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63話 「優しさは時に悲哀に繋がる」


挿絵(By みてみん)

『12jewels #63』



《ガーネット》



裕仁の口から、雪乃にとって予想外の言葉が飛び出した。


「宝石を預けてくれ」と彼は言った。


その言葉の意味は、きっと雪乃達が考えている以上に重いものだ。それこそ、自身の生命を賭けるような、大きすぎる負荷だ。後戻りすら赦されず、一人では到底背負いきれない業だ。彼はそれを分かっているのだろうか………いや、分かっている上での発言なのだろう。


彼の目は真っ直ぐと見詰めており、迷いは一切ない。全て一人で背負う気だ。全て一人で解決する気だ。


ただ、彼の決意は認められない。今回は……今回ばかりは、本当に思いとどまってほしい。雪乃は必死な思いで裕仁の制止を試みる。



「そんなことしたら………裕仁の準優勝かそれ以上が確定してしまう………!」



今、裕仁が所持している宝石は四つ。


『ペリドット』『ダイヤモンド』『トパーズ』『ルビー』だ。


その内、『トパーズ』と『ペリドット』は一度、雪乃は触れている。



準優勝の決定条件はまず“生きている”という事。そして次に、“優勝者以外で、最も宝石を多く集めた人物”だ。


それは“最後に”ではなく、あくまでも“ゲーム中”での話だ。つまり一度でも手にしたことがあるだけで、“宝石を集めた”ことに換算される。なので、現在トップは巳空で五つ。そして同率で二番目が雪乃と裕仁となる。


しかしここで裕仁に宝石を預けたならば、彼は六個の宝石を所持することとなる。つまり、宝石所持数は彼がトップとなる。


その時点で彼の優勝、もしくは準優勝が確定してしまう。


それは喜ばしい事と思うだろうが、実際は違う。再び地獄へと発車する片道切符を掴まされるだけだ。拒否権はない。優勝者は一億という餌に釣られて、勝手に殺し合いを始めてくれる。言わばゲームの展開が遅くなる事を防ぐための、運営側の駒となる。しかし準優勝者には特に何も与えられない。ただただ巻き込まれた被害者のようなものだ。


同率の場合、どうなるかは雪乃にも分からない。二人とも参加させられるかもしれないが、ドロー扱いで準優勝者無しという展開もあり得る。だからこそ、ここで裕仁一人に押し付けるのは心が引けた。


しかし裕仁は毅然とした表情で雪乃を見つめる。



「それで構わない。」



「……どうして⁉︎ 次回のゲームにも参加させられるのよ⁉︎ それ以前に………巳空に殺されるかも知れないのよ⁉︎」



雪乃はついつい、ここが病室だという事を忘れて声を荒げた。大声をあげた所為か、傷口が再び痛み出す。だが、今は裕仁を止めることが最優先だ。


それでも裕仁は、意志を曲げることはなかった。



「……実はもう、海音から宝石は預かっている。あいつも、そうやって反対したさ。でも、悪いがもう俺はそう決めている。」



裕仁はここで初めて顔を逸らした。



「悪い………俺の勝手を許してくれ。」



彼も自分がこれが相当無茶な事だと理解している。その覚悟も、とうに済ましているのだろう。


雪乃は一度深呼吸をして、心を落ち着かせる。そして雪乃は、静かな声音で裕仁に問いかけた。



「あなたの目的が『生き残るため』ってこと……忘れてないわよね?」



雪乃は、裕仁に襲撃して返り討ちにされた時の会話を思い出した。彼にこのゲームの目標を聞いた時、彼は『生き残るため』と言った。だが、巳空は危険だ。最悪、本当に死ぬかもしれない。


だが、雪乃も心の中では分かっていた。いつか必ず奴と戦う日が来る。そして、戦わなければこのゲームからは抜け出せない。


だが、やはり裕仁一人に背負わせるのには納得がいかない。だからといって、一緒に戦うことはできない。巳空はきっと、雪乃の怪我が完治するまで待ってはくれない。雪乃の予想では、ここ数日の内に必ず襲撃を仕掛けて来るだろう。だから、裕仁に宝石を渡すのが最善だと分かっている。でも、それが最善だと認めたくなかった。


