〜エピローグ〜
ーーーあの狂ったゲームから三年………。
未だに心の中には、当時の惨状が焼き付いている。それはまるで肌を焦がす焼印を押されたように消すことができず、いつまでも、いつまでも癒えることなく刻まれ続けるのだろう。とは言ってもあの日から、再び日常という歯車は回り出した。軋み音を上げることなく、止まることなく、表面上だけの平常を装い続ける。
……しかし、もう知ってしまったのだ。
手を繋いで笑顔を絶やさない親子に、隣同士で照れながら歩くカップル。忙しなく行き交うサラリーマンに、ランドセルを背負って無邪気にはしゃぐ小学生。上司の愚痴を言い合いながら闊歩するOLに、ただする事もなくベンチに座って酒を煽るホームレス。その全員が知らない、この上手く演じられた平和の裏側を。
次にプレイヤーとして選ばれるのはその親子のどちらかかも知れないし、カップルのどちらかかも知れない。知らぬ顔をしているサラリーマンかも知れないし、それこそ当時の海音のように小さな子供かも知れない。誰にだって可能性があり、誰にだって逃れられない運命がある。本当ならば、三年前にこのような可能性は打ち砕いておきたかった。正真正銘の平和なんてないのかも知れない。それでも、あの争奪戦を続行不可に追い込めば、もっと違う未来があったのかも知れない。
………。
裕仁は首を振って踵を返すと、人混みで溢れかえる街の中へと紛れていった。
「あ、裕仁おかえりー!」
裕仁が自宅に帰ると、部屋の奥から明るい声が響いた。だがそれは可笑しな話だ。裕仁は相変わらず一人暮らしであり、本来ならば室内から声などする筈がない。しかしそのような異常事態に対し、驚く事に飽きてしまった。
裕仁は深くため息を零すと、ワンルームの扉を開けた。そして室内でクッションを独占し、くつろいでいる一人の女性を睨みつけた。
「……あら、お帰りなさい。今日は随分と早かったのね。」
彼女は裕仁を一度ちらりと見るなり、適当な挨拶をして意識をテレビに戻した。三年経っても、この図々しい態度はどうにもならない。寧ろ、更に酷くなったような気がしてならない。
「雪乃……お前なぁ、いい加減人の家に勝手に上り込むのはやめろ。電気代も勿体無いだろ。」
「キーロック解除の番号を変えない裕仁が悪いのよ。」
「だからと言って自由に入っていいわけじゃねぇよ。」
雪乃は裕仁の小言を軽く受け流すと、チャンネルをひらひらと振った。彼女は三年前と比べると更に大人びた雰囲気になった。腰ほどまであった長い髪は、肩に当たるか当たらないか程度までばっさりとカットしており、軽いウェーブがかかっている。彼女も多少のお洒落と化粧を覚えたようだ。雪乃と裕仁は結局高校を卒業後、同じ大学へと進学してそのままの関係が続いている。
……早くくっついちゃえばいいのに、と海音は毎度のように揶揄うが、雪乃も裕仁も軽く受け流していた。
「私もお邪魔してまーす。」
そう言ってベッドを占領しているのが、高校生になった海音だ。泣き言を言いながらも何とか第1志望の高校に合格し、今では立派な女子高生だ。ツインテールは子供っぽいという理由で、今は髪を一つに束ねてポニーテールにしている。ツインテールも見慣れていたのだが、ポニーテールもまた新鮮な感じがして悪くなかった。
「そーいや涼太にーちゃんは来ないの?」
海音は足をぱたぱたさせながら、雪乃に無気力に問いかけた。雪乃は机の上に置かれたスマートフォンに手をとると、何かを確認した後に再び机に置いた。
「呼んだんだけどね、仕事が忙しいんだってさ。だから今日は来れないって。」
涼太は大学を卒業後、髪を黒に染め直して有名な一流企業に就職したようだ。元々学業の成績は良く、単位も余裕を持って取っていたようだ。人は見かけによらないな、と裕仁は感じていた。しかし問題はそこではない。
「……何? お前ら涼太までここに呼ぼうとしてたの? 家主の断りもなく?」
