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両手が空けたら

作者: もなみ

「あらあら。ついに泣いちゃったねー。」


上司の前で嗚咽を漏らしながら泣く私を見て、もうひとりの私がつぶやく。


「もう、止められないねぇ」


(うん、もう止められないよ。いいでしょ?)


「うん、いいよ。じゃあそのまま言いたいこと言っちゃおう。」





・・・





私はいつ退職の話をきりだそうか考えていた。


(すみません、来週中に少しお時間いただけませんか)


この言葉を上司にかけるタイミングを見計らっていた。


この仕事は、自信を持ってやってきた。


自分自身この数年間、かなりスキルが上がっているし、成果も出してきた。


社外からの評価も厚い。





足りないのは、「抑える気持ち」だ。


私は感情が言葉に乗ってしまうらしい。


伝える側として普通に伝えているつもりだ。


怒ってる、気に入らない、理解できない。


そう伝わらないように伝えようとしているのに、言葉に乗って、相手に伝わってしまっているようだ。





(あーまた態度悪いっていわれちゃった。治ってきてると思ったのに。)


(はやく治さないと。はやく評価を上げて、「昇給」するんだ。)





評価のために、会社のために、仕事する。


ちょっとだけ昇給すると、嬉しい。


でも、なんだろう。


この違和感。


給料を上げるため? 昇格するため?









(私は何がしたいんだっけ。)









・・・








他部署と、少しいざこざがあった。


コミュニケーションの不足、相互理解不足によるものだ。


お互い悪かったことがある、と私は思っている。


ただ、決定的に違うのは、向こうのほうが社内の地位が高いということだ。


(何を言うかではなく、誰が言うか、なんだなぁ。)


今までやってきた仕事を、全然理解してもらえなかった。


私は自分の力不足を感じた。








(この会社では、もう上にいけないなぁ。)








・・・





自分を見つめれば見つめるほど、今の会社の私と、本当の私の乖離がはっきりと見えてくる。





「ねぇ、今の仕事楽しい?」


(うん、まー。楽しいよ。)


「私は本当はもっと別のことやりたいんだけど」


(知ってるわ。)


「知ってるなら、自由にやらせてよ」


(だめよ。出来っこないじゃない)


「もー最初から諦めてぇ。そもそも、なんで上に行きたいの? 評価ばっかり気にして」


(だって昇給したらお給料上がるし、高いほうがいいじゃない。)


「なんでそもそも給料上げたいの?」


(なんでって…お金はあったほうが人生豊かになるじゃない)


「人生を豊かにしたいなら、私、やりたいことやったほうがいいと思うけど」


(・・・)


「ねぇ、評価を気にせずに、あなたが純粋にやりたいことは、なに?」








(私は・・・)








・・・





上司が出勤してすぐ、私を呼び出す。


(あ、多分あの件だ)


直感でわかった。


来た質問は、ちょうどよく、私が退職理由を切り出せる内容だった。








(もう、言っちゃおう、今。)








そう考えただけで、涙がこみ上げる。





(なんでこう涙がでるのよ。)


「きっと会社が好きだからだよ。あと、悔しいんだね。」


(もう辞めるって決めたの。好きじゃないわ。)


「いっぱい、我慢してきたんだよ」











(我慢・・・?)











「そう、我慢」








自分をいい子に見せるために、感情に蓋をした。


私に目隠しをした。


私は私を見ないようにしてきた。


それが今、もう、溢れて抑えられない。








「あなたは今、たくさんいいもの、もってるじゃない。目隠しをとって。前に進もうよ。」





(目隠しをとってって…。両手がふさがってるのよ? とれないわ。あなたがとってちょうだい。)





「私はとれない。だからその、両手に持ってる余計なモノ、捨てたら両手が空くわ。」







感情が蓋を押し上げ、溢れ出す。





目隠しをとると、世界は明るかった。






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