6.天界大戦
窓からは天界の赤い太陽が光の帯を作りながら差し込んでいた。少し斜めに傾いたそれは、阿修羅と蓮華姫を一つの影にし、長く伸ばして白く冷たい床に落としている。
「どうした? 阿修羅、姫とは話ができたか?」
それからどれくらい経っただろうか。多分数分もなかっただろう。隣室の扉が開き帝釈天の足音が近づいてきた。
「う……」
だが、帝釈天は足を止めた。いや、止めざるをえなかった。
鬼だった、そこにいたのは。姫を静かに横たわらせ、振り返った阿修羅は怒りにその身を炎と滾らせ、憎悪に支配される鬼だった。
「蓮華姫は死んだ。今、自ら毒を含んで」
「な……なに!」
「なめるなよ、この私を。たとえ剣など持たぬとも、お前の首なぞ引きちぎってやる!」
「阿修羅! 待て、私を嫌うな! お前のその冷たい目が私に罪を犯させる!」
阿修羅の目には、憎しみをぶつける相手の姿しか見えていなかった。耳は何も聞こえていなかった。怒りで全てを見失っていた。
「遅い……遅いぞ、帝釈天……。私は、お前を許さない!」
「あしゅ……」
俊敏な動きが影すら残さなかった。取り押さえようとした兵たちは悉く倒され、剣まで奪われた。その剣先は真っすぐに帝釈天へと向かう。
持国天達側近は、慌てふためく帝釈天をその場から逃がすのがやっとだ。
「逃げるか、帝釈天! この怒り受け止めよ!」
阿修羅は帝釈天の首を目掛け、剣が血を欲するまま兵を蹴散らしていった。
「謀叛だ! 阿修羅が謀叛をおこしたぞ!」
六界最上の美しさを誇る善見城は、一瞬にして鮮血に塗れた。
阿修羅の館周辺に集結しつつある兵達の耳に、その声はほどなく届いた。
「よし、行くぞ」
影闇は後方に従える数千騎に及ぶ兵を見渡した。
――帝釈天、貴様も悪くない王だった。が、しくじったな。阿修羅を怒らすとは。奴の力は剣だけじゃない。これだけの兵が阿修羅に付く。それこそが本当の奴の恐ろしさだ――
「行けえ! 敵は王宮の賊将、帝釈天だ!」
「おおぉ!!」
怒声とともに起こった地響きが、まさに天界を轟かした。王宮のあちこちで火の手が上がり、曇ることなどなかった天界の空は、たちまち暗雲たれこめる闇と化していった。
ここに天界を真っ二つに分ける血みどろの戦、天界大戦が勃発した。
阿修羅は自らを修羅の王と名乗り、影闇とともに帝釈天に挑んだ。が、帝釈天の軍も持国天ら四天王を筆頭に、強く勇ましく、戦いは容易には収まらなかった。
実に三百万年の膨大な年月をかけて死闘は繰り返され、一進一退のまま、未だ雌雄を決するに至らない。
この長きに渡る戦いのため、天界はその世界を維持することすら困難となった。命を落とした神々は、下界である地の星に降り、生命の進化の中へと埋没していった。
阿修羅は既に鬼と化していた。怒りが全てであり、その全てを剣にぶつけていた。何のためにこの戦を起こし、何のために帝釈天の首を狙っていたか、時々忘れるほどだった。
だがそれでも剣を振るうのを止めなかった。
不毛の戦いの中で、気の遠くなるような年月が過ぎていった。
地の星、地球で人類が誕生して二十万年、人間界で奇跡が起こった。
“仏陀” の覚醒である。
この “目覚めた人” の出現により、天界の悪しき気は浄化され、神々は自らの愚かさにようやく気付き始めた。