずっとメガネをかけていたからそのギャップに僕は驚いていた。
二人で電車に乗り、高校の最寄り駅で降りて駅前のショッピングセンターの中にある手芸用品店へと向かう。昨日下調べしたから在庫もちゃんと残っている。サイズを考えて購入する生地の大きさを店員さんに伝えて裁断してもらう。縫糸やミシン糸は学校の備品を使っても問題はないけど、まぁ一応僕の家に残ってるやつを使おうかな。購入した生地をトートバッグに入れていると、楓花が百貨店の中をキョロキョロと見回しながら言った。
「ねぇ、血糊ってどこで売ってるかな?」
「……何に使うの?」
「あ、コスプレに使うの。その、えっと友達に頼まれたんだけど、どこで売ってるのかなーって」
「百均とかド○キにあったと思うよ」
同じショッピングセンターに入居する百均へと向かうと血糊が置いてあったためそれも購入した。
コスプレに血糊を使うの……? 未だに僕は何のコスプレをするのか教えてもらってないから、完成図が全然想像つかなかった。
その後、お昼時だったため楓花と一緒にファミレスでご飯を食べて、何故か楓花の買い物に付き合わされたりカラオケに行ったりと結局夕方まで時間を潰し、家まで楓花を送って別れた。とても楽しい時間だったけれど、これがデートだったらなぁと僕は溜息を吐いて自分の家へ帰り、早速作図に取り掛かっていた。
休日を使って作図と裁断を済まして、ミシン縫いは放課後を使ってすることにした。家から持ってきた裁断済みの生地と糸を用意してミシンで縫っていると、いつもグループで固まっておしゃべりをしている手芸部の後輩の女の子が僕の元に近寄って来た。
「あの~佐々先輩?」
「どうかしたの?」
「佐々先輩が月宮会長と付き合ってるって噂、本当ですか?」
「……え?」
月宮会長って楓花以外いないよな。僕と楓花が付き合ってる? どうしてそんな噂がと僕が驚いていると、他の後輩の女の子も続々とやって来た。
「この前の土曜に、佐々先輩と月宮会長がデートしてるのを見た子がいるんですよ! 一緒にご飯食べたりブティックに行ったのって本当なんですか!?」
土曜に衣装の生地を買いに行ったのを見られてたのか。うん、僕と楓花が行ったショッピングセンターってこの高校の最寄り駅にあるからそりゃ誰かに見られることあるよね。ていうか楓花はメガネを外してたのによく気づけたね。もしかして僕の知り合いが見てたのかな。
「いや、僕は会長から衣装作りを頼まれて、その材料を買いに行っただけなんだ。ご飯を食べたりしたのはそのついでってだけで」
「え~凄いイチャイチャしてたって聞いたんですけど~?」
「あ、でも佐々先輩が月宮会長のお眼鏡に叶うわけありませんよねー」
うん、そうだね。物凄く悲しい事実だけどそれは否定できない。だってスクールカースト的に考えると僕と楓花じゃ月とスッポンぐらいだもの。
後輩達はいつものお喋りに戻っていったけど、楓花はこの噂を知ってるのかな。でも楓花は生徒会長として忙しいし、今は衣装作りに集中しよう。
そんなこんなで衣装作りを初めて五日で無事に完成した。うん、我ながら良い出来だ。でもやっぱり完成品を見ても、その楓花の友達がどんなキャラのコスプレをしようとしているのか見当もつかなかった。
早速完成した衣装を楓花に渡しに行こうとしたのだが、学校ではなく楓花の家で渡してほしいと言われた。僕は生徒会の仕事が終わるまで待って、楓花に連れられて彼女の家の中へ上がり込み、楓花の部屋に通された。
「お、お邪魔します……」
楓花の部屋に入るのは久々だ。昔は一緒にゲームをしたりしたけど、やっぱりこの年になると異性の部屋に上がり込むには度胸が必要だ。
「ご、ごめん散らかってるかも」
うん、学校では生徒会長で優等生なキャラで通してるけど、楓花は昔から大雑把な正確であまり片付けが得意ではない。一応片付けをした形跡はあるけど、脱ぎ捨てた服がカゴの上に重なっていたり、本棚に並んでいる漫画もテキトーに詰め込まれていたりと、そこら辺は昔と変わっていないようだ。
僕は紙袋の中から完成した衣装を取り出して楓花に見せた。
「お、おぉ……! すっごーいっ! やっぱりマサ君裁縫上手じゃん!」
「いやぁそれほどでも」
昔から黙々と作業をするのが好きだった僕は、裁縫が趣味だった母親に影響されて手作りのマフラーを楓花にプレゼントすることもあった。部屋の中を見ると、今までに僕が楓花にプレゼントしたマフラーやバッグが置かれていた。もうサイズ的に小さくなってるのにまだ残してくれてるんだと僕は嬉しくなった。
