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73話『マイナスからゼロへ』


挿絵(By みてみん)


《タンザナイト》



何だか、自分自身でもイマイチ状況を理解できていない。つい数分前まで恋仲にあった男性を殺害した敵であると思っていた男に、衿花は今味方をしている。逆に数分前まで仲間………だったような人物とは敵対関係にある。


巳空と名乗っている男性が言うには、和陰を殺したのは藍浦裕仁という男であるという。はたまた裕仁は、和陰を殺したのは巳空であると主張する。どっちが正しいのかは分からない。



どちらの意見にも、「違う」と断言できる判断材料を持ち合わせていないのだ。「信じる」と言ったはいいが、本当に信じていいものなのだろうか。


しかし、そんな事を考えている余裕は裕仁には無いように思えた。先の様子が伺えない茂みから、小気味のよい足音が聞こえてくる。だが、土を踏む音、草を踏みつける音、木の枝が折れる音、全てが神経を逆撫でするような不快感を伴って聞こえる。これが俗にいう殺気と呼ぶものなのだろうか。恐らくは緊迫した空気に当てられて、勝手にそのように感じてしまっているだけなのかもしれないが。

知らぬ間に衿花の目線は、その足音が響く方向へと釘付けとなる。


暗闇の中からはまず、足先が現れる。履き慣れたであろうスニーカーには、煤けたような汚れが少々目立っている。


そして、彼の姿は徐々に月明かりの下に晒される。独特にうねった黒髪に、死んだ魚のような光の灯らない瞳。薄ら笑いを貼り付けた、背筋を凍らせるような表情。その全てが途轍もなく恐ろしく感じた。特別な理由がないにも拘らず、因幡巳空が我が身にとって害ある存在だと感じ取った。思わず体が強張る。


だが、ふと隣を見ると、不敵に笑う裕仁の姿が視界に映った。何かを確信したように、自身に満ち満ちた表情で彼は口を開いた。



「………よし、これで二対一だ。反撃タイムといきますか。」



何が彼を突き動かしているのだろうか。話を聞けば、彼はいま巳空に宝石の力を封じられている。なのに、だ。裕仁はまるで勝ち誇ったような表情を浮かべている。しかし、衿花には何となく彼から必死な様子が伝わってきた。彼の笑みからハッタリじみた何かを感じるのだ。間違いなく、彼は窮地に追い込まれている。間違いようがなく、彼は断崖絶壁に立たされている。


その隙に、巳空は一歩前へと足を踏み出そうとする。瞬間、裕仁は声を荒げた。



「衿花! “トパーズ”を使用してワープしてくれ‼︎」



トパーズの持つ固有の力は、“空間を操る”ものだと聞いている。しかし、信じがたい話だ。本当にワープなんて出来るものなのだろうか。だが、やらねば死ぬ。


衿花は両手を前へ伸ばし、何かを引き裂くように手を左右反対へと広げていく。そして、我武者羅に手で空間をこじ開けた。我ながら恐ろしく感じたが、迷っている暇はない。二の足を踏みながらも、衿花は裕仁と共に空間に開いた裂け目に飛び込んだ。



そして、全くのタイムラグすらなく空間へと飛び出した。だが、相変わらず鬱蒼と木々の生い茂る森の中だ。裕仁は自分の手を見つめながら、深刻そうな表情を浮かべている。それが示す答えは一つだった。



「………まだだ。まだ俺は能力を使えない。この“トパーズ”の能力の射程は25メートル……。その程度じゃ、奴にかけられた封印は解けねぇ。」



そんな彼の呟きに、衿花は



「あなたの目的は“完全な逃走”ではなく、巳空とある程度“距離を離せば”いいの?」



と聞いた。裕仁は「あぁ、」と頷いた。



「奴の能力にも必ず“射程”があるはずだ。その射程外から出れば、恐らくは再び能力が使えるようになる。」



衿花はここで少し微笑を漏らす。なぁんだ、と。



「……だったら、話は簡単じゃない。」



そう言って、口を間抜けに開けて吃驚の表情を浮かべる裕仁の腕を掴む。次いで衿花はその場に低く屈んだ。



「……しっかり力を込めてなさいよ。」



裕仁に軽く忠告を済ますと、衿花は調子を取り戻したように叫んだ。和陰が死んだと聞いて以来、初めて出す大声だった。



「行くぞ‼︎」



そして衿花は“宝石の力”を全力で行使した。雪乃と戦った時以上に気合を入れて。
















《ペリドット》



唐突に、足場が大きく揺れ始めた。そ れはどうやら、森全体ではないようだ。それこそ、裕仁の足元のみに伝わる振動だ。この小規模の地震は、衿花が鬨の声を上げてから発生したものだ。つまり、この揺れは衿花の仕業であるということだ。



「何をーーー。」



何をするつもりだ。裕仁はそう言おうとした。しかし、それを遮るようにして事は起こった。地面が瞬間的に隆起し、裕仁と衿花を乗せて上空へと突き上がって行く。その一本の柱は月へ届きそうな勢いで押し上がり、森全体はおろか、この街を見下ろせるような高度まで到達した。


