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輝き町友愛銀座商店街  作者: 二糸生 昌子(にしお しょうこ)
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輝き町友愛銀座商店街

庭子の家はこの商店街の終わりまで行き、左へ曲がった角で駅から7分かかる。営業時間が終わった午後10時、殆どの店のシャッターが下りている。だがつっぱり弁当押し出しはまだ開いている。この店は午前1時までの営業だ。店を開けるのが午前6時。テンガロンハットは働き者だ。店の中をチラリと見ると20代と見受けられる女子がテンガロンハットと戯れている。テンガロンハットは幸せそうだなと庭子は思った。

この街で1軒切りのケーキ屋の灯りが見えた。そう言えばホテルでは藤間さんの勢いに押されて、食べたケーキはたった4個だった。4個と言っても、普通サイズの半分ほどの可愛いケーキだ。とても満足に食べたという気にはなれない。

「仕方がない。シャンゼリーゼのケーキでも買って帰るか」

このケーキ屋は売れ残ったケーキが酔っ払ったお父さんたちのお土産として生かされることを当て込んでるに違いないのだ。酔っ払っているか、何かの事情で心に痛手を受け、自暴自棄になっているかでなければ、ここのケーキを買おうとは思わなはずだ。

以前父親が、買って帰ったシャンゼリーゼのケーキを、夜中に居間で食べていたことがあったが、起きてきた子供たちはシャンゼリーゼのケーキだと分かると、速やかに布団に戻って行った。

「これで、パリで修行したのか?」

「親父さんがですよ」

「なんだ。父親の方か」

その店というのが、半畳ほどの小さなショーウインドーが通りに向かっているだけの、昔のたばこ屋のような店構えで、店主はそのショーケースの向こう側から接客する。

ケーキの種類は、ショートケーキ、モンブラン、ロールケーキ 黄色いパイナップルがのってるチーズケーキ、シュークリーム,シャンゼリーゼなのになぜかニューヨーク風チーズケーキ。何がニューヨーク風なのかは謎である。そして、チョコレートの部分がモッチモッチのチョコレートケーキ。あとは日替わりで何か。

ここのケーキが不味いというのは街中の人が知っているにも関わらずこの店が潰れないのが不思議なところだが、なぜかふと食べたくなるのがシャンゼリーゼのケーキなのだ。甘みの足りないパッサパサのケーキなのにだ。庭子は今夜がその時だった。

庭子はシャンゼリーゼに駆け込むと、ショートケーキ、シュークリームとモンブラン、珍しくあったサバランを買った。店主は熊の親子が描かれたハガキを7枚も入れてくれた。もちろんシャンゼリーゼのロゴ入りだ。庭子はどうすんのこれ?と思いながら帰った。

お茶を入れていると、風呂から上がってきた父親が一つくれと言った。

「いいけど。どれにする?」

「わあっ! どれにしよう。お父さん 迷っちゃう〜」

(アホくさ)

庭子はショートケーキを父親の皿にのせた。

「あれ?どうしてわかっちゃったの?:

「いつもそれしか食べなでしょ」

「そうだったかな?」そして

「ここのケーキは絶対に食い過ぎる心配はないな」と、しみじみと言った。


庭子は八百屋の前を通るたびに八尾のことが気になってちらりと見るのだが、この間の同級会以来全く姿を見ていない。もう二ヶ月八尾から飛び出す悪口を聞いていない。こんなことは今までになかったことだと考えながら、ふと妄想が浮かぶ。また自然農法の家に研修か何かに行って、そこの娘さんとの縁談でも決まったとか・・・

「よっ 友利」

声を掛けてきたのは別府酒店の息子の別府君だった。

別府君の店は八百屋おやおやの斜め向かいにあった。

別府君は小学校2年の時、学校に日本酒を持って来て休み時間に飲み、授業中に吐いてひっくり返った。保健室に担ぎ込まれ1日中眠って放課後、迎えに来た父親におぶわれて帰ったやつだ。翌日同級生たちがお酒はどんな味がしたかを聞きに、別府君の周りに集まった。別府君は「すっげえ不味かった」と言った。思い出すだけでゲロを吐きそうだと。それがトラウマになったのか、別府君は1滴もお酒が飲めないのだそうだ。それでいて酒屋を継ぐというのだから、大丈夫なのかと庭子は思う。

