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7話『ツインテールの少女』

《ペリドット》



コーヒーをしばき始めて、既に一時間が経過しようとしていた。


雪乃の言う他の宝石所持者は一向に現れる事なく、何杯目かのカップ中も既に干魃状態にあった。暇を潰そうにも、暇を潰す遊びも道具もその場に無い。もはや惰性でその場に座り続け、何の意味もない雑談に花を咲かすだけだった。いや、雑草のように生やし続けた。


「やっぱり、プレイヤーなんてなかなか見つからねぇって。たったの12人なんだぜ?」


裕仁は気怠げに椅子の背に凭れると、軽く伸びをしながら呻いた。この世界には何人の人が寄り合って生きていると思ってるんだ。この国だけでざっと一億超えだ。この街に限定したとしてもその人口は数万を悠に超える。その中から裕仁達が見つけ出すべき人間は、自分たちを除いてたったの十人だ。そんなの見つけられるはずがない、と裕仁は心の中で喚くように不平を漏らし続けた。しかし実際に声に出せば、目の前にいる彼女に何をされるか分かったものではない。限界まで耳を引っ張られるのは確定事項だ。


雪乃は裕仁の顔を見つめながら、頬杖をついて溜息を吐いた。


「……いいえ、そうとも限らないわ。私と貴方が交戦したのはゲーム開始の初日。それはきっと偶然ではない。」


まるで心を呼んだかのような返答に、裕仁は身震いする。何やら恐ろしいものの片鱗を味わった気分だ。そのような反応を見て、彼女は少し口角を緩めながら口を開く。


「顔に書いてあるわよ。油性マジックくらいの濃さで。」


「そんなに⁉︎」


裕仁は反射的に雪乃の言葉に反応していた。それから自分自身を落ち着かせるように一息置いて、咳払いをする。そしてあたかも冷静であるといったような面持ちで、話を本題へと戻した。


「偶然じゃないって、どういう事だ?」


裕仁は毎度のように、雪乃の言った言葉を聞き返している。だが、こればかりは仕方がない。分からないものは分からないのだ。裕仁の目よりも、遥かに雪乃の目には見えているものが多いのだろう。


「簡単な話よ。運営は私達に『殺し合い』をさせたい。そんな物騒な目的があるのに、わざわざバラけた場所にプレイヤーを配置するかしら? ならば、敵はなるべく一定の地域付近に設置した方が戦闘は勃発しやすい。そして殺意の波は次々と連鎖するように誘発していく…。運営は晴れてハッピーという事よ。」


裕仁は成る程ね、と呟いて駅の方を向いた。確かに、その理論は理に適っている。殺し合いをさせたいと言うのに、態々北は北海道、南は沖縄といったように駒を配置しないだろう。もし仮にそうであったならば、生涯をかけてもプレイヤーと遭遇する可能性は非常に低い。寧ろ殆どゼロだ。


「要するに、宝石はなるべく一箇所の地域に固まって配布されてるって訳だな。」


雪乃は小さく頷き、コーヒーカップを傾けた。しかしそのコーヒーカップも中身は空っぽとなっていた。彼女は何処か思いつめたような表情で、そのカップを眺めていた。そして、彼女は消えゆくような小さな声で呟きを残す。


「最悪の場合プレイヤーの中には、戦争を加速させる“運営の手先”がいるかもしれないわね。」







ーー太陽も遂に天蓋の頂点に登り、駅前広場の時計は2時を回った。


駅からは再び堰を切ったように人が流れに流れ、留まることなく溢れ出てくる。その様を見てアリの巣を思い浮かべたが、少し気味が悪くなって頭を振る。この辺りは、一応立派な都会だ。しかしまぁ、本当に一応なのだ。地方の若者達にとってこの街は近場であり、そして娯楽施設の多い都市なのだろう。人波も眺めてみれば二十代前後の人が大半だった。休日だからか、家族連れも多く見かけた。小さな子供が両親と手を繋いで顔に笑顔を浮かべている様子は、見ているこちらの心も温まるものだった。


そのような人波の中、裕仁は一人の少女に目が止まった。年齢は恐らく小学校高学年から中学生の間であろうか。そんな子がたった一人で人の波を掻き分けるでもなく逆らうでもなく、ただ突き刺さった杭のように立っていた。その様はまるで荒波を堰き止める事も敵わない、小さな岩礁のようだった。


「さっきから何ジロジロあの子を見てんのよ。もしかしてあなたってそういう系なのかしら?」


雪乃は粘り気のある視線をこちらに向けながら、揶揄うように裕仁に問いかけた。


「……なんだよそういう系って。ただ、あんな小さい子がたった一人で立ち竦んでるなんてな。何かあったんじゃないか……と思っただけだ。」


あーはいはい。といったように、雪乃は手をひらひらさせて裕仁の弁解を受け流した。しかしどうやら雪乃もその少女が気になるようで、目で追っているようであった。


「そうね。迷子かも知れないわね。」


そう言いながら二人は不自然に佇む少女を、これまた不審者のような目つきで見つめていた。少女は辺りを見回すような素振りを見せながらも、その場から動こうとはしない。誰かを待っているのかとも思ったが、時間を気にする素振りが無いあたり違うのかもしれない。


暫くして人波は綺麗に去り、少女一人がその場に取り残された。何をするでもなく、目的もなく少女はそこに囚われたように佇んでいた。そして少女は何かを探しているのか、一度くるりと辺りを見回した。その際、少女のツインテールと掛けていた首飾りがふわりと揺れた。遠くからではっきりと確認できなかったが、その首飾りは彼女の髪色と同様に鮮やかな蒼であった。お洒落に気を使うあたり、やはり中学生だろうか。