裕仁の腕を掴んだ衿花は風を受けながら、得意げな顔をして言った。



「“横”への逃走は、確かに難しい………。だけど、“縦”ならば簡単な話よ。」



確かに、この状況を見ればその通りなのかも知れない。だが、彼女は“巳空の恐ろしさ”を知らない。



「……だが、奴の身体能力は異常だ。ビルも易々と飛び越えるような男だ。こんな聳え立つ柱を見れば、直ぐに位置がバレるぞ!」



そんな裕仁の心配に対し、衿花は間を置くことなく「心配ないわ」と口にした。



「とっくの前に“空間を上書き”してあるから……彼からはこの柱は“見えない”のよ。」



この短時間で彼女は、既に“トパーズ”の“空間を操作する”能力を我が物のように使いこなしていた。柔軟な頭脳を持ち、起点を利かす応用力の高さ。敵だったら恐ろしいとつくづく感じた。雪乃は海音と一緒だったとはいえ、このような人物を相手に勝利したと思うとやはり位が頭一つ抜けているのだと思った。


そんな時、再び揺れが裕仁の体を伝わった。



「さぁ、ラストスパートよ!」



彼女が声を上げた途端、突然斜めへと足場が伸び始める。その速度は並ではなく、超快速であった。突風を真正面から浴び、裕仁は思わず呻きに似た声を上げる。ジェットコースターが登りですら猛スピードで走行しているような感覚が裕仁を襲った。



「うおぉぉぉぉぉおおお‼︎」



そして遂に、足場は途切れた。まるで弾き飛ばされるように、押し出されるようにして、裕仁と衿花は空中へと投げ出された。


もしかして、これは死ぬのではないか?


裕仁は己の運命を悟った。高度はどのくらいなのか分からない。だが、小さな町を一望できる高度である事は確かだ。その高さからパラシュートもなしでスカイダイビングをしているのだ。このままでは地面に衝突するオチが目に見えている。トマトを落として潰したような惨劇が待っているに違いない。目を閉じることがやっとだった。それでも、衿花は裕仁の腕を離すことはなかった。



「………案外、度胸がないのね。」



横から、ぽつりと呟くような小さな声が裕仁に聞こえた。裕仁は瞼を開けると、衿花を見た。



「………そういうお前は強いな。」



落下が始まっているというのに、まるで時間が静止しているような錯覚が裕仁を包んだ。二人は宙を浮遊しながら、互いに何気なく言葉を交わした。それは僅かな間だったが、時の流れが緩やかであったかのように感じた。それ以上に、心が妙に安らいだのだ。



「女は強くなきゃ、やってけないのよ。」



衿花はどこか寂しそうな笑みを浮かべ、そして辛そうな微笑みを作った。そんな彼女の言葉に、裕仁は雪乃を重ね合わせた。そして次に海音、葵、とこの戦いに身を投じてきた女子達を思い浮かべた。裕仁は再び静かに目を閉じると、口角を僅かに上げた。



「確かに、女は強いな。」



そして落下は急速に再開する。衿花は落下途中の地点に空間の裂け目を生み出した。裕仁達はその穴へと飛び込むと、再び空中へと飛び出した。その動作を、彼女は何度も何度も繰り返す。


その動作の意味を、裕仁はようやく理解した。


数メートル落下するごとに、25メートル上へ、そして25メートル横へと移動を繰り返す。着実に落下はしているものの、距離を確実に稼ぐ事が出来る。それに裕仁と衿花のいる直径25メートルの円内は上書きされており、巳空からは姿を目撃されることはない。まさに優雅な空中散歩だった。







ーーーそして森を抜けた頃、裕仁と衿花は地面へ着地する事ができた。裕仁は手を手前に差し出し、筋肉に力を思い切り込める。すると、皮膚は水晶のように硬化を始める。間違いない。“ダイヤモンド”の能力だ。



「……能力が、戻った。」



ここにきて、漸くマイナスからゼロへと立ち位置は戻った。再びスタート地点に戻ってきたのだ。裕仁は“ガーネット”で折れた骨を繋いで拳を固く握ると、森の方へと視線を向ける。この中に、巳空がいる。奴を何としてでも仕留めなければ、このゲームは終わらない。そして一人で終わらせると謳っていた筈なのに、結局は他人に力を借りている。そんな自分自身にも決着をつけるためにも、巳空を倒さなければならない。


そんな時、裕仁の肩を衿花が叩いた。



「ほら、これ返すよ。」



衿花の手のひらには、三つの宝石が乗せられていた。それは裕仁が彼女に貸した宝石だった。



「……意外だな。そんなにあっさり返してもらえるなんて。」



裕仁はそれらの宝石を受け取りつつ、口角を吊り上げた。衿花は少々不機嫌そうに頬を膨らますと、



「失礼ね、私はちゃんと借りた物は返す主義なのよ。」



と言い返した。そして彼女は去り際に一言、裕仁に言葉を残した。





「和陰の仇、ちゃんととってよね?」





裕仁は力強く頷くと、「任せとけ。」と決意の眼差しを彼女へ向けた。

一応扉絵は、髪を下ろした衿花さんです。


私も描いてて「誰だ?」と思ったので、ここに記しておきます。

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