「友利は、酒は飲まなの?」

「あまり飲まないかな」

「たまには飲んでよ。ビール買ってかない?」

「買ってかない」

「お父さんに買って行けば?」

「お父さんもあまり飲まないんだな。甘党だから」

母親が酒豪だということは黙っていた。

「そうかあ・・」

「そうだ・・・別府君、八尾君てこの頃どこかに行ってるの?」

「ああ・・・八尾かあ・・・あいつな病院に通ってたんだぜ」

「えええ〜っ  八尾君が? どこが悪いの?」

「あいつじゃあないんだ。 この話黙っとけよ。八尾には絶に聞くなよ。

あいつに黙っててほしいと頼まれた話なんだから。俺が話したことがバレたら、あいつにぶっ殺されるからな」

「わかった。言わない。約束する」

「あいつの彼女が病気で入院してたんだ」

(や・・・八尾君の彼女!!)

「あいつ、彼女に付きっきりで看病してたんだぜ。あいつの親父さんが二人の結婚に反対しててさあ、二人は手に手を取って駆け落ちするつもりでいたんだ。その矢先に彼女が病気になってさあ・・・この間亡くなったんだ」

あまりの驚きで庭子はぶっ倒れそうだった。

あいつに彼女がいたなんて。結婚をするつもりで、反対にあったら駆け落ちまで考えて、最後まで寄り添った二人。これはどう考えたらいいのか・・・

「友利、大丈夫か?」

「はははは、別府君大丈夫に決まってるじゃない。ははははは」

「じゃあ、口止めたのんだよ」

「わあったって。はははは」

・・・・・・・・・・・・・・恋人・・・八尾君に・・・・

別にいたって私には関係ないし・・・・八尾君が二人で駆け落ちまでして暮らしたいと思った人・・・・がいたって私とは関係ないし・・・八尾君は彼女がこの世を去るまでの最後の時間を分かち合った・・・・・

八尾君は何も話してくれなかった。自分の全く知らないドラマを八尾君は生きていたのだ。それは当たり前のことではあるのだが、八尾君の人生を庭子が知っていなければならないことなど何もないのだが、庭子の中に起きた衝撃はいつまでも庭子から去って行かない。こういう時人はどうするのだろう?

友達に話を聞いてもらうのだろうか?友達がいない私はどうしたらいいのだろう?

庭子は重い気持ちを引きずって家へと向かった。

庭子は自分の部屋に行くと、押し入れの中から段ボールの箱を引っ張り出した。その中の茶色の封筒に中学時代に描いた漫画のノートが入っている。

タイトルは「あられ 塩豆 鹿せんべい」で、その時の気分次第行き当たりばったりで描いたものだ。

「あられは煎餅として認知されてなのではないかと恐れている。誰もあられのことを煎餅とは呼ばず、常にあられと呼ぶ。塩豆は、お父さんのビールのつまみになるのが関の山で、すっかり子供人気が衰えたと嘆く。鹿せんべいは、食べてくれるのは鹿ばかり、しかもその鹿はストーカー。どこに行っても、木の陰、家の裏側、石垣の横っちょから物欲しげに自分を見つめ、後をつけてくるのだと」

(アホくさ)

庭子は再びノートを封筒に突っ込んだ。


「友利、ノートに何描いているんだよ」

「何でもいいじゃない」

「見せろよ」

「嫌だ!あっ!」

「何だこれ?」

「返して」

「はははは面白いな、この鹿」

「お・・・面白い?」

「このストーカーの鹿。友利は絵が上手いんだな。漫画家になれよ」

「なれないよ」

「なれるさ」

「なれるかな?・・・・だったら・・・漫画家になる!私本当は漫画家になりたいんだ」

「うん!なれよ!」

中学2年の記憶が蘇る。

庭子はそっと、その記憶を追いやった。


その翌日、輝き町友愛銀座商店街は、密かに大騒ぎになっていた。

なんと、布団屋の座布団ババアが駆け落ちしたのだと言うのだ。






















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