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輝き町友愛銀座商店街  作者: 二糸生 昌子(にしお しょうこ)
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輝き町友愛銀座商店街

「お母さん、今日同級生が遊びに来ているんだけど、夕ご飯お願いできる?」

「あら、珍しい、庭子のお友達が来ているなんて。いいわよ」

2階に戻った庭子「もうすぐ夕ご飯なんだけど、一緒にどうですか?」

「わあ!本当ですか?嬉し〜〜〜〜っ」

藤間はソファーに腰掛けたまま子供のように弾んだ。

母親はすき焼きを用意した。甘いタレのすき焼きに藤間は目を丸くして、子供の頃こういうものを食べたことがないと言った。聞いてみれば鰻や焼き鳥と言った日本の伝統的な甘いタレを使った料理を禁じられたと言う。

「どんな物を召し上がったんです?」と母親が聞くと、野菜を薄味に煮たもの、魚料理、肉料理などの味つけは主に塩。あとは玄米と具沢山の味噌汁ですとの答えに、いつの間にか帰ってきた父親が

「それは味気ないなあ」と言いながらビールを飲んでいた。

「うわ〜 びっくりした!お父さん、いつの間に!」母親が素っ頓狂な声をあげた。

「なんだ!人を筍みたいに!俺は父親の、一家の主人としての威厳を持って生きているんだぞ。その威厳を失ったことは一度もない!」

「はいはいそうですか。お父さんが威厳を持っているとかどうでもいいですけど、食べて食べて、藤間さん」

「どうでもいいだと?」

藤間は大笑いをした。

建が仕事から帰って来て、久しぶりに食卓に加わった。母親がさえ箸で藤間の器に肉をたっぷり入れると、藤間は泣き出した。そして泣きながら食べた。それを見て、チイばあちゃんが泣いた。チイばあちゃんは台所に行って、甘味噌の焼きおにぎりを5つ作って帰り際に藤間に渡した。

「ありがとう。本当にありがとう、友利さん。突然押しかけて来たのにこんなに親切にしていただいて。私、今日ここに来て決心がついた事があるの」

「どんなことに?」

「縁談よ」

「縁談があるんだ」

「私より3つ年上の、普通のご家庭の息子さん。何だかゴツい人でね。父は私を厄介払いしたくて適当なのを見つけて来たのよ」

「まさか。お父さんが娘の結婚に適当なのって」

「父はそういう人なの。私が綺麗だった頃は、〇〇会社の息子がお前と同い年だとか、〜〜会社の社長の孫はお前より5つ年上でなかなか利発な坊ちゃんだぞとか、そんな話ばかりだったのよ。

ごく普通の家庭の息子さんの話なんて鼻も引っ掛けなかったのよ。この縁談、断ろうと思ってたけど結婚してもいいかなって友利家の人たちを見てたら、家族のために料理を作るのも素敵だなって思えたのよ」

そう言って藤間は晴れやかな顔で帰って行った。

藤間は1ヶ月後に結婚式を挙げた。

招かれて行った式場は、小さな会場だった。小さいけれど、気品があり歴史を感じさせる重みがある。式場に集まっていたのは多分6〜70人くらいではなかろうか。だが、その8割が花嫁の関係者。でも、藤間の友人は庭子1人だった。後の2割は新郎の親類や友人で、こちらには明るいムードが漂い会場を盛り上げようと頑張る強者もいて、藤間さんの旦那さんになる人はいい人かもしれないと庭子は思った。

この結婚式の最中藤間の父親はニコリともせず、娘に目をやることもないままだった。娘は父親のコレクションではなく愛人でもない。美しくなければ愛さないという父親が世の中にいるとは、庭子は信じられない思いでいっぱいだった。藤間の父親と庭子の目が合ったが、父親は冷たくそっぽを向いた。

