第一話 獄卒 まかり越す
「これは……面倒な事になりましたね」
誰かに対して言った訳ではないが、目の前の光景に思わず呟いてしまう。此処は、生前に非道の限りを尽くした極悪人ですら泣いて許しを乞う〈あの世〉と言われる場所……つまりは地獄。そんな地獄にたった二つしかない門の入口側……罪を犯した魂が潜る通称・獄門が開け放たれ、警備をしていたハズの門番達が倒れ伏しているのだ。独り言の一つや二つ漏らしたくもなる。
「複数の足跡を見るに、現世に逃げられましたか。閻魔王が何と仰るやら……」
現場検証を済ませたら地獄の責任者『閻魔王』に報告をしに行かなければならない。最近は死者の魂が多過ぎてあまり寝ていないと言っておられた。きっと面倒事を押し付けられに決まっている……嫌だなぁ。
それでも行かない訳にはいかないので、遠巻きに様子を伺っていた獄卒達に門番を任せ、重い足取りで報告に向かう。
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「脱獄犯共を地獄へ送り返してこい、赫座」
ほら来た。『赫』と名の付く獄卒は他にも居るが、『赫座』と言う名は私しか居ない。大方、他の者を呼ぶ時間すら惜しがり目の前に居た私に押し付けたのだろう。私だって暇じゃないんだけど……。
しかし閻魔王の命令は絶対。例え『裸でブレイクダンスしろ』とか言われてもやり遂げなければならない。そう言えば実際にやらされた者が居たな。ブレイクしたのはダンスではなく、彼の心だったが……。
かくして、脱獄衆を捕まえるために現世への出張が決まった。いや……決まってしまった。
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穏やかな風に頬を撫でられ目を開けると、辺りは緑に包まれていた。獄卒や役人が現世に出向く際に使用する『転身の鍵』を使い、現世の山中に転送してもらったのだ。
「ぐぁ……頭痛ぇ……」
「うぷ……気持ち悪……吐きそ……」
三人で。頭を押さえている方は牛頭、口元を押さえている方は馬頭。彼女達は獄門の門番であり、あの時倒れていた者達だ。
話しを聞くに、背後から頭部を殴りつけられたらしく、逃亡者の顔や人数は分からないらしい。門番と言う役職柄、獄内でも頑丈な部類の二人は直ぐに意識を取り戻し、事情聴取の際も元気そうだったので連帯責任と言う形で連れて来た。
「牛頭、馬頭。いつまで寝ているつもりですか。置いて行きますよ?」
初めて現世に来た二人は『転身の鍵』を使うのも初めて。よって転送も初めてなので酔ったらしい。だからと言って甘やかしませんよ?
「あっ!待てよ赫座、こら!」
「赫座さ〜ん!牛頭〜!見知らぬ土地で置いて行かないで……うぷっ……欲しいっスよーっ!」
熱血漢……もとい熱血少女な牛頭は根性で立ち上がり後をついてくる。一方で未だ吐き気と格闘中の馬頭だが、本当に置いて行かれると思ったのか涙目で追ってくる。
こうして、怒声と悲痛な叫び声に囲まれながらも私達の現世出張が始まった。