1-35 柚菜、有紗の困惑
夕刻。初夏という事もあり窓の外に未だ青空が臨む1年1組の教室に、2人の少女の姿があった。
黒髪セミロングの活発そうな少女柚菜と、明るめの茶髪で毛先をふわりと巻いたギャル有紗である。
2人は雷我に連れて行かれた桔梗の事が心配で、しかし先生に伝えては駄目と桔梗に言われた以上どうする事も出来ず、ただただ自身の席に着きながら、ソワソワとしていた。
「……おそいね、いっちー」
「……うん」
形の良い眉を不安げに寄せる有紗の言葉に、普段の笑顔はどこへやら、柚菜は憂いを帯びた表情で小さく頷く。
桔梗が教室を出てからおよそ30分。確かにただ話をするだけとか、そういった穏やかな事柄では考えられない程時間が経過している。
……まさか、大丈夫だよね?
桔梗が痛めつけられるという嫌な情景が浮かび、不安が増す。
それは柚菜も同様だったのだろう、顔を蒼ざめながら落ち着きがない様子で、
「ねぇ、本当に大丈夫かな? や、やっぱり先生に伝えた方が良いんじゃ──」
──と、ここで。
柚菜の言葉を遮る様に、教室の扉がガラリと開く音が響く。
思わず反射的にそちらへと目をやると、そこには連れて行かれた時と変わらない桔梗の姿があった。
「あ、いっちー!」
「桔梗君!」
勢い良く立ち上がり、2人へと近づく──というよりも自身の席へと向かう──桔梗へと走り寄り、怪我はないかと、桔梗の身体を前から後ろからキョロキョロと眺める。
「えっ、だ、大丈夫だったのー?」
「うん、特別何もなかったよ。誰とも接触していないし」
最後の救出の際に雷我へと触れはしたが、あれは緊急事態であり、雷我からの呼び出しとは直接の関係はない為ノーカンである。
桔梗の言葉に引っかかったのか、2人は首を傾げる。
「え、触れてない? 殴り合いになったりしなかったの?」
「──竜崎って荒いし、てっきりそういう呼び出しだと思ったけど」
もしかして竜崎って意外と理性的……? などと2人が考え始める中、桔梗はあっけらかんとした様子で、
「あ、殴ってはきたよ。けど──」
「「けど……?」」
「──全部避けた」
「「避けた!?」」
目をまんまるくする2人。そんな訳ないと思いつつも、1週間程度の付き合いながら彼が基本的に嘘をつかない事を理解しており、かつ目の前にいる桔梗の身体に傷一つついてないのは確認している為、本当なのかもしれないと思ってしまう。
そんな2人に、桔梗はいつも通りの柔らかい笑みを浮かべる。
「そ。だから何も問題無いよ」
「何も問題ないって……」
言いながら、柚菜と有紗は桔梗が教室を出る際にゾクッとしたのを思い出し、
「いっちーってもしかして見かけによらず強い?」
有紗が呆然と呟く。
その声に、桔梗は肯定とも否定ともとれる曖昧な笑みを浮かべた。