庭子は藤間から新居へ招待された。手土産にシャンゼリーゼはないと思ったので、風月堂で和菓子を買った。

藤間は長崎と苗字が変わった。長崎鶴子。藤間鶴子というと、こう言ったら何だけど色気がありすぎる女性の印象がある。長崎鶴子になって良かったと思う。

新居は郊外の一軒家。建売の住宅で可愛らしいデザインだ。

「ここはね、かずくんと二人で買ったのよ」

「家族の援助なしに?」

「かずくんの家は普通のサラリーマンで、両親の老後のこともあるので、お金を出させるわけにはいかないの。それでね、役に立った物があったのよ。それは私が子供の頃から父が買い与えてくれた貴金属。惜しくもないからみんな売っちゃって、かなりの額になったのよ。そしてこれから先は二人で頑張ろうって約束したの。

熊のような旦那がニコニコしながらコーヒーを運んで来た。

「この人が入れたコーヒーは最高に美味しいのよ」

小さなキッチンに置かれた小降りの食器棚、二人掛けのテーブル、窓にはレースのカーテンと白いカーネーションが無造作に入れられた青い花瓶が置かれ、何だか雑誌の中のモデルハウスのように可愛らしい。

「藤間さん・・・じゃあなくって、長崎さん、幸せそうだね」

「うん。幸せよ。

私ね、あの宗教やめたのよ。信者は全国で5千人いるかいないかの小さな団体さんだけどね。

やめたいと言うことを伝えるのに勇気がいったわ。でもある日思い切って幹部の人に伝えてみたの。そうしたら、毎週日曜日の御音を聴く会の日に、八割音主様がこう言ったの。


「藤間さんは御音を聴かれて、この教会を去ります。

皆様もいつか御音を聴き、幸せの場所へと向かいましょう。

この教会はそのためにあるのですよ。

全ての人が自らの御音に導かれて、幸せへと向かい、いつかこの教会に残る人が一人もいなくなる日が訪れることを

願っているのです」


「へええ・・・それで藤間・・長崎さんは御音を聴いたの?」

「ふふふ、そうね。私ずっと御音は天から聴こえてくるものと思っていて、天から聴こえる音はどんな音なのかと耳を澄ませてたわ。でも何にも聴こえてこない。音主さまは心の中に響いてきますと言う。でも響いてこない。だけどこの間友利さんのお宅にお邪魔したでしょう?そこで私思ったのよ。こんなに温かい家族がいるんだなって。そうし

たら私、無茶苦茶嬉しくなっちゃって、ああ、私結婚しよう。家族を作ろうって思ったのよ。これが私の一番欲しかったものだって思った瞬間、これが私の御音だとわかったの。御音は天からの声ではなく、私の声だった。でも、とっても大切な声よ」

御音についてはまだよく分からな所もあるが、藤間に良いことが起きたことは確かだ。そしてその良いことは、父親から与えられたものではなく、藤間自身で掴んだものなのだから。


八尾不在のままさらに一ヶ月が経とうとしていた。八尾がこれほど長く庭子の前から姿を消したことはなかった。たった1度、7日学校を休んだことがあったがそれ以外はほとんど毎日顔を合わせて来たのだ。あの小学校入学の日以来ずっと。心なしか庭子の俯く姿勢が深くなったように思える。


「おい!元気だったか? 金落ちいてたか?」

「はあっ?」(八尾くんだ!)

「あれっ? 金拾いたくて地面見つめて歩いてんじゃあねえの?」

「ふん!何とでも言えば?」

いつもの八尾だ。とても最愛の人を亡くしたばかりの人には見えない。

でも、それが八尾だとも思う。昔からそうだったではないか。辛い目に遭っても、冗談を言っていつも明るかった。

庭子は子供の頃の八尾に起きたことを思った。

八尾の母親は八尾が小学校3年の時に亡くなった。八尾は1週間学校を休んだ。

泉先生も同情して、クラスのみんなに八尾君が学校に来てもそっとしておいてあげてくださいねと言った。

でも登校して来た八尾の顔は明るくて、冗談好きないつもの八尾だったのでクラスのみんなも安心して、八尾のお母さんが亡くなったことを考えなくなった。

でも庭子は八尾が帰り支度をする頃になると、ぼんやり窓の外を見ていることに気付いていた。

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