【枯れ木】
2017年11月5日(日) 午後4時40分
私達は、あの日起きた事を決して忘れてはいけない。
繰り返してはならない。
多分、あの人達はこんな事が起きても気付けないまま一生を終えるだろう。だけど、私は絶対に忘れない。自分の罪を。
私は市内にある病院の一室へ向かった。
院内は薬品と包帯の匂いが蔓延しており、その臭いにいつになっても慣れない。
私は【232】と書かれたプレートが付いた扉を開ける。
部屋の奥はカーテンで隠されており、そこからは「うーうー」と呻き声に近い音が聞こえる。
「あら、ユズリハちゃん」
若い看護婦が私に気付き声を掛けた。
「どうも……有馬さん。あの、今週の分です」
私は有馬さんに***の着替えが入った紙袋を手渡した。
「毎週毎週ごめんね。今はユズリハちゃんだけよ。お見舞いに来てるのは。***ちゃんのお母さんも全然来ないし……」
「いいんですよ。私が頼んでやってる事なんで。それに***のお母さん、あの子嫌いみたいだし。……***の様子はどうですか?」
私が尋ねると有馬さんは部屋を断絶するカーテンを開けた。
「あー……。ぐうううう。びびび……」
焦点が合っておらず、涎を垂らし、訳の分からない言葉を言いながら***は紙にクレヨンで何かを描いていた。
あの頃の***はもう戻らない。わかっていても私は淡い期待を抱いていた。もうあれから半年経つと言うのに。
***の着替えを毎週持ってくるのは、私にとっての責めてもの贖罪のつもりだが、本人はどう思っているのだろう。
今の***からは何もわからない。
「最近は、***ちゃんはお絵描きがブームみたいね。……でも」
有馬さんは私に、***が描いた絵を一枚見せた。
絵を見た瞬間、私は絶句した。
それは私を含む数十人と思われる、切り取られた首が描かれていた。頭が割られたものや目を抉り出されたもの、中には原型すら留めていないものも複数あった。その中心には両手を広げる仮面を着けた少女が立っている。稚拙な絵ではあったが、その絵は妙に現実味があった。
絵の中の首の数はクラスの人数と同じだった。
「みんな……ころす」
***は全てを呪うような声で呟く。
言葉を話せるまで回復したように到底思えない。恐らく幻聴だろう。でも、私にはそう聞こえた。
私はあの日を思い出した。