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真・阿修羅伝  作者: 緋櫻りゅう
天界の章
5/14

5.宇宙


 阿修羅の館に緊張が走った。仕える従者、兵士たちが傅いたまま、阿修羅を待っていた。

 そこに高い天井まで聳え立つ白い扉を開け、館の主が姿を現す。 


「どうなさるつもりですか、阿修羅様」


 支度を整えた阿修羅は腰に剣を携えていた。阿修羅の部下、影闇は心配そうに尋ねる。


「姫は助ける」

「ですが、帯剣は許さぬと」

「この身はくれてやっても、誇りだけは捨てぬ」


 阿修羅は襟の立った、濃紺の衣を着ていた。それは戦を司る者の平時の正装である。


「……無念です」

「いや、影闇。だが密かに兵を集結させよ」

「え……。何と申されました」


「事の次第によっては……。言っている意味わかるな?」

「はっ」


 その声と同時に館の扉を叩く音が耳に届いた。


「阿修羅様! 王宮よりお迎えが参りました」

「今行く」


 擦れ違いざま、阿修羅は影闇と目を合わせ頷いた。ほんの一瞬だったが、それで全てが伝わった。





 阿修羅が王宮に向かったという報は、すぐさま王都中に知れ渡った。兵士達は一触即発の空気を察し、糸をピンと張るように五感を尖らせていた。


「私の送った衣は切り裂いてしまったそうだな」


 阿修羅は帝釈天の御前にいた。王宮は側近達と帝釈天直属の親衛隊の兵士達、その殆どが詰め、物々しい雰囲気である。阿修羅の剣はすでに側近の手により奪われていた。


「姫はどこだ。すぐに侍女達に渡し、南の里へ帰されよ」

「ふん」


 帝釈天は腹立たしげに阿修羅を見た。


「なぜそのように姫をかばう。冷たくしたのはお前だろう」

「帝釈天様も御存知であろう。姫は天界にとって大切なお方。傷つけてはならない」

「ほお……! それは知らなかった。姫もただの言い伝えとか申しておったが」

「何を言われる」


「いやいや、いかがしようか。お前が衣を切り裂いたというので、姫にも同じ思いをさせてしまった」

「な、なんだと! 正気か? 貴様!」


 下卑た笑みを帝釈天は口許に浮かべた。


「そんな怖い顔するな。姫は隣室にいる。会ってやるがいい」


 阿修羅は跳ぶように扉へと駆け抜けた。


「姫!」


 後ろ手に扉を閉めると窓辺に人影を見つけた。何か……聞こえてきた。


 ――――歌。胸を締めつけるような旋律……。


 子守り歌のようだった。蓮華姫が歌っていた。髪が少し乱れている。阿修羅は総毛だつ。


「蓮華姫!」


 歌が唐突に止まった。脅えるように振り返る姫の目に、動揺を隠しきれない阿修羅の姿が映る。


「阿修羅様……、なぜ……」

「姫!」


 阿修羅は姫に駆け寄った。


「なぜここへ。お逃げ下さい、すぐ」


 髪だけでなく、衣服にも乱れがある。阿修羅は胸が締め付けられた。


「姫が南の里に帰られるのが先です」

「いえ……、私は……もういいのです。阿修羅様の言う通り、愚かでした」

「姫?」


 蓮華姫はじっと阿修羅の瞳を見つめた。


 ――――宇宙……。


 深く、深く、全てを引き込んでいく蓮華姫の瞳。あの庭園で会った時よりも、ずっとはかなげで愛おしい。


 ――――美しい……。そうだ、これが蓮華姫の宇宙が宿る瞳。


「お会いできて、良かった、最後に……。すぐ……逃げて……下さ……」

「蓮華姫!?」


 薄桃色の唇から鮮血が漏れた。そして崩れるように阿修羅の腕に落ちていく。


「姫! 蓮華姫!」


 腕にかかる蓮華姫の体はあまりにも軽い。閉じられた瞼は開けられることは無かった。


「何ということを……」


 阿修羅はしばらく動けなかった。蓮華姫の白い頬に阿修羅の涙が零れては落ちた。


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