輝き町友愛銀座商店街
庭子は持っていたノートで、メダカといった男子の頭を叩いた。担任の泉先生がそれを目撃し、ギョッとした表情を庭子に向けた。
「あなた、お名前は?」
「友利 庭子」
「いいですか、友利さん。お友達に酷いことをしてはいけませんよ!わかりましたね?」と言った。
庭子は返事をしなかった。
この隣の席になったのが八尾 大介で輝き町友愛商店街の八百屋「おやおや」の息子だ。「やおやのおやおや」なんて冗談みたいな名前だ。
なんでもこの八百屋は、八尾のおじいさんが作った店で、何か目立つのがいいと考えた名前なのだそうだ。
庭子は「やおやのやお」の方がよかったんじゃない?と八尾に言うと八尾は「確かに!」と答えた。
「友利、猫背の茄子買ってけよ。お前そっくりだぜ」
庭子が店の前を通りかかると八尾は必ずろくでもないことを言って庭子をからかう。小学校一年の時の「金魚かよ」から何一つ変わっていない。買い物に来ていた客が笑い出し、本当に仲がいいのねと言った。
これは果たして仲がいいのだろうか?時折同級生たちにも言われてきた「本当、八尾と友利は仲がいいのな」に同意ができないままできた。この口の悪い男の言葉には腹が立つばかりなのだから。
「こんにちは。八尾くん」
甘い声が鈴のように鳴った。
八尾がちょっと驚いたように「あれ?武田さん?」と振り向いた。
「この間はありがとうございました。うちの家族みんな八尾くんが来てくれた事、本当に喜んでいるんです。とくに父なんかあの青年なら間違いはないって」
「あ、いや・・・」
一体なんの話だ?こう言う場合は途中参加の彼女に挨拶をするべきなのか、素知らぬ振りを決め込むかどっちだ?
庭子は素知らぬ振りを選び「じゃあ」と素気なくその場を離れた。
「友利」
八尾の声が後を追ってきたが、庭子は無視した。
あの人は誰?ううん、誰でもいい! え〜と 今日は何をしに商店街に出てきたんだっけ?
そうだ、図書館に本を借りに来たんだった!なんだか綺麗な人だったな。女らしくて優しそうで・・・
柔らかなグレーのカーディガンと、それより少し濃いめのグレーのスカート。
ああ言う女性を男性は好むのかもしれない。・・・八尾くんも・・・・・・
図書館は踏切を超えて駅の反対側にある。そこには公園もあり気持ちの良い場所なので、借りたばかりの本をこの公園で読むのが庭子の楽しみだった。だが今は図書館の前まで来て、本など少しも読みたくないことに気づいた。
仕方がない。うちに帰って寝るか。もう一度踏切を超えて商店街に入ろうとすると、駅の改札に向かっていた先ほどの女性が目に入った。同時に女性も庭子に気づき、満面の笑みを浮かべながら庭子の方へ足速にやって来る。
さて困ったと思いながらも庭子は彼女を待った。
「あの・・あなたねえ」優しげな微笑みを庭子に向けながら彼女は続けた。
「申し訳ないけど、八尾くんを追いかけ回すのはやめていただける?」
「はあ〜〜? 私が八尾くんを?」
「私たちお付き合いを始めたところなんです」
「そ、そうなんですか・・でも、別に私は八尾くんを追い・・」
「八尾くんがお気の毒ですわ」
これだけ言うと、女性は急足で改札に向かって行ってしまった。
私が追いかけ回しているから八尾くんがお気の毒ですと?
「さっきちょっと素敵な人だなんて思ったことを撤回します。事実無根をでっち上げる妄想女子ではないのか?」
微笑みを浮かべた柔らかな顔と、濡れたような輝きを持つ瞳で、斜めに見上げるように人を見る人。その目はいつも私は悪くなくて、あなたが悪いのよと言っている。あの辛辣な八尾が選ぶ女性ではない。
では八尾はどんな女性を選ぶのだろう?
猫背のなすや、風邪を引いたオコゼではないことは確かだ。
「友利、それは誤解だぜ」
唐突に八尾が店の前を足速に通過する庭子に声をかけた。
「な・・何?突然・・・」
「なんか友利が誤解したかなーって思ってさ。さっきの武田さんは、この間の土日に完全自然農法でやっている農家に研修に行ったんだけど、そこの娘さんなんだ」
「あら、そうですか。別に私はどうでも良いんですけど」
「はいはい。どうせ俺のことなんかに興味ないもんな〜友利は」
「そあ、そうださっき駅の前でその人にあったけど、お付き合いを始めたところなんですってね」
「まさか!俺さっき断ったのに」