まさに裕仁の部屋は無法地帯……彼女達の自由に使用可能な別荘のような存在となっていた。溜息を零す裕仁に対し、雪乃はへらへらと笑って
「別に、今更でしょ?」
と軽い口調で言った。そして彼女は見たい番組が終わったからか、その場から立ち上がる。そして裕仁の横を通り過ぎて、キッチンの方へと歩いて行く。
「まぁ、いいでしょ? 今日はあんたが好きなカレーでも作ってあげるから。」
雪乃は少し微笑むと、彼女がここへ来る前に買っていたであろうスーパーの袋から野菜類を取り出した。なんだかんだ言いつつも拒絶しないのは、雪乃のこういった部分が嫌いではないからなのかもしれない……素直には言えないが、彼女のいる空間が心地よく感じてしまうのだろう。
「ちゃんと海音の分まで作るから、今日はみんなでここで夜ご飯食べちゃいましょ。」
海音はベッドから飛び起きると、目を輝かせて喜んだ。海音は雪乃の作る料理に弱い。確かに美味しい事に間違いはないが、裕仁は何度か海音に好物を作ってあげると囁いて、言う事を聞かせていたのを知っている。まさか手料理にそのような使用方法があるとは、裕仁には思いつきもしなかった。
「いいの⁉︎」
雪乃はまるで子供をあやすように笑みを浮かべると、走り寄って来る海音にピーラーを手渡した。
「その代わり、お手伝いしてね。」
海音は明からさまに面倒そうな表情を浮かべたが、仕方なさそうに人参、ジャガイモ、とピーラーで皮を無心で剥いていった。
……まぁ、賑やかなのも悪くはないな。
この喧騒に慣れてしまうと、次は一人が寂しく感じてしまうものだ。楽しそうな会話が聞こえ、近くに必ず誰かがいてくれる。そしてその人は裕仁を支えてくれて、裕仁はその人を支える。そんな関係は生きていく中で滅多に出会えない、運命のようなもの………そう思った裕仁は二人の立つキッチンへ向かい、
「俺も何か手伝おうか?」
と声をかけた。雪乃はフライパンを片手にしながら
「裕仁は今日フルコマな上にサークルだったんでしょ? 絶対に疲れてるんだから、休んでおきなさい。」
と妙に優しい言葉を投げかけた。何か企んでいるのか、と一瞬思考を巡らせてしまうほどに珍しい。いわゆるレアな発言だ。普段ならば「そこの食器を取って」や「その調味料を貸して」などとコキ使われるのだが……。
「そーだそーだ、裕仁はゆっくりしてて。私達がとびきり美味いカレー作ってあげるから!」
と妙に張り切る海音を見て、裕仁はお言葉に甘えさせてもらう事にした。きっとお手伝いは海音一人で十分なのだろう。
キッチンからはいい香りと、愉快な鼻唄が聞こえて来る。それから暫くすると、綺麗に盛られたカレーが三人では狭いテーブルへと運ばれて来る。
「ほら、出来たわよ。」
雪乃は裕仁の目の前に、他の二人よりも少し多めに盛り付けたカレーを置いた。そして三人分のカレーを運んだ後、海音はぱたぱたと忙しなくコップとお茶、スプーンを用意した。
「一人暮らしで不健康な裕仁のために、野菜はたっぷり多めだよー。」
海音は揶揄うように言いながら、裕仁にスプーンを手渡す。お礼を言いつつ受け取ると、みんなで小さな円テーブルを囲って座った。
「それじゃあ、いただきます!」
そんな彼女たちの無邪気な声は、雰囲気と心を暖かくなものにしてくれる。裕仁も自然と笑顔を零しながら、手と手を合わせた。
「いただきます。」
・・・
楽しい時間の経過というのは早いもので、すっかり外は夜となっていた。海音はまだ高校生ということもあり、一足先に自宅の方へと帰って行った。本当は送った方がいいのだが、「いつまでも子供扱いしないで」と怒られてしまった。こういう場合、どう返せばいいのかが分からないのが難点だ。
なので、部屋に居残ったは雪乃だけとなった。
「お前は帰らなくてもいいのか?」
裕仁は冷蔵庫から缶ビールを二本取り出すと、グラスと一緒にテーブルへ置いた。この質問はまぁ、答えが分かりきっている。
「まぁ、私も大学に入ってから一人暮らしだし。別に帰らなくたって大丈夫よ。」
