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真・阿修羅伝  作者: 緋櫻りゅう
地界の章
8/14

1.二人だけの旅


 その日から、修行僧仏陀と少し小柄なお供、阿修羅の二人きりの旅が始まった。

 ただ歩き、人に会えば説き、食に困れば托鉢をする。それだけの日々が過ぎた。毎日が戦いそのものだった阿修羅にとって、退屈過ぎはした。


 だが今までの、血に塗れながら憑かれた様に戦っていた、おのれの姿を思うのに充分な時間は与えられた。改めて、何百万年に渡った戦いに “疲れ” を感じる。


 阿修羅はしかし、それ以上に人間界の無知と貧しさに愕然としていた。まだ人間がこの世に生まれ出て間近い。無理もないことだが、阿修羅にとって彼らは猿以下の存在だった。

 その中にいながら、仏陀は違っていた。天界の神々よりも英知と慈悲に富む彼は、阿修羅にさえその輝きを感じさせた。


「仏陀よ。何故おまえはここにとどまる。さっさと天界にでも行けばよいものを」


 時々阿修羅はそう仏陀に問う。汗と埃にまみれ、それでも人々に手を差し延べていく彼。受け入れられず、傷つけられることも珍しくはなかった。


「この世界はまだ目覚めていないのです。私は水面に浮かぶ蓮華ではなく、水面すれすれに咲く蓮華に陽の光をあてたいのです」

「ふん、変わった奴だな」


 決まり文句の答えに阿修羅は呆れた顔をする。




 阿修羅を伴っての旅程が続くとともに、ある事が噂になっていた。それはあまり歓迎すべきものではなかった。

 華奢で美しい阿修羅は民達の注目を浴びずにおれない。しかも大した役に立っているようでもなく、一体あれは何者なのかと。


 供と言っても僧ではない阿修羅は、いたって軽装ななりだった。驚かせないようにと、袈裟をマントのように纏って剣が見えないようにはしていたが。


「民が噂しているようだな。おまえの布教を邪魔しているのではないか」


 阿修羅は噂を気にしているわけではない。お供も嫌じゃなかったが、この事態に仏陀がどう思っているのかを知りたかった。


「気になりますか?」


 ほほ笑みながら逆に聞き返してくる。二人は次の村を目指して歩いていた。仏陀はしばし立ち止まり、振り返った。


「私が? いや、どうと言うことはない」

「それなら安心しました。貴方が美しいのは隠す事はできませんし。女子であることで誤解も生みましょう。でもそのようなこと一切、私たちの行く手を阻むことではありません」


 野宿以外でも、二人が一つ屋根の下で夜を過ごすことは珍しくなかった。そのことで噂になったとしても、何も気にすることはない。事実、何もないのだから。だが、阿修羅は仏陀の言葉の一つが気になった。


「私が、美しいと?」


 つい、阿修羅は思ったことをそのまま口にしてしまった。

「どうされましたか? どなたが見ても貴方は美しい。初めてお会いした時からずっとそう思っていましたよ」

「おまえがそんな風に思っているとは、なんだか意外な気がする」


 髪を結い上げ、頭頂部でお団子にしている聡明な僧。その丸めた髪のように、浮ついた感情もまとめ上げているように思っていた。


「そうですね。皆の言うように、姿形もお美しいですが、私は貴方のお心が美しいと思っています」


 その仏陀の言葉は阿修羅の(かん)に障った。手振りを大げさにつけ、


「は! 嘘をつけ! これだから坊主というのは信用できん! 見た目が美しいのは私とて知っている。元々それが故であの何百万年も続いた戦が始まったのだからな。でも、心など美しくはない。私は、血で塗れた魂を……」


 と、言い終わらないうちに、さっと仏陀が阿修羅の振り上げられた手を止めた。手首を優しく握られる。はっとして阿修羅は仏陀の顔を見上げた。


「そう思われることが尊いのです。いえ、まだ旅は道半ばです。結論を急ぐ必要はないでしょう」


 阿修羅は握られた手首が暖かくなるのを感じた。それは今まで感じたことがないくらい、心が休まる不思議な感覚だった。


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