1-19 街とテンプレヤンキー
日曜日、午前10時。人通りがそれなりに増えはじめたこの時間帯。
とある街の一角で、ザワザワと、普段滅多に起こらないざわめきが起こる。別に何か事件が起きた訳でも無ければ、ジャ〇ーズ事務所所属の有名アイドルが偶々テレビ撮影の為に訪れていた訳でもない。
しかし、そんな注目を集める様な出来事と同等かそれ以上のざわめきが街の一角で起こり、そして徐々に広まっていた。
原因はいったい何か。それを示すかの様に、人々の視線はある一点を向き、固定されている。
ある者は魅了の魔法でも掛けられたかの様に、
「……なにあの子達」
「……え、綺麗──」
と顔を赤くしながらボーッと見つめ、ある者は、
「うわ……やばっ!」
「ねぇ、写真!」
「うん……ってあれ、写らん!」
「いや、そんなわけ! ってあれ!?」
と興奮した様子で騒ぎ立て、またある者は、
「おい、お前告って来いよ」
「いや、無理だろ。絶対相手にされないわ」
「……ん? なぁ、あの黒髪の──」
「は? 何であんな冴えない奴があん中に?」
と言った後、親でも殺されたかの様な苦々しい視線を向けている。
そんな性質の異なる様々な視線。
向けられた方はたまったもんじゃないその視線の先には、1人の取り立てて特徴の無い青年と、彼の周囲を歩くトップモデルやトップアイドルでさえも真っ青な5人の超絶美少女と美幼女の姿があった。──桔梗と異世界からやってきた少女達である。
……と。そんな視線に晒されながら、桔梗がげんなりした様子で、
「流石に視線が凄いなぁ」
と声を漏らす。
勿論、少なくない視線を受ける事はある程度想定していた。が、どうやら無意識のうちに、視線の質や量を異世界基準で考えてしまっていたようで。現在向けられる視線の量は正直想定以上であった。
因みに、少女達には認識阻害の魔法を掛けており、例えばシアの頭でピョコピョコと動いている狼耳や、ラティアナの背に生えている羽は地球人には見えなくなっている。しかし髪色はそのままな為、否応にも目立ってしまう。
髪色も変えられれば多少は注目されなくなるかもしれないが、魔力は使用量を増せば増すほど可視化してしまう為、周囲に知覚されない様に全身の変装を行いながら数時間行動をするのは不可能な事から、やむを得ず髪色は変えずにいるのだ。
それに今後少女達が家に篭って生活する訳にはいかない以上、仮に魔法で髪色を変えたとしてもそれを続けるのにも限界はあるだろうし、どうしても今回の様な視線は向けられるものとして慣れる必要があると考えたのである。
「まぁ仕方が無いわよ。この子達目立つし」
桔梗の隣を歩く彩姫が言う。
……その『この子達』に自分は含まれてないんだろうな。
皆と同等の美貌を持ち、少なくない視線を向けられているのにもかかわらず、まるで気付いていない様子の彩姫に桔梗は苦笑いを浮かべた。
因みに彩姫の言う『この子達』はというと、周囲の視線以上に異世界の街並みに興味があるのか、桔梗の前で目を輝かせながらキョロキョロと周囲を見回している。流石大物である。
「ごしゅじんたま! あれなーに?」
そんな『この子達』の中で唯一の幼女ラティアナが、桔梗に肩車されたまま問う。
「ん? あぁ、あれはね、自動販売機って言ってね、色々な飲み物が買えるんだよ」
「じどうばんばんきー?」
「はんばいき」
「はんばいき」
「そそ」
流石ラティアナ、覚えが早い。最早この言葉は制したとばかりに、頭上で「じどうはんばいき〜♪」と楽しそうに唱えている。
