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真・阿修羅伝  作者: 緋櫻りゅう
地界の章
13/14

6.希望



 それから数日間、阿修羅は不眠不休で動き続けた。まるで何かに追い立てられるように、看病、薬草の採取、炊き出しまでやった。


 だが、仏陀とは用事以外話すことはなかった。仏陀もそれが気になってはいたが、食料が来て生死の際を救える者が増えた分、彼の仕事も増した。

 彼もまた不眠不休で働き続けた。その努力のかいもあって、漸く病は勢いを鈍らせたのだが……。


「阿修羅様! 仏陀様が!」


 夜更け、一時の休息を取っていた阿修羅の元に、村人が転がるように入ってきた。


「仏陀様が突然倒れてしまって……」

「何!」


 ――――恐れていたことが……。


 村人に場所を聞き、彼の寝かされている家へと急ぐ。ほんの数秒が長い。


 ――――もしもあいつに何かあったら……。あいつは私とは違う。人間なんだ。もし、死んでしまったら、私の前からいなくなったら。


 不意に降りてきた “死” という言葉を阿修羅は改めて恐れた。


 ――――駄目だ! 死ぬな、死なないでくれ! 仏陀!


 ようやく目指す民家が見えてきた。阿修羅は扉を開けるのももどかしく感じた。




「阿修羅……心配かけたね」

「仏陀……。ああ、起きるな」


 息せき切って入った部屋で、青白い顔をした仏陀が横たわっていた。阿修羅は仏陀の額に手を置く。汗が滲んでいた。


「熱が高い……。感染したな」

「すまない。気をつけていたんだが。でも薬は飲んだ。すぐ治る」

「寝てろ! 馬鹿者!」


 起き上がろうとする仏陀を阿修羅は制した。


「阿修羅……、どうした?」


 阿修羅の頬に、彼女自身にとっても思いがけない、涙が伝わっている。


「わ、私は、おまえが倒れたと聞いて、もしやと……。死ぬな、仏陀。おまえは唯一の希望だ。生きて、生きていてくれ。この星のために、姫のために、そして……」


 私のために。阿修羅は心の中でそう続けた。それでも仏陀には自分の胸の内を見透かされそうで、長い睫毛を伏せて俯いた。


「阿修羅……、貴方は……」


 仏陀はその骨ばかりの指の背で、優しく彼女の涙を拭う。


「阿修羅よ。私の希望は貴方なのだ。私を導いてくれるね。共に時を越えて」


 仏陀の申し出に、阿修羅は少し戸惑った。


「私がおまえの希望?」

「そうだ。私にはわかっていた。貴方が戦を起こしたのも自分のためではない。蓮華姫様の無念を思うように、ずっと誰かのために生きていた。それがどれほど尊い事か。地上に降りてもそれは変わる事はなかった」


 仏陀のいう事が、阿修羅にはよくわからなかった。阿修羅は自分の強さを知っていたから、おのずと他を守ってきた。それだけだった。

 蓮華姫に至っては、守ることが叶わず、怒りに任せた戦。今更それを償うことすらできない。


「私はそんな高尚な気持ちなど持ってはおらん。買い被りすぎだ」


 仏陀は床に伏せたまま小さく息を吐く。阿修羅は側に置かれた水桶から布を取り出し、仏陀の額や首筋の汗をぬぐった。


「買い被りではないよ。貧しい村々を渡り歩いた時も、剣のように聳えたつ極寒の山を越えた時も、貴方がいなければ何も成し遂げ得なかった。この地にはびこる病を退けたのも貴方がいたからだ。私の力だけではどうすることもできなかっただろう」


「仏陀……。もう黙れ。体力を消耗する」


 仏陀は疲れた様子で、それでも口元に笑顔を浮かべた。そして、自分の額に心細げに置かれた阿修羅の手にそっと手を添えた。


「何を……」

「もし今、私が倒れても、貴方はやるべきことがわかるだろう」


 添えられた仏陀の手は、この数日のうちの激務を物語っていた。まだ三十代というのに、老人のような手をしている。


「それは、知識としてわかっているだけだ。それに、貴様がいなければ心が通わない。心がない助けなど、本当の意味の救助にならない」

「そう思うのか?」


 再び仏陀は阿修羅の双眸を見やった。阿修羅はその視線の強さに一瞬たじろいだ。苦しそうに息を吐きながらも、病は彼の生命力を削ぐことは叶わないようだ。


 山あいの村、静かに夜が過ぎていく。遠く獣の咆哮がこだまのように響いていた。


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