1-14 彩姫、突然のお泊まり回
何故か彩姫が泊まることになった。
いや、別に問題は無い。既に4人の少女と住んでいるのだ。1人増えた所で影響は殆ど無い。また、異世界に居た時、同じ家に住んでいた事を考えれば、彩姫と同じ屋根の下で夜を明かすのはある意味では日常であり、一切の抵抗感も無いと言える。
しかし──
彩姫母に挨拶を済ませた後、桔梗達は沙織の送迎で家へと向かった。
そして到着と同時に沙織にお礼を言い、少女達が次々と家へ入っていく。
そんな中、彩姫はと言うと、少々緊張した面持ちで家の前でもじもじしていた。因みに現在の彼女の服装はドレスでは無く、非常にカジュアルなものへと変わっている。
そんな彩姫の視線が向く中、最後に車から降りた桔梗も少女達と同様に沙織へとお礼を言う。その後、家に入ろうとした所で──突然沙織に呼び止められた。
「あ、そうでした桔梗様」
「……え? あ、はいどうしました」
ちょいちょいと手招きする沙織に近づく桔梗。
こんな時に呼び止めるとは、何か大事な事だろうか……。
なんて思う桔梗の前で、沙織はポケットへと手を突っ込むと何かを取り出す。そして「こちらをどうぞ」と言うと、それを桔梗へと差し出す。
「何ですか、これ」
桔梗が開いた手を近づけると、沙織はその上でグーにした手を開く。すると桔梗の手の上にビニールで梱包された薄い何かが乗せられる。
桔梗はそれをマジマジと見つめ……驚愕に目を見開く。
これって、コ、コン──
「──って、あんた雇われの身って事覚えてる!?」
言って返そうとするも、それよりも早く、グッとサムズアップをした後足早に去って行く沙織。
それを呆然と見つめながら、
……最早最初の寡黙美人感はゼロだな。
と桔梗は思った後、とりあえず捨てる訳にもいかない為、手のひらのブツをアイテムボックスへと入れた。
「相変わらずね、沙織は」
嵐の様に去っていった沙織に、彩姫は呆れ返った様子で呟く。
その言葉に桔梗は苦笑いを浮かべつつ頷く。
「彩姫の言っていた『ちょっと変な人』の意味が今日1日で分かった気がするよ」
「初日であれを引き出すのは相当よ。……余程あんたに気を許しているのね」
「気に入られる事は特に何もしてないけどね……」
言って桔梗はアハハと笑う。
「「…………」」
唐突に訪れる沈黙。沙織が去り、2人きりになった事で再び緊張を覚えたのか、彩姫は少々赤らんだ顔で、
「……ねぇ、桔梗。入らないの?」
「……うん、入る入る」
そう言うが、桔梗の足は一歩も動かない。
「「…………」」
ドキドキと鼓動を早める2人。
……おかしい。異世界ではラティ達含め同じ家で暮らしていたというのに。……いざ日本で、同級生の女の子……それもクラスの高嶺の花である彩姫を実家に招くとなると、何故か妙に緊張してしまう。それも泊まりなんて……。
──異性の同級生の家に泊まる。
──異性の同級生が家に泊まる。
どちらをとっても、一介の高校生からすれば非常に特別な事である。……たとえその相手が、異世界では同じ家に住んで居た間柄であっても、この何とも言えない胸の高鳴りの度合いは一切変わらない。
固まったまま、動かない2人。まるで時が止まったかのような長い沈黙──
──と、ここで。ガチャリと言うドアの音が響く。
「「…………ッ!」」
ビクッとする2人に、ドアの隙間からヒョコッと顔を出したシアが声を掛けた。
「ご主人、彩姫……入らないんすか?」
「……あぁ、ごめん。入る、入るよ」
シアの言葉で少しだけ平静に戻った2人はうんと頷くと、シアに続き家へと入る。
リビングに向かい、先に入っていた少女達と共に、皆でお菓子を食べたりしながらダラダラとしていると、
「……何だか向こうでの生活を思い出すわね」
「だね」
目の前ではしゃぐ少女達の変わらない姿。その姿を目に収めながら、2人は異世界での日々を思い出す。
