輝き町友愛銀座商店街
山口先生と病院に行き治療を受けて保健室に戻ってきた八尾が、指を4針縫ったと聞いて泉先生はご家族に連絡しましょうと言った。八尾は跳び上がった。
「八尾くんは今日はお家でゆっくり休みましょう」と泉先生は続けた。
「いいです。俺学校にいます」
「いけません。ちゃんとお伝えする義務が学校にはありますから」泉先生も頑固だ。
「うちは忙しいから、先生!」山口先生に向かって訴えるような目を向けた八尾に、なにやら尋常ではないものを感じた山口先生は、
「分かりました。大丈夫よ八尾君」と言った。八尾は気分が悪くなり椅子に倒れ込んだので山口先生がベッドに寝かせてくれた。それから山口先生は「泉先生、ちょっと」と言って、廊下に出て行ったので、泉先生も後を追って廊下に出た。
「泉先生、八尾くんにはなにか複雑な事情があるようですね。今日はこのまま放課後まで保健室にいてもらいましょう」
「いいえ!いけませんわ。山口先生。とにかく怪我をしているんです。学校にはご家族にお知らせする責任と義務があります」
泉先生は、几帳面で生真面目な先生だった。彼女は規律を重んじ、学校とは集団を学ぶところであると固く信じていた。集団とは家庭であり、仕事であり、町であり、国であり世界であると。何も個を滅して戦争へ向かう集団に入れと言っているのではない。人間はどうしても社会の中でしか生きられないのだから、その社会を良いものにして行く責任を一人一人が負わなくてはならない。平和な社会を築くために人は、助け合い、思いやり、そして分かち合って行かなければならない。学校とは、そう言う人間を育むところなのだ。人間は幼い頃から我儘を滅して行かなければならない。学校から親への連絡を子供が拒むなどもっての外だ。
「私たちはやるべきことをやらなけれなりませんね、山口先生」
泉先生は電話をかけた。
「まあ、うちの大介が怪我を? 一体どうしたんでしょう? ご心配をおかけしてしまって申し訳ありませでした」
間もなく学校に 美緒がやって来た。
「ここが保健室です」泉先生が保健室のドアを開けてパーテェーションの向こうにあるベッドに案内したが、そこにあったのは、空っぽのベッドだった。
教室にも八尾の姿はなく、屋上まで見に行ったが、そこにも八尾の姿はなかった。
山口先生が「お父様にもお知らせしておきましょう。おうちの方に帰られるかも知れないですし」と言うと今度は美緒が慌てた。八尾は自分たちで捜せる。忙しい主人に面倒をかけたくない。確か今日は来客があると・・美緒の訴えには答えず保健室の電話に手を伸ばした山口先生は振り向きざまに、美緒の激しい怒りの目を見た。
父親は店を焼き鳥うまひまに頼んで、学校に急いだ。
「大介がいなくなっただって?」 先に学校に行った美緒はそれほど重大ではないような事を言っていた。
「また学校で悪戯をして、カッターで手を切ったんですって。お迎えに行ってくるね」
学校の横手の道に一人立っていた女性が八尾の父親を呼び止めた。
山口ですと名乗った後、その女性は、八尾くんがどうやら家で怪我をしたように見受けられるのだが、手当てもせず血だらけで学校に来たこと、美緒さんをひどく嫌がったこと。八尾くんは彼女に怯えているような気がすると話した。その時父親は家で度々目にした光景を思い出した。大介が決して美緒を見ない光景。
そして、もしかしたら大介がいるかも知れない場所が思い浮かんだ。