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短編ショートショート

恋愛ロボット

作者: 灰庭論

 オー博士が開発した恋愛ロボットが、いよいよ試験段階に入った。あとは実際に人間と恋愛をさせるテストを行うだけである。試験場となるマンションのリビングでエイチ氏に説明する。


「紹介しよう。彼女はユー子だ。聞いているとは思うが、君の仕事は、これから彼女と恋愛をすること、ただそれだけ。そのためにしばらくこのマンションに住んでもらうことになるが、構わないね?」


 エイチ氏が頷く。


「はい、もちろんです。すべて承知しています」


 オー博士が続ける。


「よろしい。すべての部屋にはカメラが設置してある。モニタリング・テストだから、くれぐれも問題を起こさないように注意してくれたまえよ」


 そこでエイチ氏が訊ねる。


「外出してもよろしいのでしょうか?」

「法律の関係で今のところ屋外へ連れ出すことは禁止されている。ただし、それも時間の問題だがね。つまり君のテストに懸かっているというわけだ」

「責任重大ですね」

「いやいや、問題を回避してばかりではテストにならんのだし、気負わずにやってもらいたい」


 エイチ氏が不安を口にする。


「しかし、いきなり同棲生活から始める恋愛というのも、どうしたら良いものか」


 オー博士が肩に手を置く。


「ユーザーの元に届けられた状態から恋愛が始まると想定して開発されたので、そこも踏まえてテストさせてほしい。説明ばかりではテストにならないので、それでは早速だが、始めることにしよう」


 ということで、エイチ氏を残して、オー博士は別室へ移動した。


 モニタリング・ルームでは博士の助手たちによって交代制で監視を行う態勢が整っていた。テストは長期間に及ぶが、その最初の一日目が始まったことで、誰もが緊張した顔をしていた。


「それで、二人の様子はどうかね?」


 モニターの前に腰を下ろして、オー博士が助手の一人に訊ねた。


「はい。自己紹介を済ませたばかりですが、お世辞にも会話が弾んでいるとは言えませんね」

「いやいや、最初はこんなものだろう。始めから満足されては、飽きられるのも早いだろうからな」


 翌日、一日目のテストを終えたところで、アンケートを行った。同マンション別室のリビングに呼び出しての質疑応答だ。オー博士が質問して、エイチ氏が答えて、それを助手が記録するといった形で行われる。


「それで、どうかね?」

「それが、何てお答えしていいのか」

「というと?」

「恋愛というのが、どういうものか、自問するばかりで」

「なるほど」


 オー博士にとっては有益な解答だったようだ。


「いきなり恋愛をしろと言われましても、それで好意を抱くのが、果たして本当の恋愛といえるのか、まずはそこに疑問を抱いてしまうのです」

「うむ。しかし、未だにお見合いの慣習が残っているのだから、特段おかしなことをしているわけでもなかろう」

「言われてみれば、そうですね」

「続けられそうかね?」

「ご希望に沿えるかどうかは分かりませんが」

「結構」


 一週間後、同じ形式でアンケートが行われた。


「それで、どうかね?」

「はい。自分でも戸惑っているのですが、好意らしきものは感じています」


 そう言って、エイチ氏は頭をかいた。


「いやいや、なにも照れることはなかろう」

「そうですね、そういうテストなんですものね」

「その通り」

「ですが、それが恋心と呼べるかどうかは、判然としないのです」

「どういうことかね?」

「はい。感じている好意が、例えば親であったり、兄弟であったり、そういった異なるケースでも抱いてしまうのではないかと思いまして」

「なるほど」


 オー博士にとって参考になる感想だったようだ。


「現在のところ、友だちといえば友だちですし、むしろ恋人と呼ぶ方が不自然な関係といった方が良いかもしれませんね」

「うむ。テストはまだ始まったばかりなので、そこら辺も含めて、もう少し気長に経過を見ようではないか」


 そこでエイチ氏が訊ねる。


「これといった恋愛感情を抱かなかった場合はどうなるのでしょうか?」

「それも経過を見る他あるまい」

「そうですね」

「続けられそうかね?」

「是非とも続けさせてください」

「結構」


 それから三週間後、同じ形式でアンケートが行われた。しかし、助手に連れられてきたエイチ氏は、これまでの様子と異なり、ひどく落ち込んだ表情を見せていた。一方で、その姿を見てもオー博士は心配した素振りを見せなかった。