そう言うだろうと思った、と裕仁はクッションの上に座ると、ビールのステイオンタブを開けた。炭酸の心地よい音が耳を癒す。グラスに注いだ時に泡立つ感覚は、大人になったという優越感というものを引き立ててくれる。お酒は子供の頃の憧れだった。それが今では、法に触れることなく飲める年齢となった。それは少し嬉しいような、寂しいような。
「……ここからは、大人の時間ね。」
雪乃もビールをグラスに注ぐと、溢れそうになる泡を急いで飲んだ。
「……もう、そろそろじゃない?」
雪乃は少し遠い目をしながら呟いた。
「……あぁ、そうだな。」
裕仁もまた酒を喉へと流し込みながら、力なく言葉を零した。そう、悪夢の再来は間近まで迫っている。
雪乃の話によれば、この宝石争奪戦は“三年ごと”に行われている可能性が高いという。この三年の間、何もせずに過ごしてきたわけではない。運営の目的などはまだ一切不明だが、このゲームをこのまま野放しにしておくわけにはいかない。この宝石争奪戦を潰す。その目標は、未だに変わってはいないのだ。
今度こそ………。
裕仁はグラスを持って立ち上がると、窓の元へと移動した。そして外を眺めながら、静かに決意した。そして雪乃もまた裕仁の隣に並んで窓の外を眺める。二人の目指す場所は、同じ未来にあるのだ。
「今回こそ、この巫山戯たゲームに終止符を打つ。」
雪乃は何度か裕仁の肩を叩いた。そして心配の感情を多分に含んだ囁き声で、
「……それでも、無茶はしないでね。」
と言葉を漏らした。彼女もまたこのゲームで友人を失った被害者だ。当然、裕仁がこのゲームによって命を落とすようなことがあれば、彼女を悲しませることになるだろう。
「……大丈夫、お前を置いてどっかに消えたりはしねぇよ。」
暫く、二人の間には無言の沈黙が訪れる。それでも、不快や気不味さはなかった。自然と心が通じ合う、そのような心地の良い沈黙が長らく続いた。裕仁はグラスを口元に近付けて傾ける。しかし気がつけば、グラスの中身はすでに空となっていた。
・・・
ーーー数日後。
裕仁が大学から帰宅すると、机の上に見覚えのない箱が置かれていることに気が付いた。
それは粗雑なダンボールなどではなく、漆塗りのような高級感の漂う箱だった。
……ついに来たか。
悪夢の到来だ。裕仁は箱の蓋を躊躇う事なく開け、中から封筒を取り出した。相変わらず綺麗な紋様の便箋に、嫌気がさす。大体この手紙の内容も想像がつく。それでも、仕方なく裕仁は封筒の中に入っていた手紙を開いた。
その内容は、裕仁の思っていた通りのものだった。
ーーー藍浦 裕仁様
貴方は前回のゲームの優勝者特典とし、今回のゲームにおいても“挑戦者”として選ばれました。
貴方の手元にはこの手紙と共に、一つの宝石が届いていることだと思います。
決して発送ミスなどでは御座いません。
その宝石は間違いなく貴方に与えられた物です。
貴方を含めた十二人の挑戦者は現在、一人一つずつ宝石を所持している状態です。
さて、ここからが本題です。
【十二人で宝石を奪い合ってください。】
裕仁は手紙を力強く握り潰すと、鋭い目つきで箱を睨みつけた。
今度こそはーーーーー。
そして裕仁は、配られた一つの“宝石”に手を伸ばした。
どうも皆さま。
まずはここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
しかし、ご覧の通り………
まだ終わりません‼︎(失踪すれば話は別ですが。)
実はですね……この『12個の宝石』はただのプロローグ的な存在です。通りで、まだ回収していない謎もあるでしょう?
と言うわけで、設定集、残っている謎などをまとめたモノも同時に投稿したいと思います。そして、この続きが開始されるまでもうしばらくお待ち下さい。恐らく、『異世界旅行部』を先に完結させてから投稿を始めようかと思います。
そして申し訳ありませんが、週一での投稿は難しくなるかと思います。
それでは、これからもどうかよろしくお願いいたします。




