輝き町友愛銀座商店街
輝き町友愛銀座商店街という御大層な名前とは裏腹に、疲れ切った商店街を友利 庭子は肩を落としながら歩いていた。特に何があったという訳ではない。
肩を落とした猫背でとぼとぼ歩くのは小学生から変わらない庭子の歩き方だ。
その歩き方のまま庭子は26歳になった。20代の真ん中を超えてしまったのだ。
歩き方だけではない。庭子は何もかもが小学校に上がった頃のままだと言えよう。
その頃から変わったと思われるところを強いて上げるなら、その頃よりは出来ることが多くなったというところか?
働いてお金を稼ぐことが出来るし、そのお金を好きなように使うことも出来る。洋服を自分で選び、電車に乗ってどこまでも行ける。ご飯も作れるのだ。要するに昔の自分と比べて変わったところというのは、一人で生活ができるというところだ。と言いたいが本当のところはというと、庭子はいまだにバイト暮らしで、お金を使わずに何年も同じ服を着ていて、できるだけ電車に乗らず、ご飯も作らず、親の家で暮らしている。
であるからして、やっぱり庭子は26歳になってもランドセルを背負い、俯いて歩いていた頃の小さな庭子と何一つ違っていないということだ。それは庭子もわかっていた。
商店街を歩きながら庭子は、このショボイ商店街のように自分も何一つ変わらないままあちこちが傷み、色褪せて行く人生を送るのだなと考えていた。
「あらあら、庭っ子ちゃん。なんでこんな時間に歩いてんの?」
「ゲッ 座布団ババアだ!」
「なんだって?」と言いながら座布団ババアは笑顔を向けた。
座布団ババアとは、この商店街の森田布団店のおかみさんだ。このおばさんはなぜか昔から庭子を庭っ子ちゃんと呼ぶ。そして「庭っ子ちゃん、おっかちゃんのお手伝いしてっか?してねえだろ?だめだよしなきゃ」と続ける。
初めから庭子は手伝いをしないと決めてかかっている。それがその通りでも決めてかかられると腹が立つ。
庭子は子供の頃、この森田布団店のおばさんが好きではなかった。
「おばさん、私は庭子。庭っ子じゃないよーだ!」
「んま〜 可愛くなねえこの子は」
だが近頃の庭子は座布団ババアへの想いに変化が生まれていた。
座布団ババアは人は変われるものだということを、身をもって証明してくれたのだ。
以前店先に立つ座布団ババアはどうみても50代にしか見えなかった。
しかも庭子が小学生だった頃からずっと変わりなく50代を貫いているのだ。
かれこれ18年、このおばさんは50代で生きている。若い頃から白髪混じりの硬い髪にかけたパーマがいつもだらしなく伸びていて、肩のあたりまでの長さでぐるぐるしている上に着ているものと来たら、幼稚園児の椅子に置くような熊だかコアラだかが散らばっている市松模様のちゃんちゃんこか、ピンク地に白い雲、間抜けな椰子の木のプリントにハワイだのワイキキだのという文字が飛び交うキルトの綿入ちゃんちゃんこを取っ替え引っ替え着回している。
なんでハワイなのよ!冬の綿入が。庭子は座布団ババアを見るたびに、密かに憤慨していた。
暑くなる6月から9月まではこれが似たようなプリント地の割烹着に代わる。
座布団ババアが座布団ババアと呼ばれる由来は、商店街のお祭りバーゲンで森田布団店が値引きをするのは決まって座布団だかららしいという噂があるが、庭子はこのちゃんちゃんこにあると睨んでいた。
そんな座布団ババアがある日大変身を遂げた。
去年の秋に輝き町友愛銀座商店街のお祭りが、二日に渡って開催された日のことだ。
いつもは貧乏くさい風船釣りとか、綿あめ、焼き鳥、たこ焼きなどの屋台と、幾らかの商品を用意して子供のための射的と輪投げ。大人のためのくじ引きなどで誤魔化しているやる気のないお祭りだったが、今年は地元の高校生たちが商店街興しに乗り出し、「立ち上がれ我が町!輝き町友愛銀座商店街!!」と歌ったポスターを作って各駅や町に張り出し、当日は高校のブラスバンドの演奏、高校生ミュージシャンが歌い、ダンス部がキレッキレのダンスを披露。日舞同好会はなんと、神楽を舞い箏曲部は琴でジャズとハワイアンを演奏した。茶室も設けられ、俳句大会が催された。
日頃お祭りなどに興味がない庭子も、ふらりと足を運んだ。そこで座布団ババアの変身を目撃したのだ。
まず驚かされたのが女子高生たちによるメイクアッポ研究会のメイクアップ術だった。彼女たちは将来、メイクアップアーティストとして映画やモデル業界で活躍する夢があるのだという。
「あなたも変身。あなたの本当の美しさはどこに?」と言うポップな手書きのプレートの横に、3畳ほどのスペースが用意され、鏡がのったテーブルと椅子が置かれている。横手には着替えようにカーテンで仕切られたスペースも用意されていた。
「どなたかモデルになっていただけませんか?」と呼びかけるも、私らおばあちゃんじゃあねえと誰も出て行かない。すると、一人の女子高生が「引っ込み思案は人生の敵! チャンスはドンそん掴みましょう! 人の目なんか気にしなければ、ないのと同じ!」と言いながら座布団ババアの手を引っ張ったのだ。
いや、私なんか、皆さんの方が、変身なんて私には・・・とごちゃごちゃ言いながら腰が引けていたが、
「森田布団店 頑張れ!」の声で舞台に上がった。
「では、始めます」まず化粧をクレンジングオイルで拭き取ります。それからクリームでマッサージ。筋肉の流れに沿ってゆっくり、優しく行います。
「では、メイクに移ります。今回のメイクアップは、出来上がった状態を皆さんにお見せして、その差に驚いていただきたいと思いますので、森田さんのメイクアップの10分の時間を休憩にいたします。どうぞ皆様、期待してお待ちください」
舞台のカーテンが引かれた。
一体森田さんはどうなるのか。誰も席をたたずに待っている。
座布団ババアがどう変身しようがどうでもいいと言えばいいのだが、女子高生の自信のある言い方に興味が引かれた。この人は美しくなるという確信を持っているみたいだ。座布団ババアのどこが・・・
10分経った。
「お待たせいたしました。森田夏枝さんの場合、黄色みの強いファンデーションを塗り、アイラインをはっきり入れて目を強調。シャドウはブラウン。頬紅とリップはオレンジ系でまとめてみました。眉の形は美しいので、そのままいじることはしませんでした。では、どう変身されたかご覧に入れましょう!」
カーテンが開けられると、そこに立っていたのは若々しい美人だった。
思わず会場から「嘘だ〜」と言う声が上がって、観客の間に笑いが起きた。
座布団ババアはあのグワングワンの髪をアップにしてまとめ、大きめのイヤリングが耳元で揺れて、なんと座布団ババアの華奢な首筋を引き立てていた。そして、黄緑と茶と淡い黄色の大きめの柄の布をただドレス風に巻きつけただけなのに、明るく品の良い女性に仕上がっていて座布団ババアが浮かべる笑顔がこの上なく幸せそうで、本当に全くの別人になってしまった。また誰かが「女は怖いな〜」と叫んで会場は笑いに包まれた。