第五話 会敵
うう……赫座さんが行ってしまったっス……。対象を捕縛する準備のためとは言え、牛頭と二人だけだと心細い……って言うか不安しかないっス。
ちらり、視線を向けた先には人間に扮した自分の姿を見て笑い転げる牛頭。いっその事、危なくなったら牛頭を突き出して逃げてやろうか。そんな事を考えていると……
「大丈夫だって。やばくなったら俺がちゃんと守ってやるから」
「牛頭……」
何でそんなに男前なんスか。そうっスよね。ビビってる場合じゃないっス。赫座さんだって居るんスから、ウチも戦わないと……
「……ぶはっ!やっぱダメだ……似合わねぇ……!」
あ、やっぱりコイツ、突き出そう。絶対に。
「って言うか、いつまで笑ってんスか!だいたい、戦闘向きの牛頭がちっとも女の子らしく無いからウチが『餌』にされる羽目に……」
「に……い……。憎……いぃ……」
牛頭への文句が溢れ出そうになった瞬間、それは聞こえた。軋むような音、車輪が回る音、それらに混じって聞こえる絞り出すような怨嗟の声。振り向くと、通りの先に明かりが見えた。しかし街灯ではない。ゆらゆらと揺らめく人魂に照らし出されたのは……
「牛……か?」
そう、牛だ。だがその体に生気は無く、なにより皮や肉が無い。つまりは牛の骨格だけが大きな二輪の車を引いている。骨や車体を軋ませながら、それでも力強く一歩を踏み締める様は、生前さぞ優美であったろう事を彷彿とさせるが、今となっては不気味としか言い様がない。
「でっ……出たっス!出たっスよ牛頭!『牛車の亡霊』!」
「見えてるっての。少し冷静になれよ」
冷静?ウチは冷静っスよ!冷静に状況を見た上で、もうすぐそこまで来てるんスよ!
通りの先に居た牛車の速度は意外と速く、既に百メートル先と言う距離に迫っていた。このまま行けば数秒の内に此方へ到達するだろう。
「ほら来たぞ!騒いでる暇はねぇ!走れっ!」
「ひぃいっ!!」
とにかく、出会っちまった物は仕方無いっス。予定通り、赫座さんの待ってる所までコイツを引き付けられれば……
「……っ!馬頭、避けろっ!!」
「……っ?!」
牛頭の声に反応し回避のために横に飛んだのと、自分が居た場所に牛車が落ちてきたのはほぼ同時だった。驚く事に、牛車は跳躍したのだ。その骨格だけの体の何倍も大きく、重い車を引いたまま……。あと一瞬でも回避が間に合わなければ今頃は牛車の下敷きになっていただろう。
「ひ……っ、わぁあっ!」
「おい馬頭!?どこ行くんだよっ!?」
無理無理無理っス!あんなの、赫座さんの所に着く前に潰されるっス!!
牛車が跳んだ。およそありえない事実を目の当たりにした馬頭は、飛び退いた脇道に一目散に走り込んだ。作戦を放棄し、牛頭を置いて逃げ出したのだ。しかし牛車は、人間の恰好をしている馬頭に狙いを定めて追って来る。障害物を跳ね除け、地面を砕き、地響きを立てながら確実に迫って来る。
「何で、こっちに……来るんスかぁあっ!!」
振り返り、苦し紛れに煙幕を投げる。怯み、あるいは見失ってくれる事を願うが、牛車は止まらない。噴煙を纏い、猛々しい雄叫びを上げながら迷いなく大地を踏み締める。そして遂に牛車は馬頭の背後に迫り、その角で射貫かんと振りかぶる。
「ひっ……も、もう……限界……。牛頭……、赫座……さ……」
自身の死を悟り、脳裏に浮かぶのは過去の記憶、走馬灯。牛頭と共に地獄の門番として働いた日々、数え切れない程の極悪人や妖怪を地獄に通した事、赫座と出会った事、さらに……獄卒である自分は死んだら何処へ行くのか、など。色々な記憶や思いが浮かんでは消えていく。
そして……真夜中の街中に、馬頭の悲鳴が響き渡った……。