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誰が為にケモノ泣く。【Re:v】  作者: 冷凍しらす
Episode01『ある少年の告白』
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5,その先に見えるもの

 翌日の緋武呂高校二年C組教室。

 空腹が思考を鈍らせる四時間目。生徒たちはまだかまだかと昼休みを待ち望みながらやる気のない授業を受けている。教室には一弥の姿もあった。昨夜の疲れが多少残っているが、学校生活には支障がないため登校していた。

 一弥は他のクラスメイトとは異なる理由で、昼休みが早く来るのを待っていた。

 授業内容を書き取る手を止めたまま、右斜め前の席を見つめる。その席の主、梶眞綾は朝のホームルームで顔を見せたきり、今日は一度も授業に出ていなかった。だが、机の脇には鞄がかかっているので、まだ学校にはいるはずだ。

 昨夜、梶は一弥に何も言わずにその場を立ち去った。一弥自身も梶にかける言葉を見つけられなくて、その後ろ姿をただただ見続けることしかできなかった。一弥のケモノが現れたことで話は中断されてしまったが、梶にはまだすべてを伝えきれてはいない。

 長く思えた四時間目の授業が終わると、一弥は自分の鞄から昼飯の入ったビニール袋を取り出して、教室を出た。人目を気にしつつ教室棟から、実習棟へ。向かう場所は決まっている。三度目の屋上への侵入に、もはや躊躇いはない。

 屋上に出ると、やはり梶の姿があった。一弥は思い切って声をかけた。

「よう、サボリ魔」

「おや、八クン。キミもサボリかね?」

 イタズラっぽく笑い返す梶に、一弥は内心ホッとした。拒絶反応を覚悟した一弥だったが、梶は予想に反して実に梶らしい人を食ったような返事をした。

「今は昼休みだっての。それより、昼飯もう食べたのか?その……、もしよかったらこれ、食べてくれ。色々迷惑かけたからさ」

 一弥は、照れくさそうにビニール袋を前に突き出した。

「いいの?ありがと」

 梶は遠慮がちに袋を受け取った。中には、カレーパンが入っていた。袋を開けた途端、スパイシーな香りが鼻腔を刺激する。油で揚げた衣はサクサクしていて、手で触ると音がした。形も大きい。食べ応えがありそうだった。

「うわぁ、これはおいしそう」

 梶は嬉しそうに目を輝かせた。喜んでもらえたようで、とりあえず一弥は肩の力を抜くことができた。

「遠慮なく食べてくれ。美味しいのは保証する」

「では。さっそく、いただきまーす」

 パクリ。梶はカレーパンに囓りついた。一口、二口、噛むたびにサクッ、サクッと弾けるような音がする。

「ん!このお肉、すっごい柔らかい!舌の上でとろける」

「うまいだろ」

 幸せそうな顔を見ていると、一弥もつい嬉しくなって感想を聴いてみた。

「うん、マジうま。今まで食べたカレーパンの印象を覆すね、これは」

 衣からはみ出てきたカレーを落ちる寸前で口に入れる姿はミステリアスな印象からはまったく想像がつかないキュートさがある。口の周りに衣のカスがつこうが構わず、おいしそうにカレーパンを食していくその姿は大胆さもまた兼ね備えていた。色々な意味で梶のイメージが塗り変わっていく。距離感が近づいて、遠のいて、また近づいた気がして――。

「ごちそうさまでした」

 あっという間にカレーパンを平らげた梶は、口についた衣のカスを指で拭うと舌でペロリと舐め取った。

「おいしかったぁ。これ、どこのカレーパン?」

 その見事な食べっぷりに見とれていた一弥は、「え……、あぁ」と慌てて梶から視線を反らし、質問に答えた。

「緋武呂駅の近くに葛ノ葉(くずのは)ベーカリーっていう小さいパン屋があるんだ。そのカレーパンは不動の売り上げナンバーワンで、俺もすごく好きなんだ。他にも沢山種類があってどれも人気でさ、地元では有名な店なんだ。ちなみに学生だと割引になるサービスがあるんだよ。平日限定で、制服着てるのが条件になるけど」

