いつかのあの日のフォークソング
9月の終わりの夕方、川辺に吹く風は、近づく秋の気配をいち早く運んで来る。
川のせせらぎと、風に擦れる草葉の音。
そして、彼がアコースティックギターで奏でるメロディ。
高音が少し辛そうな彼の歌は、相変わらずだ。
上手なギターと不釣り合いで、でも、それが好きだった。
演奏が終わり、私は彼に小さく拍手を送った。そうしなくてはいけないなんてことはないのに、初めて聴いた時からずっと変わらない習慣になっていた。
彼が楽譜をめくり、次の曲を探す。
選んだのは、70年代のフォークソングだった。
私も彼も生まれる前の曲だけれど、彼はそういう昔の曲を好んで弾いていた。そしてどういうわけか、それらは私の好きな曲ばかりでもあった。
弦を押さえる彼の指は、男の人にしては細くて長い。
きれいなギターの音と、調子外れな彼の歌声に合わせて、私も一緒に口ずさむ。
こうして川の土手に腰を下ろし、彼のギターを聴くのは、あとどれくらいだろう。
10月に入って大学の授業が始まれば、二人ともこんな風にしょっちゅうここへは来られなくなる。秋が深まって、どんどん気温が下がって、冬が来て雪が降ってしまったら、もう無理だ。
それに、来春には彼も私も卒業し、私はここを離れることになる。
『なごり雪』、『いちご白書をもう一度』、『心の旅』、『卒業写真』、『妹』……。
物悲しいギターの音色が、ゆるやかな川の流れに溶けてゆく。
歌いながら、彼は誰かを想っているのだろうか。
でもそれはきっと、隣にいる私じゃない誰かだ。
夕暮れの空では、沈みかけの太陽がオレンジと紫のグラデーションを作っていた。対岸の遊歩道を散歩する人の影も、景色の中に輪郭を滲ませ始めている。どこからか、夕食の時間が近づき家へと駆けてゆく子供たちの声がした。
「そろそろ、帰ろうかな」
ぽつりと、彼が言った。楽譜がよく見えなくなったら、タイムリミット。いつもそうだった。
「うん。じゃあね」
「じゃあ」
いつもと同じ、素っ気ないくらいの別れの挨拶。
次の約束はしない。それも私たちの習わしだった。
土手を上り、それぞれ別の方向へ歩き出す。
帰り道、彼の奏でる悲しい旋律が、いつまでも耳に残っていた。
彼が最後に弾いた、『22才の別れ』。
また、会える?
飲み込んだ言葉が、喉の奥に詰まったままズキリと痛む。
痛みを堪えて顔を上げると、藍色に変わった空に一番星が姿を現していた。
言えなかった言葉の代わりに、光る星にそっと祈る。
明日もどうか、晴れますように。




