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真・阿修羅伝  作者: 緋櫻りゅう
地界の章
9/14

2.流行り病

 


「仏陀様。この山を越えた国に、流行病(はやりやまい)が起こったと聞きます。そこでは、毎日何百人という人が死んでいくそうです。仏陀様のお力で、何とか収まらないものでしょうか」


 ある山の(ふもと)の小さな村で阿修羅達はそんな話を耳にした。


「そうですか。何ができるかわかりませんが。とにかく行ってみましょう」

「何だって!」


 ずっと黙っていた阿修羅が突然声を上げた。


「本気か? あの山を越えるだと? 私なら一日も掛からぬ山でも、おまえの足ではひと月はかかる。いや、かかってもいけないかもしれない、険しい山だぞ。冗談じゃない!」

「貴方がついていれば平気ですよ」

「な……」


 仏陀は平然として答えた。


「お供、お願いします」


 ――――見掛けに寄らず、言い出したら絶対引かない……。まあいい、どのみち途中で音を上げる。


 阿修羅は諦めたように頷いた。


 ところが、仏陀は音を上げなかった。山は険しく、雪が舞い、高度の高い所では吹雪に見舞われ息をするのも辛かった。

 だが、途中立ち寄った民家で流行病の悲惨さを聞いた彼は、悪条件のなかを徹夜で歩き通し、なんと五日の行程で目指す国へと着いてしまった。

 阿修羅も彼の執念に根負けし、険しい崖では手を貸し、吹雪においては仏陀の前を雪よけ代わりに歩いた。


「だから言っただろう。人間の足では無理だと」


 切り立った崖で手を差し伸べながら阿修羅が言う。


「大丈夫ですよ。私には貴方がついていると言ったじゃないですか」


 苦しそうに息を吐きながらその手を掴み、仏陀は微笑む。

 確かに阿修羅がいなかったら、これほどの速さで目的地へ達することはできなかっただろう。だがそうは言っても、仏陀はほとんどの工程を自力で歩き通した。他のために尽力を惜しまない、仏陀の強さがそこにはあった。


「まったくおまえには呆れるな」


 阿修羅が愚痴をこぼすが、すでに仏陀の心は先を向いていた。そこには、想像を絶するような地獄が待ち受けていたのだ。


 幾つもの集落を持つ村は、絶えず死臭が漂い、死体を焼く煙で陽が差すこともない。道ばたで息絶える人がいても、それを動かすものはなかった。


「これは……」


 あまりの酷さに二人は絶句した。


「仏陀、ここはもうお前の出る幕はないようだ。せめて成仏できるように、経のひとつも上げてやるか?」

「いえ、もちろん弔いもしますが、生きてる者こそ救わねば。薬学の心得もあります」


「しかし、私は平気だが、お前は人間だ。この病にすぐうつってしまうぞ」

「阿修羅様……、貴方は本当に優しいですね」


 仏陀の突然の言いようは阿修羅を狼狽(うろた)えさせた。


「な、何をいきなり言い出す……」

「いつも、自分の事を脇に置いて、私の事を心配してくれる」

「ば、馬鹿な! 本当の事を言っているだけだ」

「でも、大丈夫。貴方が一緒にいてくれます」

「勝手にしろ!」


 仏陀は早速行動を起こした。病に倒れた人々を診て歩き、薬の検討をつけると阿修羅に採りに行かせた。主に山に生えている薬草だ。彼女は嫌そうな顔をして見せたが、拒むことはなかった。

 そして、まだ多少元気のある者達に、湯を沸かし、着る物、食器、ありとあらゆる物を消毒させた。


「後は体力だ。もっと食料があれば……」


 しかし、充分な食料はない。これほどの流行病(はやりやまい)で民が苦しんでいても、税の取り立ては厳しい。


「領主殿に会いにいきましょう」


 仏陀は阿修羅とともに馬を走らせた。


「どうせ欲の突っ張った領主だろう。それでなけりゃ、これほど病が蔓延するわけがない。行っても無駄だと思うがな」


 阿修羅の意見はもっともだった。



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