表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

いつかのあの日のフォークソング

作者: 榛李梓
掲載日:2017/01/21

 9月の終わりの夕方、川辺に吹く風は、近づく秋の気配をいち早く運んで来る。

 川のせせらぎと、風に擦れる草葉の音。

 そして、彼がアコースティックギターで奏でるメロディ。

 高音が少し辛そうな彼の歌は、相変わらずだ。

 上手なギターと不釣り合いで、でも、それが好きだった。



 演奏が終わり、私は彼に小さく拍手を送った。そうしなくてはいけないなんてことはないのに、初めて聴いた時からずっと変わらない習慣になっていた。

 彼が楽譜をめくり、次の曲を探す。

 選んだのは、70年代のフォークソングだった。

 私も彼も生まれる前の曲だけれど、彼はそういう昔の曲を好んで弾いていた。そしてどういうわけか、それらは私の好きな曲ばかりでもあった。


 弦を押さえる彼の指は、男の人にしては細くて長い。 

 きれいなギターの音と、調子外れな彼の歌声に合わせて、私も一緒に口ずさむ。

 こうして川の土手に腰を下ろし、彼のギターを聴くのは、あとどれくらいだろう。


 10月に入って大学の授業が始まれば、二人ともこんな風にしょっちゅうここへは来られなくなる。秋が深まって、どんどん気温が下がって、冬が来て雪が降ってしまったら、もう無理だ。

 それに、来春には彼も私も卒業し、私はここを離れることになる。



 『なごり雪』、『いちご白書をもう一度』、『心の旅』、『卒業写真』、『妹』……。

 物悲しいギターの音色が、ゆるやかな川の流れに溶けてゆく。


 歌いながら、彼は誰かを想っているのだろうか。

 でもそれはきっと、隣にいる私じゃない誰かだ。



 夕暮れの空では、沈みかけの太陽がオレンジと紫のグラデーションを作っていた。対岸の遊歩道を散歩する人の影も、景色の中に輪郭を滲ませ始めている。どこからか、夕食の時間が近づき家へと駆けてゆく子供たちの声がした。



「そろそろ、帰ろうかな」


 ぽつりと、彼が言った。楽譜がよく見えなくなったら、タイムリミット。いつもそうだった。


「うん。じゃあね」

「じゃあ」


 いつもと同じ、素っ気ないくらいの別れの挨拶。

 次の約束はしない。それも私たちの習わしだった。

 土手を上り、それぞれ別の方向へ歩き出す。



 帰り道、彼の奏でる悲しい旋律が、いつまでも耳に残っていた。

 彼が最後に弾いた、『22才の別れ』。



 また、会える?



 飲み込んだ言葉が、喉の奥に詰まったままズキリと痛む。

 痛みを堪えて顔を上げると、藍色に変わった空に一番星が姿を現していた。


 言えなかった言葉の代わりに、光る星にそっと祈る。


 明日もどうか、晴れますように。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] フォークソングって歌詞が大切なのは判りますが、メロディーも同じくらい大切ですよね。いや、どちらかというとメロディーの方が上かもしれません。だって、歌詞カードだけを読んでもあの歌の半分も心を動…
[一言] 初めまして。 素晴らしいと思いました。とくに夕暮れの情景の描きかたが素晴らしく、何度も読みたくなる文章です。 ありがとうございました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