そんな事を裕仁が考えていた時、雪乃は椅子を後ろへ倒しそうな勢いで席を立ち上がった。


「……ビンゴ!」


それだけ言い残すと、雪乃は裕仁を置いて足早に店から出て行った。あまりにも矢庭な行動に、裕仁にはその言葉の意図がさっぱり分からなかった。


「お……おい? ちょっと待て。ビンゴってどういう意味だ?」


そう聞いた時には既に、彼女は少女の方へと向かって歩き出していた。一体何なんだよ、と裕仁は頭を抱える。そしてふと、テーブルの上へと視界をやる。



するとそこには雪乃の代わりに、支払いシートが机の上に大人しく鎮座していた。






《ガーネット》



確かに見えた。


恐らく……いや、確実だ。

この目は間違いなく“それ”を捕らえた。


あの糸切れた人形のように惚けて立っていた少女の、首から掛けられたネックレス。


透き通るようで、底が見えないような深い蒼。

深海のような濃紺を揺らめかせ、日の光を気まぐれに反射させる。あのような神秘的な彩度と輝度は中々お目にかかれない。


そう、あれは間違いなく『宝石』だ。


涙型……『ペンデローク・カット』をされている蒼色の宝石だ。もちろんそれは、彼女の自前かもしれない。しかし、その可能性は宇宙人が攻めてくると言うような未曾有の大事件が発生する確率と同レベルだろう。そのような代物を十代程度の少女が手にしているなど滅多にない。何処ぞの大金持ちの愛娘でない限り、本物の宝石のネックレスなどそう所持しているものではないだろう。


それに彼女のファッションは、肩出しのTシャツにショートパンツ。そして縞模様のソックスにハイカットのスニーカー。手には毛並みの整った小さなテディベアを抱えている。


服装から見て、お世辞にも大富豪の跡取り娘とは思えなかった。一般家庭で生まれ、一般家庭で育ち、一般家庭で暮らしているごく普通の少女だろう。


ならば選択肢は一つに絞られる。


あの宝石はきっと受け取ったのだ。

誰からか、など簡単に想像がつく。



ーー運営から受け取ったのだ。



雪乃は真っ直ぐに少女の元へ歩いて行く。一歩、また一歩と足を踏み出す度、雪乃の確信は根強いものに変わっていった。そして彼女の目の前に立った瞬間、その自信は更に明確化した。少女は雪乃を見ながら、訝しげな視線を送る。そして何かを感じたのか、少女は視線を真下へ落とした。そう、もう逃れようのない証拠がそこにはあった。


少女の首から掛けられた宝石は強く、そして鮮明に光を放った。


これで確定した。

この稚い少女は、このゲームの“プレイヤー”であると。


「少し……聞きたいことがあるのだけれど。」


少女は非常に驚いたように雪乃を見上げると、声にならない声を出した。空気が漏れるような声に、雪乃も少し吃驚した。少女の反応は当然のものだ。少女の目線から見れば、突如近づいてきた女性は少女と同じ“宝石の所持者”だったのだから。雪乃は彼女の肩へと手を差し伸ばしながら、優しい表情を浮かべる。


その宝石について聞きたいんだけど……。


雪乃がそう言葉を繋げようとした瞬間、少女は踵を返すと全力で走り出した。


「ちょっ……!」


呼び止めようとしても、その少女の足が止まることはなかった。そして、それと同時に裕仁が雪乃の元へ駆けてきた。


「……どういう状況だ? これは。」


雪乃は「来るのが遅いのよこのノロマ」と心の中で毒突くと、少女の後を追うことにした。


「説明は後! あの子を追うわよ。」





幾ら通行人が少なくなったとはいえ、休日の駅前だ。


少なからず人の流れというものは存在し、裕仁達の行く手を阻むように人垣が出来ていた。しかし逃走者である少女は、まるで周りの人が避けていくかのように誰とも衝突する事なく雑踏をすり抜けていく。それも容易くだ。糸の通し穴のように狭い人と人の隙間を縫うように、少しの幅を上手く見つけてはすり抜けていった。それは筆舌に尽くしがたい程、軽やかな身のこなしであった。


当然、裕仁と雪乃にはそんな芸当が出来るはずもない。何度も足止めをくらい、その度に少女との距離は広がっていく一方だ。


それでもなんとか二人は、通行人避けという試練を抜け出した。大通りから住宅街へと鬼ごっこのステージは変わったのだ。だがその頃には、既に少女は視界の遠くを走っていた。


「急ぐわよ!」


周りの人々は何やら不審そうな目で此方を見てくるが、それはもう関係ない。いたいけな少女を追い回す野蛮人と見られても、鬼ごっこに付き合っている優しいお姉さんと見られていても、どちらでも構わない。今考えるべきは、あの少女を逃さないことだけ……そしてあわよくば、此方の仲間に彼女を引き入れる事だ。逃がしてしまえば、あの子が他のプレイヤーに殺害される可能性がある。他プレイヤーに暴行を受け、宝石を強奪される可能性がある。裕仁であれば、それを黙って見過ごすことはしないだろう。彼の仲間になった以上、このゲームをなるべく平穏無事に終わらせるという理想を叶えたい。ある程度の死人を出さず、ハッピーエンドとはいかなくとも、せめてトゥルーエンドで終わらせるという役目を果たさなくてはならない。


「おうっ!」


裕仁もその意気に応えるように声を上げた。

こうして日曜日の午後、中学生ほどの少女と高校生二人による奇妙な鬼ごっこの幕が開けることとなった。


〜キャラクター②〜



嘉嶋雪乃


挿絵(By みてみん)


高校生。裕仁と同級生の主人公補佐役

何事にも冷静沈着で、落ち着いている。

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