「これで楓花の友達も喜んでくれるかな」
「あ、えーっと……その話なんだけどね」
そもそもこの謎のコスプレ衣装はコスプレイヤーだという楓花の友達から頼まれてはずだ。しかし先程までテンションが高かった楓花は急に気まずそうに口を開いた。
「あの、ホントは私が着る衣装なの」
「え、会長が?」
「う、うん。その……実は私、コスプレが趣味なんだ」
「……えっ、そうなの!?」
驚きのあまり口をあんぐりと開ける僕に、楓花はクローゼットの中を見せた。中にはあるアニメ作品に登場する魔法少女の衣装や、架空の高校の制服等が並んでいた。
「ごめんマサ君! 言うのが恥ずかしくて」
「いや、そんなこと気にしなくていいよ。この衣装は会長が作ったの?」
「ううん、これはショップに行けばセットで売ってるの。でも次にコスプレしたいキャラの衣装が売ってなくて、私はそんなに器用じゃないからマサ君に頼んだの。
あ、そうだ。お礼にマサ君に見せてあげる!」
すると楓花は突然制服の上着のジャケットを脱ぎ始めた。
「ちょっと!? 急に脱ぎださないでよ!」
「あ、ごめん。つい昔の癖で」
確かに小学校低学年の頃まではそうだったかもしれないけど、流石に今もその癖があるのは危ないって。
僕は楓花の部屋の外の廊下で楓花の着替えを待つことになった。部屋を出る時に「マサ君が作ってくれた衣装、汚しちゃうけどごめん」って謝られたけどどういう意味だろう? 服が汚れてるって、そんな貧乏なキャラのコスプレでもするのだろうか。
一時して『入って良いよー』と中から楓花の声がしたので、僕は部屋のドアを開いた。
するとどうだろう。僕が丹精込めて作った白いセーターやジーパン、サスペンダー付きベルトには煤のような黒い汚れが付着していて、さらにセーターの袖を捲り、顔には黒いベールが付いたウサギの仮面を被り、両手に大小二本の血の付いた斧を持った化物が僕を待っていた。
「ほおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
僕はその化物を見た瞬間叫び声を上げて逃げ出そうとしたが、すぐに後ろから手を掴まれてしまった。
「あっはは、良いリアクションしてくれるじゃん。殺しがいがありそう」
楓花はそう言いながら血の付いた大きな斧を僕に向けてきた。え、何、楓花は僕を殺すためにこの衣装を作らせたの!?
「ね、ねぇ会長」
「皆がいないところでは楓花って呼んでくれたって良いじゃん」
「じゃ、じゃあ楓花。それって誰のコスプレなの?」
「あぁこれはね、デッドバイデイ○イトっていうゲームに出てくる殺人鬼の一人だよ」
うん、そのゲーム僕も知ってる。プレイしたことないけど非対称対戦型のサバイバルホラーゲームってことは知ってるよ。確かにそのゲームに出てくる敵の中にこんなウサギの仮面被った女のキャラがいたかもしれない。
え、せっかく凄いプロポーションを持ってるのにこんなキャラのコスプレするの!? 衣装が汚れるかもってこういう意味だったの!?
「な、なんで楓花はそのキャラのコスプレをしようと思ったの?」
相変わらず楓花は僕に斧を向けたままニコッと微笑んで言った。
「昔は可愛い女キャラのコスプレしてたんだけど飽きてきちゃって。私ホラーゲーム好きだからやってみようと思ったの。ちなみに私が今コスプレしてるキャラは本当は筋肉ムッキムキなんだけど、ちょっと可愛い路線で行こうかな~って思ってる」
いや、別に筋骨隆々じゃなくても十分に怖いから。もう夢に出てきそうだもん。
「あ、折角だからマサ君もイベントに見に来ない? 色んなレイヤーの人いるから勉強になるかもよ?」
確かに製作者目線で見るコスプレイベントも面白そうだ。もしかしたら今後の製作の方向性にも関わってくるかもしれない……だけど。
「でもさ楓花。僕と楓花の噂知ってる?」
「どんな?」
「ほら、この前楓花と一緒に生地を買いに行ったでしょ? それをウチの学校の人が見てて、僕と楓花が付き合ってるみたいな噂が流れてるんだよ。あまり僕と一緒にいると、その噂が本当みたいになっちゃうから」
「何か問題があるの?」
「え?」
「マサ君はその噂が流れるの嫌なの?」
「いや、楓花に迷惑がかかるんじゃないかって思って」
「私は全然迷惑してないよ? むしろ好都合だから」
「こ、好都合? 好都合ってどういうこと?」
「だって、私マサ君のこと好きだから」
凄いサラッと告白された。凄い嬉しいんだけど、楓花、今鏡で自分の姿見てみなよ。そんな殺人鬼の格好してる人に告白されても恐怖心の方が勝ってるからね?
