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1、私の出立、そして一箱のLARK



 私は荷物を乗せた軽トラに(もた)れ掛かりながら目の前の建物を見た。木造の古びた二階建ての下宿だ。門柱を見れば、相変わらず朽ちそうな木札に"かずい荘"と書かれたものがしがみついている。


 見送りに、と出てきてくれた大家の婆さまにはこれからも健康でいて欲しいものだ。挨拶は先日済ませたが、やはりどこか名残惜しいものはある。


「餞別なんちゅうもんはやれんが、部屋に残っとったで、これ持っていけ」


「婆さま、こりゃもう湿気(しけ)てるでしょう」


 それでも私は笑いながらそれを受け取った。よく見覚えのある未開封のタバコを受け取り、LARKと書かれたその赤いパッケージをしばし見つめる。


「神棚にでも置いておきましょうかね」


「大仰、大仰。途中のドライブインででも捨てちまいな」


 私と婆さまは笑いあった。たかが家移りに、涙の別れなどいらない。これでいいのだ。「それでは」と軽く挨拶をして私は軽トラに乗り、自らの住処であった下宿を後にした。



   ○   ○   ○



 新天地へ向かう私は、どこか現実味がない感覚を覚えていた。車のダッシュボードには、先ほど婆さまから貰ったLARKの箱が置いてある。

 それがふと目に入った私の脳裏に、今しがた別れを告げてきたばかりの下宿での思い出があれこれと浮かんできた。その大半が、奇妙奇天烈な住人と共に過ごした阿呆のような思い出である。


「阿呆だったなあ、あの人は。私もだけれど」


 LARKを吸っていたその人物は、大物なのか阿呆なのかよく分からない人物だった。周りからは師匠、先生などと呼ばれていたこともあったが、果たして見れば私はあの怪人の名前すら知らない。詳しい年齢も知らない。同年代のようでもあったし、それなりに年を重ねた人物のようにも見えた。

 十年近くもの長い間、あの下宿で過ごしていたのに可笑しな事だ。だがそれでこそあの怪人たると私は思い、長い移動の暇つぶしにとばかりに今までの出来事を振り返ってみることにした。


 私が下宿にたどり着いた日は、今からおよそ十年前だった。

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