……その内に、先程まで抱いていた、緊張というか恥ずかしさみたいなものは自然と薄れていった。
◇
そのままのんびりと過ごし、迎えた夕食。
この日の夕食も昨日と変わらず皆で協力し作成した。
桔梗の中では、おもてなしという事で1人で作るつもりであったのだが、結局異世界の頃の習慣からか、皆自然と手伝ってくれたのである。勿論その中には彩姫の姿もあった。
彩姫は異世界に行く前、花嫁修行の一環として沙織に料理を習っていたようで、その腕前は確かなものであった。……まぁ、その頃は男嫌いという事もあり、花嫁修行とは一切思っておらず、ただ今後1人暮らしをした時の助けになればと思い、習っていたようだが。
因みに、この日のメインはロールキャベツ。向こうの世界で彩姫の大好物であったロイルキャベイツに倣い、桔梗はこれを選んだ。
「ん〜! やっぱり、桔梗の作るご飯が1番ね」
「いただきます」の声の後、早速彩姫はロールキャベツを口にし、満面の笑みを浮かべる。
やはり調味料が多い分、ロイルキャベイツよりも美味しいのか、彩姫の反応がいつもより良い。
彩姫に続くように少女達もぱくりと頬張る。
「……んぐっ!? ……んぅ美味すぎるっす! 流石ご主人っす!」
「おいしー!」
「美味ですわ! 美味ですわ!」
「……桔梗は……神の……料理人」
それぞれ独特な言い回しで褒め言葉をくれる。……うん、嬉しい。
食後の片付けも皆で協力して行う。洗い物については、ルミアとリウがやってくれるという事なので、桔梗はお風呂の準備へと取りかかった。
お風呂を洗い、沸かし、昨日の様に順に入って行く。彩姫が増えた事もあり、昨日よりはごたつくかと思ったが、決してそんな事は無く、みなスムーズに入り終えた。
そして……再びやってくる髪乾かしタイム。昨日の様にみな1列に並んでいるのだが……その列に何故か彩姫もいた。
彩姫へと桔梗が目を向ける。その視線に彩姫は唇を尖らせながら、
「みんなが桔梗に乾かしてもらうと気持ち良いって言うから……気になったのよ」
と言う。……そういう事らしい。
座る少女達の髪を乾かして行き、そしてやってきた彩姫の番。
「……じゃあ、その……お願い」
少し恥ずかしげに言った後、彩姫は俗に言う女の子座りでカーペットの上に座った。
という事で彩姫の番スタートである。
まず髪の絡まりを解く為に、髪に優しく指を通していく。……優しく、優しく、彩姫が痛みを覚える事がない様に。
「……んっ」
その妙な感覚に彩姫は口を結ぶ。
「どうした?」
「……何かこそばゆいわね」
「やめる?」
「……いえ、続けて頂戴」
彩姫の言葉の後、桔梗は再び手ぐしで髪を解していく。
時折彩姫がピクッとなったり、女の子座りのまま内腿を擦ったりするが、桔梗は構わず続ける。
手ぐしが終わったら、次はドライヤーで髪を乾かしたり、くしで髪を解いたりする。
……彩姫は髪が長いから時間がかかるな何て思いながら続ける事十数分。
「はい、終わりだよ」
「……ありがと」
「ん。どうだった?」
「悪くなかったわ」
言って、桔梗に背を向けたまま立ち上がる彩姫。そのまま桔梗から離れる様に数歩歩き……そこへ少女達が群がっていく。
そして、桔梗に聞こえないようにと音声遮断の魔法を使いつつボソボソと呟く様に、
「彩姫、いかがでした?」
「……やばいわね、あれ。癖になりそう」
「……神の……手さばき」
「彩姫も毎日ご主人に乾かしてもらったらどうすか?」
「前向きに検討したくなってる自分が居るわ」
「……ぽかぽか……ぞくぞく……きもちいい……もんね」
「ええ……本当に」
態々音声遮断の魔法まで使いながらコソコソと話す少女達に、桔梗は首を傾げる。
しかし、彼女達を信頼しているのか、桔梗は特に追及する事も無く……眠いのか、ふらふらと宙を漂うラティアナを寝かしつけるべく、彼女を連れ二階へと上がって行った。