「で、答えはどうなのマサ君?」
「え?」
「どうなの?」
血の付いた大きな斧を首元に当てられた。斧はひんやりと冷たかった。断ったら処刑されるんだなと僕は思った。
「はい、好きです……」
「うん、よろしい。これからも私の衣装作ってね?」
いや、これだとまるで僕が脅迫されて無理矢理言わされたみたいになってるじゃん。別に脅迫されなくても僕は楓花のこと好きだったのに……あんな優等生を演じている生徒会長の楓花はどこに行っちゃったんだろう。
にしても楓花がコスプレをしているとは驚いた。しかもこんな方向性の。だが、僕はあることに気がついた。
「あのさ、楓花が僕にサイズ測って送ってくれたじゃん?」
「うん」
「あれも、楓花のサイズってこと?」
楓花は斧を持ったまま首を傾げて考えていた。すると急に楓花は口をパクパクとさせて耳まで真っ赤になり、手作りの斧で僕をポカポカと叩いた。
「わ、忘れろぉ! 乙女の秘密を知ってしまったんだよマサ君は!」
「で、でも忘れると衣装作れないよ!?」
「じゃあ適度に忘れろぉ!」
そんな無茶なことを言われても……確かに楓花のプロポーションは凄いけど、それを数字にして伝えられたと知るとさらにドキドキする。これがバスト92の迫力か……っていけないいけない。これだとまるで僕がムッツリスケベみたいじゃないか。
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「マサ君……」
目の前に楓花……いや楓花なの? ウサギの仮面を被って両手に斧を持った殺人鬼が目の前にいるんだけど?
「マサ君は私の秘密を知っちゃったんだよ……」
「な、何の話?」
「私のバストサイズは?」
「92」
「うん、殺すね」
すると楓花は僕の体を掴んで斧を僕の頭に向けて勢いよく振り下ろした。
「ひぎゃああああああああああっ!?」
斧で脳天をかち割られた僕は叫びながら頭を押さえていたが、楓花はさらに僕の体に執拗に斧を振り下ろし続けた。
「どうせちょっとだけ盛ったと思ってるんでしょ! 本当は90だよ!」
いや、それでも十分大きいじゃん!?
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「……夢か」
まさか殺人鬼の幼馴染に殺される夢を見るとは。
……バスト90か。いやいやいけないいけない、これだと僕がムッツリスケベみたいじゃないか。
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その後、学校は冬休みに入り、楓花が殺人鬼のコスプレをするイベントの日がやって来た。朝から早起きして始発の電車に乗り、楓花と共にイベント会場へと向かう。最寄り駅に降りると、金髪ショートの美人、というかかっこいい女の人が楓花に声をかけてきた。
「やぁふーちゃん。ちゃんと間に合ったね」
「もー、それだと私がお寝坊さんみたいじゃん。あ、マサ君。この子は私のレイヤー友達の未来ちゃん、同い年だよ」
「君がふーちゃんの言ってた、幼馴染の子だね? 結構可愛い顔立ちだね」
「ど、どうも初めまして」
楓花が言ってたコスプレイヤーの友達は一応ちゃんと存在してたんだと僕は知った。何だか劇団で男役でもやってそうなぐらい身長も高くてかっこいい女の人だ。とても同い年とは思えない風格もある。
会場には多くのコスプレイヤーが集まっていて、最近流行りのソシャゲやアニメのキャラがやっぱり多くカメラを構えている人もその周囲に集まっている。そういった人気キャラだけではなく中には大分風変わりなレイヤー達もいるが……うん、楓花達も引けをとらないぐらいおかしいね。
「どう? 私達キマってる?」
僕が丹精込めて作った衣装を着てウサギの仮面を被り、両手に斧を持った殺人鬼が浮かれながら僕に聞いてくる。僕はあまりコスプレ界隈には詳しくないけど、やっぱり異質だよねこれ。周りにも何か仏様とか太陽の塔のコスプレしてる人がいるし、この一角は変なのが集まる所なの?