「それで、どうかね?」

「はい。それが……」


 そこでエイチ氏は言い淀むのだった。


「どんなことでも構わんよ」

「はい。実は、恋愛というものが、まるで分からなくなってしまったのです」

「具体的に話してくれんかね?」


 そう言って、オー博士がコーヒーに口をつけた。


「そう言われましても、何もかもが分からない状態なのです。よく話をするのですが、会話をしながらも、相槌が不自然ではないか、目を見過ぎてはいないか、退屈そうな表情になっていないか、そんなことばかり考えてしまうのです」


 オー博士が興味深そうに頷く。


「なるほど」


「他にも、例えば無言の間ができた時、何を考えているのだろうと気になって仕方ありません。そんな時、話題を提供した方がいいのか、それともそっとしておいた方がいいのか、まるで答えが分からないのです」


 そこで笑いながら頭をかいて、続ける。


「ロボットと人間の恋愛なのに、そこまで考えるって、やはりおかしいですよね」

「いやいや、それが恋というものじゃないのかね?」


 博士の言葉に、エイチ氏がハッとした表情をした。


「つまり僕は彼女に恋をしていると?」

「君がどう思っているかによるが」

「まさか」

「ありえないと?」

「分かりません」

「続けられそうかね?」

「続けたいです」

「結構」


 それから二か月後、同じ形式でアンケートが行われた。助手に連れられてきたエイチ氏は見るからに幸せそうで、笑みを絶やさないのだった。いつものようにオー博士が訊ねる。


「それで、どうかね?」

「はい。万事が順調で、これでテストになるのかと、そちらの方が心配で」

「ほほう、結構じゃないかね」

「そう言っていただけるのなら安心です」

「テストの結果など、君が気にすることではないのだから、気楽にやりたまえ」


 エイチ氏が嬉しそうに報告する。


「毎日、彼女と暮らせていることに心から感謝しているんです。朝、目を覚ますと、彼女がそこにいる、ただそれだけで幸せな気持ちになります。それ以上、何も望むことはありません」


 惚気のろけ話に、博士もニヤける。


「愛していると?」

「そうですね、彼女を愛しています」


 エイチ氏が迷いなく言い切った。


「しかし、愛というのは言語化するのが難しい感情だとは思わんかね?」


 エイチ氏が頷く。


「はい。僕もはっきりと表現できるわけではありません。ですが、彼女の嫌がることをせず、喜ばすことだけを考えて、また、それが自分でも楽しくて、そうして、ふとした瞬間、彼女のことを思っていたはずが、誰よりも自分が幸せであると気がつくんですね。僕はそれを愛だと思っています」


 オー博士が唸った。


「何か問題は?」

「ありません」

「そうか、それは良かった」


 そこでエイチ氏が慌てる。


「まさか、これでテストを終わらせるつもりじゃありませんよね?」

「いや、何も問題がないようであれば」

「それは、あまりに急な話ではありませんか」


 オー博士が考える。


「ならば、もう少し続けてみよう」

「ありがとうございます」


 それから三か月後、つまりテスト開始から半年、同じ形式でアンケートが行われた。しかし今回別室に呼ばれたのはエイチ氏ではなくユー子だった。オー博士がいつもの感じで訊ねる。


「それで、どうかね?」

「はい。何も言うことはありません。今回の恋愛ロボット・エイチ型ならば、安心して子どもを預けて仕事に行くことができるでしょう」


 王博士が首を振る。


「それはまだテストを重ねてみなくては分からんよ」

「あと半年もロボットの振りをしなければいけないんですね」


 そう言って、優子がコーヒーを口にした。

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