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輝き町友愛銀座商店街  作者: 二糸生 昌子(にしお しょうこ)
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輝き町友愛銀座商店街

建は昔から興味を持つことに出会うと時間を忘れてしまう癖がある。

例えば建が小学校に上がったばかりの頃、大晦日に母親がバケツの水を取り替えて、3〜4枚の雑巾をゆすいでくることを建に頼んだ。建は風呂場に行ったきりなかなかもどて来ないので庭子が見に行くと、雑巾の捻り具合で出て来る水の量が違うのが面白いと鑑賞中だった。

「ぎゅうっと捻るとたくさん水が出て来るんだ。どうしてなんだろう?」

「ぎゅうっとされて苦しいから雑巾は、飲んだ水を吐き出すんだよ」

「姉ちゃん、雑巾は水を飲まないし、苦しいって思わないんだよ」

「あら、そうなの?」

大人になった建だが、その頃と少しも変わることなく自在に色々な物を観察している。

あるときは地面を、あるときは木の葉を、またあるときは水溜りを見つめていたりする。雲は一日見ていても飽きないんだそうだ。

「建、何を見ているの?」

「蟻」

「面白い?」

「面白い」

「蟻は何か考えているの?」

「何か考えているような気がする。どんなことなのか分からないけどね」

インターネットにアップされた建の動画を観た父親が

「なんだこれは。この生活のどこが面白いんだ?建はどこかの修行僧か」とケチをつけていたが、なんとある日建はテレビに出てしまった。

「建、都会の自由人」と紹介されると、それ以後度々取材を受けるようになり、それはテレビだけではなく雑誌や新聞などからも声がかかった。サインをもらいに来る人も結構な数に上った。ネットではもはや日本の外にまで広がりを見せ、世界のテント暮らしを愛する人々と繋がっていった。かなりの有名人になった建に父親は何も言えなくなってしまった。ある日テレビの暮らしの情報、「究極の節約、不便という暮らしの豊かさ」という番組で父親がインタビューされた。

「一人で5年も庭で暮らしている息子さんを、お父様はどう思っていらっしゃるんでしょう?」

「はあ。私は息子の生き方は素晴らしいと思っています。いつでも息子が自由に思いのままの暮らしを続けられるように応援し、守る用意はあります」

「はあ?よく言うよ!お父さんの調子の良さには本当に呆れるわ」

テレビを観ながら庭子がつぶやいた。

父親は今柿の種などをつまみながら、テレビ画面に張り付いている。

生まれて初めて見る自分のテレビ映像にご満悦の様子だ。建が庭でテント暮らしをする事への文句は一切かき消えてしまっているに違いない。

建は小さい頃から、結局自分の思った通りに物事を運んでしまえる人間なのだと庭子は思う。どんな困難もさらりと切り抜けているように見える。と言うより、建には困難というものがそもそもあるのだろうか?「面倒臭い」がないように「困難」の文字もないように庭子には思えた。庭子にとって困難とは大方人間関係から生じる。だが建は小さい頃から人のウケが良く、いつの間にか人を味方につける能力を持っているのだ。建は馬鹿みたいに正直で、自分が感じている現実の中だけにいる。このことが人に健を信頼をさせるのかもしれない。

建と庭子と曾祖母タノちゃんの間にこんなエピソードがあった。

タノちゃんは人をからかうのが大好きだった。そして、そのからかい方は子供が幾つであろうと情け容赦がなかった。

「庭子、嘘をついたら閻魔様に舌を抜かれるよ」ここまでならどの子も経験する恐ろしい話だ。だが、タノちゃんはここで終わらない。ここから本領発揮、タノちゃんの創作が始まる。

「おやあ? 地獄の蓋が開いて鬼が二匹出てきたよ〜〜〜 ん!うちの玄関に来たんじゃないか?・・あ・・

来てるよ来てるよ  今玄関のドアに手をかけたよ〜〜」

「嫌だ〜〜〜」と庭子。

「ほら、廊下をくるよ。みしっ みしっ みしっ・・・」

「あ〜〜〜ん お母ちゃん〜〜ん」

このほとんどいじめの脅しを、この婆さんはちょくちょくやった。

「鬼は嘘をついたりする悪い子を地獄に連れて行くんだよ」

庭子は震え上がった。今日幾つ嘘をついただろう?

