輝き町友愛銀座商店街
八尾はモテた。
女子に優しい訳ではないのに、なぜかモテた。
小学校の時の八尾は背が小さかったので、女子から可愛いと言われていた。
確かにでっかいフキの葉っぱの下にでもいたら可愛いだろう。八尾はどちらかというと、美しく整った顔というよりも個性的な顔立ちで、日本の山の中にいる妖精の類のような雰囲気があった。そして、ただ可愛いだけではなく、強い意志を持っていることが目の輝きに表れていた。けれどと、庭子は思う。こいつの口の悪さはどうだ。八尾が言い放つ言葉の数々には本当に腹が立つ。みんなこいつのどこがいいんだかわからないと。
中学生になると庭子は、他のクラスの女子から手紙を八尾に渡してほしいと頼まれることが一度や二度ではなかった。
「なんで私に頼むの?」
一学年下の全く知らない女子から手紙を渡されて、庭子は腹を立てながら聞いた。
「すみません。先輩と八尾さんて仲が良いじゃないですか。八尾さんは先輩からなら受け取ってくれるんじゃないかと思って。直接だと八尾さんて受け取ってくれないらしいんです」
なんだ、そういう事情ならって・・・違うでしょう。
「先輩〜」
泣き落とされて庭子、手紙を八尾の元に。
「なんだよこれ。俺にラブレター書いたの?」
「私が書く訳ないじゃない」
「なんだ。友利も書けよ。ラブレター」
「誰に?」
「お前には俺しかいないだろ?」
「ばっかじゃないの?」
「あっ、そ」
八尾は下級生からの手紙をカバンに放り込んだ。
それから1週間ほど経ったある日の放課後、件の下級生が教室の前で庭子を待っていた。
「あのう・・先輩・・それでお返事はまだでしょうか?」
「返事って、何?」
「ひど〜〜い。ちゃんと渡してくれました?」
「ああ、ラブレターか。ちゃんと渡しましたよ」
「でも、お返事が来なくて」
そんなの私の知ったことか!何を言っているんだ、この下級生は・・・
「先輩、返事を書くように八尾さんに言っていただけませんか?」
「はああ?」
爆発しそうになった庭子の後ろにいつの間にか立った八尾が、
「人に頼んでんじゃねえよ」
と言ったので、下級生は驚くほど飛び上がった。
「ででででは、お返事ください」
「ごめんな。俺遊園地とか行かないし」
「別に遊園地に行かなくても良いんです。私と付き合ってくれたら・・・」
「悪いな。俺の女は友利だけなんだ」
後輩の表情がこわばった。
「そうなんですか先輩?それならなぜそうと言ってくれなかったんですか?」
ちょっと待って待って!なんてことを言うの八尾くん。
「私は別に八尾くんとは」
「こいつ、何にも言わないからな。後で俺が面倒になる。じゃあそう言うことだから」と言いながら、八尾は庭子の両肩に手を置くと、そのまま庭子を押して教室に入った。
「八尾くん!」
「サンキュー友利。あの場合そう言うしかないだろ?」
八尾はカバンを持つと「じゃあな」と言って教室を出て行った。
あの場合そう言うしかなかったですって?言い方なんかいくらでもあったでしょうに。
庭子はクラスに残っていた女子たちの冷たい目線に気づいた。そして、この視線は卒業の日まで続いたのだ。
この商店街には、庭子の同級生が多くいる。
自分が生まれた頃は、この商店街も若く活気に満ちていたのだろう。
少し行くと団地があり、その団地も商店街と共に歳をとってきた。若いエネルギーは、急行が止まる二つ都心寄りの駅の街へと移ってしまったのだ。
暇になった商店街には噂話の時間がたっぷりある。多分庭子のことも色々言っているのだろう。
26にもなって化粧もせず、中高生の頃のままの服装で歩いている庭子をなんと言っていることやら。
だが、なんと言われようと気にする庭子ではない。子供の頃から何につけてもにネガティブに受け取って、いろいろなことを諦めてきた庭子だ。諦め力に関しては、誰にも引けを取らない。他人からの評価、そして夢や願いを諦めれば決して傷つくことはないのだ。何事にも期待をしないと言うことが大切で、それこそが大きな波風を産まない秘訣なのだ。好奇心を持たず、冒険をせず、日々を淡々と生きる。これがピタッとくる生き方だと庭子は思っている。
貯金だって、好奇心、冒険を捨てて、淡々と貯めるのが一番貯まるのだ。
庭子が家に帰ると、母親が庭子の服を買って来ていた。それはこの街の洋品店で買ったとんでもない服だった。
「ゲーッ こんなの着ない」
「可愛いじゃないの。女の子らしくって」
「なんで襟にピンクの花の刺繍があるの?小学生のブラウスだよ、これは!」
母は女の子にはリボンと同じように、若い女性にはピンクが一番と決めつけている今時ないセンスの人間だ。
「なんだ?庭子の服を買ったのに断られた? それで母さんが着ているのか。だが・・・そのブラウスはなんだぞ」
「おかしいですか?」
「おかしいぞ」
「でも、勿体無いですから」
「自分で買わせたらどうだ?庭子は一応働いているんだし」
「買うわけありませんよ。みんな貯金してしまうのだから」
「う〜〜ん 庭子のあの金を貯める習性は誰から受け継いだのかねえ」
「わからないわ。私のおじいさんなんて、実家を潰していますのにねえ」
「私はお金を、夢の実現に使います。大人になってどんな夢でも叶えられるように、お金を貯めておきます。
月にだって行けるぐらいに。私は月に行くのが夢です」
小学校3年の時に庭子が作文に書いた決意だった。そしてやたらと貯金に励みだしたのだ。
月に行くという夢は、大変なお金がかかると言うことがわかったので、月旅行はとっくにやめたが貯金は相変わらず続けていた。
であるから庭子は働くことは厭わないのだ。庭子が働いた店はこの町だけでも「生花チェランキ」「居酒屋ホイ北」
「焼き鳥のうまひま」「喫茶ダーティ」「スーパーどっちも」「つっぱり弁当押し出し」と数えて行くと6軒になる。他の街を入れると15軒はあると思う。このようにあれこれ働いて来たのだが、所詮バイトはちょっと手が足りてくると「悪いね〜ごめんね〜」と、低姿勢で首を言い渡されるのだ。
今日は「つっぱり弁当押し出し」をクビになったところだ。