「あの……ちなみに未来さんは何のコスプレを?」
「私は吊られて救助を待っている役だよ」
楓花の隣で未来さんは何か大きな金具に胸を突き刺されて吊られている。あくまでそういう風に見せているだけで、針先がついたシャツを着て血糊を塗っているだけだ。体も浮いてはいない。でも何だか凄い物々しい。
いや、楓花はせっかく飛び抜けた容姿を持ってるのにそんなコスプレで良いの? 未来さんだって凄い美人なのにやられ役のコスプレで良いの?
だがその異様さがやはり目にとまるようで、「お、これハン○レスじゃん!」とカメラを構えて写真を取っていく人も多かった。僕も本人の画像を見て確認したけど、確かに楓花のコスプレの完成度はかなり高い、体格を除けば。何か少しだけ原作より可愛く見える……ような気がした。
「いや~楽しかった」
イベント後、打ち上げとして僕は楓花と未来さんと一緒にファミレスで食事を取っていた。楓花に喜んでいただけたようで何よりだ、僕も自分が作った衣装を褒められて嬉しい。
「佐々君、君の腕は確かなようだね。もし良かったら私の衣装も作ってくれないか? 勿論お金は出すからさ」
「あ、良いですよ」
「だ、ダメダメ! マサ君は私の専属仕立師なんだから!」
いや、それだと僕ホラーゲームのキャラの衣装ばかり作らされることになるじゃん。それは流石に怖いよ。
「楓花、独り占めはダメだよ。気持ちは嬉しいけど、僕だってもっと腕を上げたいからさ」
「むー」
「あ、それで今度私がコスプレしたいのはね……」
未来さんは僕に携帯の画面を見せた。そこに映っていたのは、胸元を大きく開けて凄いミニスカのナース服の女性……だけだったら凄い色っぽいだけだったんだけど。
「ほあああああああああああっ!?」
手には大きなナイフを持ってるしナース服に血がベットリ付いてるし、何か顔の形もおかしいぞ。僕はファミレスの中で思わず叫んでしまい、慌てて口を塞いだ。
「これはサイ○ントヒル2に出てくるキャラなんだけどね」
「それはホラーゲームですか?」
「うん。私と未来ちゃん、何だか趣味が合うんだよ」
僕の仕事はただ単にナース服を作るだけなんだけど、完成形がこれだと少しナイーブになってしまいそうだ。ナース服を作るのも恥ずかしいし。
「あ、マサ君。私が今度やろうと思ってるのはね」
続いて楓花が携帯の画面を見せてきた。その薄暗い画面に映っていたのは、白目の──。
「ほぎゃああああああああああああっ!?」
「これはアウ○ラストっていうゲームのね……」
「もういい! もういいから衣装だけ注文して!」
嫌だ嫌だ、どうして僕みたいなビビリにホラーゲームのキャラの衣装製作を頼んできたんだよ!
でも頼られるのは嬉しいし、完成した衣装を見て喜んでくれてたし、僕はまた楓花と、そして未来さんの衣装を作ることになった……。
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地獄の日々だった。いや、衣装を作ること自体は全然嫌じゃない。家庭科室でナース服を作っていた時は女子達から変な目で見られたけど、いつの間にか僕がコスプレ用の衣装を作っているという噂が浸透していった。おかげで同じ高校に通っている同級生や後輩からもコスプレ用の衣装をオーダーメイドで作るようになり、何故か僕の知名度が段々と上がっていった。
なお、楓花はコスプレという趣味を皆に知られたくないようで、学校では優等生な生徒会長を演じ続けている。そんな恥ずかしがらなくても良いのにと思うけど、うーん確かにこういう方向性は人を選ぶかもしれない。ギャップはあると思うけど。
ただ僕が嫌だったのは、参考資料としてホラーゲームのキャラの画像を見ないといけないことだ。しまいにはその世界観の勉強のためだと言って実際にホラーゲームをプレイさせられた。
「ぬおおおおおおおおおおおっ!?」
楓花の家に置いてあるホラーゲームはどれもこれも怖さがヤバい。どうしてこんなゲームのキャラのコスプレを始めちゃったんだよ!
「いやー、マサ君の反応見るの面白いなぁ」
いつの間にか僕の彼女になっていた楓花は怖がる彼氏を見てはしゃいでいる。最近はデートでもホラー映画ばかり見させられるから雰囲気もへったくれもない。
でも、それでも僕は楓花が嬉しそうにしているのを見るのが好きなんだ。僕も衣装を作るのは楽しいし最近はさらに腕も上がった気がする。
ただ、僕の心臓はいつまで持つだろうか────。
完