輝き町友愛銀座商店街
大人しくて、男子に話しかけられると恥ずかしそうにちょっと俯いて微笑む。これが可愛いと熱を上げている男子が結構いた。だが、相手が藤間さんの気に入らない女子だと、吊り上がった様な目で睨みつけるのだ。庭子はその怒りの目を何度も向けられた。そんなことを知らない男子が一度「藤間さんて、可愛いよな、友利と違ってさ」と言って来たので、「藤間さんて、性格悪いのに?」と言ってやった。すると、「性格? 別に良くなくってもいいさ」と言う。
「なんで?もし付き合ったら、優しい子の方がいいじゃない?」するとその男子は
「性格悪いくらいの方が俺は面白いけどね」
「そう言う男子がたくさんいると、助かる女子は多いだろうな。特に友利なんかはさあ」
八尾が横入りで言いながら、大笑いをした。
「で、藤間ちゃんは来てないのかな?俺は3人の子持ちだけど、今夜どう?って誘うつもり」
「来てるよ」中山君が言った。
「どこどこ?」
思わず庭子も中山君が指した方向を見た。
「え・・?え?」
庭子は驚愕した。藤間さんはかなり太って、体型にも顔にも全く似合わないピンクの上着を着て、茶色のスカートを履いていた。もうとんでもなくおばさんになって、下手をすると40代半ばにも見えなくもない。服全体がどこかくたびれていて、20代の輝きというものが全く感じられなかった。彼女は武田君たちに気づくと、席を立って武田君たちのテーブルを目指してやってくる。
「お久しぶり。武田君、加藤君、中山君、友利さん」
並びのテーブルにいた庭子にも声をかけた。
私に挨拶を?自分の名前が呼ばれたので、庭子は驚いた。
「藤間ちゃ〜〜ん、どうしたんだよ〜。すっかりおばちゃんじゃん」
ゲッ それを言っちゃう?加藤君!昔からデリカシーのかけらもない男だったけど。
「そうなの。太っちゃって昔の美女が台無しよ」
「安心しろ、藤間ちゃん。まだ全滅じゃないからさ」
フォローも下手くそだ。
「そう?ありがとう加藤君。まあ、ビール飲みなさいよ。武田君、ほらグラス空けて。中山君、相変わらずかっこいいわね。友利さんもグラス出して」
この愛想の良さは何なんだ。この辺からもうおばさん臭が漂う。
2〜3人の男子が藤間さんたちのテーブルに来て、ビールをグラスに注ぎながら冗談を言っていた。が、間もなく藤間さんは友利さん、あっちのソファーに座らない?と庭子を誘った。
私とですか?藤間さんは友利の腕を引っ張るとソファーで待っててと言う。
「スィーツを持ってくるから。それとコーヒーね」
「あ、ありがとう。藤間さん」
藤間さんはホテルの大きなお盆の上に、20個ほどのケーキを乗せて戻ってきた。
いくらサイズの小さなケーキと言え、20個は多すぎるだろう。それからコーヒーをとりに行って、深々とソファーに腰を下ろした。
「さあ、食べましょう! これが食べ納めという気合いでいただきましょう」
藤間さんは大きな口でケーキを3口くらいで飲み込んで行く。
「会費を1万円払っているのだから、元を取らなくちゃね」
確か藤間さんのお父様は会社役員で、乗っている車もその辺の乗用車ではない。深い紺色の美し車だった。センチュリーと言ったかな?クラウンだったかな?
そんな車から降りて来る藤間さんと大きく違う藤間さんが、目の前でケーキを飲み込んでいるのだ。藤間さんに何があったのだろう?庭子は間もなく16個目を食べ終える藤間さんを見つめた。
「友利さんは今何をしていらっしゃるの?」
「特にこれということはしていないです。一応働いてはいますけど」
「あなたの弟さん、かっこいいわね」
「ええっ、知っているんですか?」
「知っているわよぅ。私建君のファンよ」
「ほえー」
「ああ、何だか友利さんの側にいると落ち着くわぁ」
「はあ・・・」上げるところだった
「さあ食べたっと! じゃあ私帰るわね。あ、そうだ、友利さんこのパンフレット読んで。また折を見て連絡するね。じゃあね」
藤間さんがエレベーターの方向に去って行ったので、パンフレットに目を落とした庭子は、怒りのあまり危うく持っていたコーヒーをぶん投げるところだった。
そのパンフレットにはこう書いてあった。
「なぜあなたには
幸せが訪れないのか?
