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輝き町友愛銀座商店街  作者: 二糸生 昌子(にしお しょうこ)
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輝き町友愛銀座商店街

庭子は唖然とした面持ちで座っていた。

あれが座布団ババア?

高校生たちが、次の変身希望の方いらっしゃいますか?と聞くとほとんど会場全員の手が上がった。

中には男性もいた。

座布団ババアほどの見事で、劇的な変身を遂げた人はいなかったが、それでも化粧をして身なりに気をつければ、たとえ年齢がいっていても少なくても2〜3割は若返ると言うことを、庭子はこのイベントで知った。だが、それだけではない。座布団ババアは外見だけではなく、人間も変わってしまったのだ。彼女はいつも内緒話をするようにコソコソと早口の喋り方をするのだが、それが消えて明るく溌剌とした喋り方に変わった。そして森田布団店の雰囲気も変わっていった。

今までの古臭い布団が、今風の可愛い毛布や、羽布団、北欧から輸入した枕や枕カバー、シーツに変わり、お洒落なパジャマも仕入れ、女性客を掴んだ。中でも森田布団店の大ヒットになったのが、パジャマと同じ柄のカップやポットがセットになっていて、小さな羊が添えられている「真夜中のティーセット」だ。今までは姑が仕入れなどの一切を一人でやっていて嫁の夏江が口出しできることではなかったが、前々からこの店の危機を感じていたことを姑に伝えた。とんでもなく勇敢に。

姑は黙って聞いていたが、「夏江の好きにしなさい」と言った。


夏江は森田布団店に嫁いで来てから随分苦労をしてきた。

姑は、外面は穏やかで優しげだが、一旦家に入ると人が変わった。

「夏江!夏江!夏江!夏江!」

「はい、お母様」

「なぜ呼ばれてもすぐ来ないんだ」 

「すみません。聞こえなかったものですから」

「聞こえなかったものですからあ?耳のせいにすれば許されると思っているのかい!」

「夏江!お茶がぬるい。私を馬鹿にしているのかっ それとも田舎者はぬるいお茶を飲むのかい」

「敏次は公子さんと結婚すりゃあよかったんだ。とっても仲が良かったんだよ。なんであの子と結婚しなかったのかねえ?」


森田布団店の一人娘の逸子が結婚式を挙げたのが、夏江の変身ご間もなくのことだった。

嫁ぎ先は北海道の大きな農場で、チーズケーキやヨーグルトの製造にも関わり、それらの製品の味の良さは評判だった。この結婚を、祖母は自分の手柄だと喜んだ。

「私の躾が良かったから、ほらご覧。いい貰い手に望まれたじゃないか。やっぱり逸子はおばあちゃん子だよ。いい子だ」

結婚式当日、式場で逸子は家族に宛てた手紙を読んだ。


「お父さん、お母さん、おばあちゃん。お世話になりました。

私は有り余るほどの家族の愛の中で大きくなりました。

そして、家族から大きな学びも得ることができました。

私はお父さんから、人に優しくする心の深さを教えられました。

書道の先生のおばあちゃんからは、美しい字を書くことを教わりましたね。

そして、私に最も大切なことを教えてくださったのが、お母さんです。

毎日どんなに辛い目にあっても、お母さんは私たちを離しませんでした。

私たち家族が紡ぎ出す日常に、不満や愚痴や、否定的な態度を見せたことは一度もないのです。

私は、母の愛の強さを尊敬しています。母のように在りたいと願っています」

夏江は号泣した。

夫の敏次は夏江の背にそっと腕を回した。

その脇で口を真一文字に結んで、姑は俯いていたという。

夏江と姑の関係も大きく変わった。姑が夏江に怒りをぶつけることがなくなったのだ。

そして今回の夏江の勇気ある提案を聞いて姑は、もうとっくに身を引くべきだったと心から思った。

口には出さなかったが、姑は夏江の変化を喜んでいた。


「お前も少しは自分のことに気を遣ったら?」

声をかけてきたのは庭子と小中学校が一緒だった八尾 大介だ。

また余計なことを言う。

「大きなお世話なんですけど」

「これから先もずっと、風邪引いたオコゼで行くのかよ」

「風邪引いたオコゼって、なんでしょうか?」

「オコゼが風邪引いてるんだよ。ほら、オコゼに半纏なんか着せると似合うだろ?

あ、正しくはオニオコゼにだぜ」

それが私にそっくりだとでも?

この男は昔から何かと庭子に絡んでくる。

庭子が小学校に入学したその日、隣の席になった八尾 大介が庭子をまじまじと見て言い放った第一声が

「金魚かよ!」だった。

その日の庭子は髪を両耳のあたりに束ねて、大きなピンクのリボンを結んでいた。

庭子はリボンなど好きではなかったのだが、庭子の母は乙女趣味でやたらとレースや花などをあちこちにくっつけたがり、なぜか髪にリボンを結ぶと女の子が可愛らしく見えると信じている。

庭子は小学校1年に入学するずっと前から、自分はリボンが似合わないと思ってきた。

リボンがよく似合う子は、庭子のような黒くて太いげじげじ眉毛ではないのだ。しかも、庭子の眉は定規で引いたかのような直線ときている。微風に揺らぐピンクのリボンの脇に、あたかも睨みつけられているような錯覚を起こす強い眉が二つ並んでいるのだ。

「なんで庭子はリボンが嫌なのかしら?女の子はみんなリボンが好きなはずなのに」

「だって・・・」

「だって、何?」

「隣の席の男の子が、金魚って言うんだもん」

「・・・・金魚・・・・」

翌朝母は庭子にリボンを結んで行けとは言わなかった。あんなにしつこかった母がそれ以来リボンのりの字も

口にしないことに多少の引っ掛かりを感じるものの、胸を撫で下ろすことができた庭子だった。

だが、翌日庭子がリボンなしで学校に行くと、隣の男子はこう言ったのだ。

「なんだ、今日はめだかか!」




























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