そんなラティアナや、楽しそうに前を歩く3人の姿を微笑ましく思いながら歩いていると、ここで何やらニヤニヤしながら近づいてくるいかにもなヤンキー3人の姿が目に入る。
その様子に「あー面倒なやつだ」と異世界の経験から思いつつも、何も出来ないのでとりあえずそのまま進むと、道を塞ぐ様に3人のヤンキーが立つ。
少女達の足が止まる。
「桔梗……」
彩姫が桔梗の服の裾をキュッと握る。そんな弱気な彩姫とは裏腹に先頭を歩く3人のうちの1人、シアが面倒臭そうに半目を作る。
「何か用っすか?」
「っすか? だってよ。キャラつえー」
「てか、近くで見るとやべぇな!」
「なーやべぇw」
想定外の口調に、ヤンキー達がコソコソと話す。シアが再度口を開く。
「用が無いなら通して欲しいっす」
「いやー用はある、あるから」
言って、リーダーだろうか、最もガタイの良い男が一歩歩を進めると、
「なぁ嬢ちゃん達。こんなしょうもない男じゃなくてさ、俺らと遊ぼうぜ」
「そーそー」
「おれらといっしょの方が絶対に楽しいぜw」
少女達の視線が鋭くなり、その迫力にヤンキー達は少々びびる。が、恐怖よりも少女達の魅力が勝ったようで、
「ひゃーこっわ。……ぞくっとしたわー」
「……でもこのぞくぞくが堪らないみたいな?」
「違いねぇw」
とコソコソと話しながら、再び下卑た目を向ける。そんなヤンキーの視線に、シア同様一切の恐怖も感じていないのか、ルミアは一歩前へと出ると、
「申し訳ございませんが……お断りさせていただきますわ。私達、今桔梗様とデート中ですの」
「……様?」「……ですの?」「え、デート?」
ヤンキーな下っ端らしき2人がルミアの浮世離れした様子と口調に再び驚愕し、デートだとは思っていなかった桔梗が目を丸くする。
そんな中、リーダーらしき男がルミアの言葉に訳がわからないとばかりに口をポカンと開けた後、
「は、デート? こんな美少女達が、このさえない男と?」
「いや、ありえないだろw」
「な、不釣り合いにも程があるw」
ヤンキー達の声に、更に少女達の怒気が強くなる。ヤンキーはその迫力に再びビクッとした後、
「そ、そんな怒らないでさ、とにかくなぁ……いいじゃねぇかよ。少しだけ、少しだけだからさ、俺たちと遊ぼうぜ?」
「……しつこい」
「しつこいですわ」
「そんだけ仲良くなりてぇって事よ。……ほら、行こうぜ」
言ってニヤニヤしながら近づき、1番前に居るシアに手を伸ばすヤンキー。それにも関わらず一切動かないシア。ザワザワと先程までとは違うざわめきを上げる街の人々。
ヤンキーの手がシアに触れる──その瞬間、音もなく2人の間に割り込んだ桔梗がその手を掴んだ。
「…………は?」
ヤンキーは目を瞬かせ、思わず声を漏らす。
しかしすぐに気を持ち直すと、
「……んっだよ邪魔すんじゃねぇ! ぶっ飛ばすぞ!」
と言って睨みつけるヤンキー。しかし桔梗に一切怯えは無い。その様を不気味に思うヤンキー。そんな彼に、桔梗はそのまま一歩踏み出すと遠慮がちな笑顔を浮かべて、
「すみません──どいてくれませんか?」
「「「…………ッ!?!?」」」
桔梗の言葉が届いた瞬間、ヤンキー達の身体をぞくりと寒気が襲う。
と同時にヤンキー達は20年弱生きてきて初めて本能的に理解する。
──ああ、これには敵わない。絶対に逆らわない方が良い。
……と。ヤンキー達は怯えを含んだ視線を桔梗に向けると、
「そ、そういや用事があったんだった。ほ、ほら行こうぜ」
「ああ」
「おう」
と言って逃げるようにその場を離れていく。
訪れる静寂。
そんな中で、桔梗はため息を着くとあまりにも多いようなら対策を練らないとなと思うのであった。