それは天が奏でる音に
耳を傾けないから
耳を澄ますことができれば
あなたはいついかなる時も
導かれていることを知り
多くの幸せを
手にすることができるのです」
八割御音教会
八割 照尚
何ですかあああっこれはあ!
私に幸せは訪れないだとお!!
失礼もいいところだ。完全にやられた!
私なんかに近づいて来るからおかしいと思ったんだ。
これが目的だったのね!
この同級生たちの中で、私が幸せに見放されていると藤間さんは見たんだ。
来なけりゃよかった。もう帰ろう!!
庭子はバッグを掴むと会場となっている部屋を出た。
ホテルのエレベーターを待っていると、
「友利 帰るのか?」と後ろから声をかけられ、振り向くと八尾がいた。
(帰ります!もうこんな所には居たくないわ!)
「どこかで飲み直す?」
「え?・・・ううん、そんな気分じゃない」八尾の誘いは断ったが、ちょっとだけ気持ちが落ち着くのを庭子は感じた。
「そうか。じゃあまた今度な」
八尾君とまた今度があるんだろうかと思いながら庭子は「うん」と答えた。
二人は揃って駅に向かい、電車に乗った。
庭子は隣に立つ八尾を見上げた。
「なに?」
「背が高いなと思って」
「お前が小さいんだろう?」
小学生の頃は前の方にばかり並んでいた八尾だったのに。中学で庭子の背丈を抜いて行った。
「八尾君はどうして帰ること下の?」
「友利が帰るから」
「え?」なんて言ったの?声が小さよ。
「みんなと会ってどうだった?」今度は少し大きな声で八尾が庭子に聞いた。
「特にどうということも。会わなくてもよかったなという人もいたけど。でも、みんなすごく変わったなあって思ったわ。私だけが特にやりたいこともなくって、昔と少しも変わってないんだなあと思ったら、ちょっとね」
「友利は漫画家になるんじゃなかったの?」
「ええええっ! よ、よく覚えていたわね」
「昔よくノートに書いたやつを見せてくれたじゃないか」
「八尾君が勝手に見てたのよ!」
「友利の漫画、面白かったから、すっげえ上手いじゃんと言ったら、私は漫画家になるんだと言ったんだぜ」
「うん・・あの当時はそんなこと考えてたけど、冷静に見ればとてもプロになれるレベルじゃないし、それにもう27歳よ。プロになるには遅すぎよ」
「プロになれるかどうかなんて、自分で決めることじゃないだろ?それに俺、遅すぎるとか早すぎるとか言う判断も何なのかわからなよ。そんなことはどうだっていい。ただやればいんじゃないの?」
「え〜〜っ・・・・八尾君・・・どうしちゃったの?」
「は?」
八尾君がこんなことを言うなんて。だいたい昔からろくなことを言わないのが八尾君だったのに。
「どうしちゃったのって、何だよ」
「急に変なことを言うから」
「俺変なこと言った?」
「ううん。変なことを言わないから、何だか変だなって」
電車が最寄駅に着いた。電車が大きく揺れて八尾が庭子を支えた。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「友利」
「ん?」
「もしさあ・・」
電車のドアが開いた。
ドアが開くまでの間、庭子を支えていた腕を八尾は離した。
「もし、何?」
ホームに降りると後ろで電車のドアが閉まる音がした。
「いいや・・大したことじゃないから」
「言いかけたことは言って。気になるじゃない」
「本当、つまらないことだよ。送って行くよ」
「あ、大丈夫。通るのは商店街だし、慣れてるから、もうここで」
「そうか。気をつけて帰れよ」
八尾は自宅に続く道へと、左に折れて行ってしまった。
八尾がいなくなった今になって、庭子は今夜2度も八尾を手放してしまったことを後悔した。