2.流行り病
「仏陀様。この山を越えた国に、流行病が起こったと聞きます。そこでは、毎日何百人という人が死んでいくそうです。仏陀様のお力で、何とか収まらないものでしょうか」
ある山の麓の小さな村で阿修羅達はそんな話を耳にした。
「そうですか。何ができるかわかりませんが。とにかく行ってみましょう」
「何だって!」
ずっと黙っていた阿修羅が突然声を上げた。
「本気か? あの山を越えるだと? 私なら一日も掛からぬ山でも、おまえの足ではひと月はかかる。いや、かかってもいけないかもしれない、険しい山だぞ。冗談じゃない!」
「貴方がついていれば平気ですよ」
「な……」
仏陀は平然として答えた。
「お供、お願いします」
――――見掛けに寄らず、言い出したら絶対引かない……。まあいい、どのみち途中で音を上げる。
阿修羅は諦めたように頷いた。
ところが、仏陀は音を上げなかった。山は険しく、雪が舞い、高度の高い所では吹雪に見舞われ息をするのも辛かった。
だが、途中立ち寄った民家で流行病の悲惨さを聞いた彼は、悪条件のなかを徹夜で歩き通し、なんと五日の行程で目指す国へと着いてしまった。
阿修羅も彼の執念に根負けし、険しい崖では手を貸し、吹雪においては仏陀の前を雪よけ代わりに歩いた。
「だから言っただろう。人間の足では無理だと」
切り立った崖で手を差し伸べながら阿修羅が言う。
「大丈夫ですよ。私には貴方がついていると言ったじゃないですか」
苦しそうに息を吐きながらその手を掴み、仏陀は微笑む。
確かに阿修羅がいなかったら、これほどの速さで目的地へ達することはできなかっただろう。だがそうは言っても、仏陀はほとんどの工程を自力で歩き通した。他のために尽力を惜しまない、仏陀の強さがそこにはあった。
「まったくおまえには呆れるな」
阿修羅が愚痴をこぼすが、すでに仏陀の心は先を向いていた。そこには、想像を絶するような地獄が待ち受けていたのだ。
幾つもの集落を持つ村は、絶えず死臭が漂い、死体を焼く煙で陽が差すこともない。道ばたで息絶える人がいても、それを動かすものはなかった。
「これは……」
あまりの酷さに二人は絶句した。
「仏陀、ここはもうお前の出る幕はないようだ。せめて成仏できるように、経のひとつも上げてやるか?」
「いえ、もちろん弔いもしますが、生きてる者こそ救わねば。薬学の心得もあります」
「しかし、私は平気だが、お前は人間だ。この病にすぐうつってしまうぞ」
「阿修羅様……、貴方は本当に優しいですね」
仏陀の突然の言いようは阿修羅を狼狽えさせた。
「な、何をいきなり言い出す……」
「いつも、自分の事を脇に置いて、私の事を心配してくれる」
「ば、馬鹿な! 本当の事を言っているだけだ」
「でも、大丈夫。貴方が一緒にいてくれます」
「勝手にしろ!」
仏陀は早速行動を起こした。病に倒れた人々を診て歩き、薬の検討をつけると阿修羅に採りに行かせた。主に山に生えている薬草だ。彼女は嫌そうな顔をして見せたが、拒むことはなかった。
そして、まだ多少元気のある者達に、湯を沸かし、着る物、食器、ありとあらゆる物を消毒させた。
「後は体力だ。もっと食料があれば……」
しかし、充分な食料はない。これほどの流行病で民が苦しんでいても、税の取り立ては厳しい。
「領主殿に会いにいきましょう」
仏陀は阿修羅とともに馬を走らせた。
「どうせ欲の突っ張った領主だろう。それでなけりゃ、これほど病が蔓延するわけがない。行っても無駄だと思うがな」
阿修羅の意見はもっともだった。