1-44 お弁当作りと触れ合いドキドキ
翌日、朝5時。未だ早朝と呼べるこの時間、一ノ瀬家のキッチンに人の姿があった。──桔梗である。
何故こんなにも早い時間にキッチンに居るかと言うと、いよいよこの日がピクニック当日という事で、お弁当を作ろうと考えているのである。
正直、アイテムボックス持ちの桔梗ならば、前日に作ろうが当日に作ろうがその質に一切の違いはない。
しかし、やはり何となく当日早起きして作る方がピクニック感を味わえるという事で、今から作るのだ。
今回は沙織を入れて7人分のお弁当を作る必要がある。
7人中6人がうら若き少女もしくは女性。となれば普通、弁当はそこまで大量に作る必要は無いと考える。
桔梗も通常ならばそう考え、それなりに控え目な量の弁当を作る事だろう。
──そう、通常ならば。
確かに、7人中6人は女性である。しかし、沙織以外の5人は見掛けに寄らずよく食べるのだ。
それこそ、一般的な成人男性と同等かそれ以上に。
その為、かなりの量を作らなくてはならない。が、それを1人で作るのは大変な労力となり、時間もかなりかかる。
と、言う訳で今回は助っ人が居る。
「桔梗様、お待たせいたしました!」
言ってキッチンへとやってくる少女が1人。銀髪ロングの大人びた美少女──ルミアである。
この日は料理の為か、普段は垂らしている髪をお団子にしている。
ルミアは桔梗の前に来ると、上目遣いの様な形で、
「桔梗様、どう……でしょうか」
言ってカーテシーの様にエプロンの裾を摘むと、不安げに首を小さく傾げる。
実は昨日、普段から料理を手伝ってくれる少女達の為にと、水筒と共にエプロンを購入していた。そしてこの日が初お披露目という訳である。
黒を基調とし、下部がスカート状になっているエプロンに、お団子状の髪。
その組み合わせは、ルミアに家庭的な雰囲気を与え、彼女の大人びた容姿も相まって、まるで新妻のようである。
桔梗はうんと頷くと、柔らかい笑みを浮かべ、
「うん、凄く似合ってる。可愛いよ」
その声にルミアはパーっと表情を明るくした後、小さくガッツポーズをする。
「やりましたわ!」
先程の大人びた雰囲気はどこへやら、年相応とも言える彼女の反応に、桔梗は微笑ましく思う。
「よし、それじゃ早速作ろうか」
「はい!」
という事で、2人は早速料理へと取り掛かった。
◇
今回弁当に入る食材は、おにぎり、サンドイッチ──卵、ハムレタス、照り焼きチキンなど定番のものから、フルーツと生クリームの入ったデザート風のものまで様々である──等の主食に、唐揚げ、ハンバーグ、ウインナー、卵焼き等の主菜。後は副菜であるサラダや、フルーツ盛り合わせである。
その中で副菜を桔梗が、主食と副菜をルミアが担当して作る事となった。
全体的に手間のかかる料理ばかりであるが、例えばハンバーグなどは以前作り置きしたものがアイテムボックス内にある為、後は焼くだけであり、そこまでの労力はかからない。
と言う訳で早速調理を開始する。
まず桔梗は3つのコンロに2つのフライパンと1つの卵焼き器を置く。そして火をつけ、油を敷くなど必要な操作を行った後、1つのフライパンでハンバーグとウインナーを同時に焼き、もう一つのフライパンでサンドイッチ用のチキンを、卵焼き器で卵をそれぞれ焼いた。
一方ルミアは、パンを切りサンドイッチの形にした後、レタスをちぎり、フルーツをカット。そして次にフルーツサンド用の生クリームを立てる。この際、氷水につけながら操作する事と、生クリームにレモン汁を少し加える事を忘れない。
泡立て器をシャカシャカと素早く動かす。彼女の白魚の様に細くなだらかな手からは考えられない速度で、しかし飛び散る事のない様丁寧に。
「「…………」」
2人は言葉を発さない。故に、生クリームを立てる音や、肉や卵の焼ける音だけが鳴り響く、穏やかな時間が流れる。
まるでこの世界には2人しか居ないのではないかと、思わず錯覚してしまうこの空間に身を置くと、心まで穏やかになってくる様で。
ルミアは口元に柔らかい笑みを浮かべると、眼前の生クリームへと視線を落としたまま、小さく口を開く。
「桔梗様」
「……ん?」
「私、改めて思いますの。こうしてまた桔梗様と一緒に、のんびりと過ごす事ができてよかったと」
「そうだね。一時は本当どうなるかと思ったけどね」
最早共に過ごす事など叶わないとさえ思った別れ際。あの時の絶望や悲しみは今でも忘れられず、2人の心に残っている。
故に、現在こうして幸せな時間を過ごせている現状は、奇跡の様で、そして何よりも尊いものであると思えるのである。
桔梗の言葉に、ルミアはふふっと笑った後、
「これからもこうして桔梗様と、ずっと一緒に幸せな日々を過ごしたいですわ」
幸せを噛み締めながらそう言い、しかしその言葉と同時にルミアの脳内に、異世界に居る家族の存在がチラついた。
桔梗と共に居る。それ即ち、両親や姉妹には一生会えない可能性があり──
ルミアの表情が少しだけ曇る。そして、温もりを求めてか、ルミアは微かに潤んだ視線を桔梗へと向けると、
「……桔梗様、もう少しそちらへ寄っても宜しいですか?」
彼女の思いを察した桔梗は柔らかく微笑む。
「うん、勿論」
その言葉にルミアは嬉しげに微笑んだ後一歩桔梗の方へと寄る。
そしてそのままそれぞれの調理を続け──少しして、再びルミアが口を開く。
「桔梗様、もう少しそちらへ」
「良いよ」
ルミアが寄る。また少しして、
「桔梗様、もう少し」
「う、うん良いよ」
そして──
……どうしてこうなった?
ルミアが調理を終え、桔梗は後は唐揚げを揚げるだけという所で。
ルミアの姿はというと、桔梗のピッタリ横にあった。桔梗の左手に寄り添い、肩に柔らかく頭をもたれかけている。
この日の彼女は薄い服装。おかげで桔梗はどうしても彼女の女を実感してしまう。
とは言え、現在は揚げ物の最中。ここで気を散らすのは危険である為、なるべく意識しない様にと思いつつ、唐揚げを揚げる。
が、しかし。左腕に感じる柔らかさが、じんわりと広がる温もりが、そして何よりも耳元で感じる彼女の吐息が、桔梗の意識を掴んでやまない。
ここで。ルミアの存在を強く感じたからか、それにしても……と桔梗は思う。
ルミアと言えば、普段は控えめで、自ら密着する事などそうそう無い少女である。
確かに、先程の会話から不安になってしまったのかもしれないが、だからと言ってここまでピッタリと、そしてこれ程までに長時間密着する事など基本は無い。
……思ったよりも不安が大きかったのかな。
桔梗は普段と違う彼女の行動からそう考え、もしかしたら深刻な表情を浮かべているのではと、とチラとルミアの方を見た。
ルミアは唐揚げが音を立てて揚がる様をジッと見つめていた。──その顔をりんごの様に赤らめながら。
……うん、とりあえず大丈夫そうだ。
不安から接近したは良いが、予想以上の密着に恥ずかしくなってしまったのか。桔梗は初々しいルミアの姿に愛おしさを覚え、思わず小さく笑った。
そして桔梗自身恥ずかしさはありながらも、特に離れようとはしないルミアの様子から、もう少しだけこのままでいようとそう思うのであった。