「へぇ、今度行ってみようかな」

 梶は興味深そうに頷いた。スマホを取り出し、”葛ノ葉ベーカリー”とメモする。

 その後、二人の間でしばしの無言の時が流れた。

 けれど、その時間はけっして隔たりを感じるような空白ではなかった。

「あのさ、梶」

 一弥は、意を決して口を開いた。ここに来た理由は、雑談をするためではない。梶の想いを聞いておきたかったからだ。

「ん?」

 梶の一弥に対する態度に昨日と今日で一見、大きな変化は見られない。だが、昨夜の一件で確実に、梶の中で一弥に対する評価は変わったはずだった。

 変わらないはずはない。

 だからこそ聞くには勇気と、梶の返答を素直に受け止める覚悟が必要だった。

「……梶は、俺を許せるか?」

 ストレート過ぎるとは思ったが、他にどう言ったらいいのか分からず、玉砕覚悟で挑んでみた。

「んー」

 梶は視線を落として、しばし考え込み、

「どっちかというと、許せない」

 玉砕。

 だが、梶は「けど……」と続けて、

「ボクは、真実が知りたかっただけだから。キミを警察に突きだそうとか、復讐しようとかそういうことは考えてないよ。それに、なんだか謎も多いしね。この件は、桐生が死んだってだけでは片付けられないような気がしてるんだ。八クンもそう思わない?」

 急に同意を求められても、一弥はすぐに返事ができなかった。梶は端から返答など期待していなかったのか勝手に話を進める。

「そうだなぁ。ボクの当初の目的はとりあえずクリアできたわけだから、次は桐生が失踪していた件について調べてみようかな。そのことは八クンも全然分からないんでしょう。

 きっとパズルはまだ一部分のピースが組み合っただけなんだよ。ボクは、すべてのピースがはまった完成形を見てようやく桐生の死を受け入れられる。ボクって、根はしつこいからさ」

 梶はあっさりと一弥を許すと、ニヤリと笑った。

 梶の言っていることはあくまで冷静だった。確かに今回の件は完全に解決したわけではない。桐生の死という点において一区切りついたという結果であって、不審な点はまだいくつも残っていた。

 桐生を追っていた謎の二人組。そして桐生の行動の理由。そこに、本当に明らかにしなければならない真実があるように一弥も感じ始めていた。

「俺は、自分のケモノを飼いながら、【疵】と向き合っていくって決めた。それは、言い換えれば桐生と生きるってことでもあると思う」

 梶と一弥、ともに手段は違えど行き着く先はきっと同じだった。

 ならば――

 一弥はあのあと一晩かけて考えたことを、思い切って口に出してみた。

「梶。もし良ければ、真相探しに俺も付き合わせてくれないか?お互い、自分の知らない桐生の一面を知っている。補完し合うことで見えてくるものもきっと、あるはずだ。あいつと分かり合えた俺たちなら――きっと、見つけられると思うんだ」

 梶はしばらく驚いた目で一弥を見つめていたが、やがてふっと頬を緩めた。

「フフ……八クンって直球だね。桐生は、キミのそういうところが気に入っていたのかもね」

 一弥にかつての桐生の面影を感じた梶は、心の中で納得する。

 桐生がなぜ、一弥に心を許したのかを。二人はすごく似た者同士だ。

 これも“縁”だと考えると、人との出会いというのは不思議なものだ。

 緊張気味に返事を待つ一弥に、梶は右手をすっと差し出した。それが彼女の答えだ。

「改めて、これから宜しく。八クン」

「俺の方こそ、よろしく。梶」

 一弥がその手を握り返すと、二人の顔に自然な笑みが浮かんだ。

 春風が二人の間を吹き抜ける。夏を予感させる暖かい空気がその一瞬、とても心地よく肌を撫でた。



【Episode01 end.】

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