建が冷蔵庫にしまっておいたお楽しみのあんドーナッツをひとつ食べてしまい、建には

「どうせお父さんでしょう?」と言った。そうすると建はいつも諦めるのだ。

庭子はタノちゃんが地獄の鬼や閻魔様の話をするたびに自分がついた嘘に怯え、真夏だと言うのに頭から布団をかぶり汗だくで眠れない夜を過ごした。だが建はこの恐怖から庭子を救い出してくれたのだ。

タノちゃんはその日宿題はもうやってしまったと嘘をついた建に、鬼がきていると脅し始めた。

「さあ、悪い子はどこにいるのか探しているよ」

「僕は大丈夫だね」

「建は悪い子じゃないのかい?」

「うん。タノちゃんはいつも建はいい子だって言うでしょ?」

「だけど今日は嘘をついたね」

「僕、謝ったよ」

「一回でも嘘をついた子を鬼たちが見張るんだよ。二度と嘘をつかないようにね。ほら、廊下をみしっみしっ」

「ちょっと見てくる」

「建、捕まるよ」

居間の戸を開けて廊下を見た建が振り向いて、タノちゃんに言った。

「いないよ」

「じゃあ、帰っちゃったんだろうね」

「鬼はね、僕じゃなくてタノちゃんを連れて行くんだよ」

「どうして」

「だって、そうやってずっと嘘をついてるじゃない」

タノちゃんは閻魔様や地獄の鬼たちの話は二度としなくなった。

こんな調子の建は小学校に上がると初めのうちは、変わり者扱いを受けて一人でいることが多いのだが、次第にクラスメイトたちに囲まれるようになって行く。庭子の小学校時代、庭子に厳しかった担任の泉先生までもが建のファンだと言う話が伝わって来る。庭子の小学生時代は悲惨だったと言うのに、建は決して陽気な質ではないにもかかわらず、休日には友達がわんさか訪れるのだ。特にあの泉先生が気に入っていると言うことに驚きだが、よくよく考えてみれば建は庭子よりずっと素直だった。建は余計な意地を張らない。建が動かない時は、よく飲み込めていない時だ。だから建は説明を求める。庭子のように腹を立ててテコでも動かなくなると言うのとは違うのだ。

庭子は幼稚園や保育園での集団生活の経験がないまま小学校に上がった。

庭子が幼稚園に行かなかった理由は、タノちゃんが大反対したからだった。

「こんな小さいうちは親といたいんだよ、かわいそうに」

庭子は家にいることになり、ひらがな、カタカナ、足し算引き算を覚え、なぜか落語のジュゲムジュゲムを覚えて小学校に入学した。庭子は学校というところが楽しいところだと聞かされていた。だが学校に来てみると子供たちは同じ幼稚園か保育園に通った仲間で固まっていて、庭子が入る余地はなく、ましてや集団の中に身を置いた経験もない庭子はどう振る舞えばいいのかも分からない。騒がしい子供たちは意味不明な奇声をあげて走り回っている。

庭子はただ途方に暮れるばかりだった。

翌年、健も幼稚園に行かせない方針だったのだが、建はある朝タノちゃん、チイばあちゃん、両親の前ではっきりと言った。

「僕は幼稚園に行きたい!」


「友利さん、笑顔、笑顔。笑顔でいると幸せになれるのよ。笑顔を忘れないようにしましょう」

一年と二年の担任になった先生が庭子に言った。

「友利さん、笑顔を忘れていますよ。笑顔で楽しくね、友利さん」

庭子は益々の仏頂面になった。先生の言うことは理解が出来なかった。

だって、笑顔って、幸せだからできるんじゃないの?

楽しいから出るんじゃないの?

なんでもないのに先に笑顔って、どうやったらいいの?

そして何よりも庭子にとって苦痛だったのが、とてつもなく長い時間を机の前に座っていなければならないことだった。

庭子はタノちゃんと、チイばあちゃんと、NHKと、民放のドキュメンタリー番組やドラマが先生だった家に帰りたかった。庭子は学校が大嫌いになった。

しかし両親にはそのことを言えるはずもない。庭子の入学前ランドセルを持って、まるで自分たちが小学校に上がるかのように喜んでいた二人にどうして言えよう。庭子は俯いて外界を遮断し、一年と二年をなんとか凌いだ。だが三年生になった時に庭子のクラスの担任になったのが、家庭科と音楽の泉先生で、彼女は庭子を問題ありと見た。そしてその問題の大きな原因は庭子の姿勢にあるという見解を持っていて、事あるごとに注意することを怠らなかった。

「友利さん、もっと背中を真っ直ぐにしなさい」

一メートルの竹の定規を背中に入れられたこともあった。その状態で授業を受けなければならず、それは庭子にとって屈辱的な出来事となった。







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