そんな雪乃を見てか、裕仁はゆっくりと口を開いた。



「あぁ……必ず生き残る。そして、俺にはもう一つ目標が出来たんだ。」



雪乃は顔を上げ、もう一度裕仁と目線を合わせた。彼は覚悟を決めたような表情で、力強く言葉にした。



「俺はこのゲームに勝ち、主催者を倒す。」



余りにも突拍子もない発言に、雪乃は早口で言い返そうとする。



「そんなこと………」



ただ、雪乃の反論は裕仁によって掻き消された。



「出来るさ。俺はこのゲームに終止符を打つ。もうこれ以上……誰も被害に遭わないように……。」



裕仁は脱力して椅子に腰掛けると、盛大な溜息をついた。



「俺だって、こんな事やりたくねぇよ。でも、皆んなそう考えてる。誰だってやりたくねぇんだ、そんな事。だからこのゲームは何回も続いてるんだろ?」



裕仁は愚痴るように、文句を呪詛のように呟き続ける。それを黙って雪乃も聴き続ける。


しかし一通り吐き終えた彼は、また覚悟の炎の灯った目に戻った。



「……だからこそ、嫌でもやらなきゃいけねぇんだ。今回のゲームで動けんのは俺と巳空だけだ。だが、巳空はそんな気さらさらねぇだろうしよ。だからそんな役回りだけど、俺がやるしかねぇんだ。」



これ以上、悲劇を繰り返さないように。



彼は最後に、そう言葉を締めた。


それは雪乃も嫌というほど経験した、最悪の悲劇。人を殺す恐怖。逆に殺される恐怖。友人が殺される恐怖。そんなものは二度と味わいたくない。その考えには、雪乃も同感だった。


裕仁もきっと、雪乃の話を聞いて決意したのだろう。


もう、誰も悲しませたくないのだろう。




あぁ、やっぱり、あの時思ってた通りだ。あの、夕焼けの中で思っていた通りだ。



彼は優しすぎる。

その優しさ故に、自らの身を滅ぼす。不運の渦中に自ら身を投じてしまう。




………結局、こうなってしまうんだなぁ。




「巳空もその内、この病院を突き止めてやって来るだろう。その時が、最終決戦の合図だ。」



雪乃は自らの力量の無さを嘆きながらも、裕仁に宝石を差し出した。裕仁は手のひらで宝石を掬うと、拳を作って笑顔を見せた。その笑みは、友絵の最期を彷彿とさせた。



「最後に、男の意地ってモンをちゃんと見せておかなきゃな。」



雪乃はまたもや涙ぐむと、弱々しい声で懇願した。



「ちゃんと………生きて帰ってきてよね? 死んだら絶対に許さないから。」



裕仁はそんな彼女の頭を撫でると、優しい微笑を浮かべて神に誓った。




「あぁ。これから先何度でもお前のワガママを聞いてやるよ。」









《ムーンストーン》




ーーー時はほんの少しだけ巻き戻り、裕仁が雪乃のいる病院へ向かった後。


今まで身を潜めていた一つの影が、再び狩人のごとく動き出した。




……現在、彼のいる場所はとある公立高校。


最終下校のチャイムが響き、部活動や委員会を終え、続々と生徒たちが帰路につく時間となっていた。友達同士で固まって帰るものもいれば、そそくさと一人で走って帰ってしまう者。大きく分けてその二種類が校門から次々と姿を見せる。


壁にもたれ掛かりながらその様子を見ていたるのが、暗躍する影………因幡巳空だった。

今日は少し何時もの暗い雰囲気とは違い、カジュアルなスタイルを決めている。黒縁の眼鏡に加えてグレーがかったビジネススーツ。例え巳空を知っている人物であっても、それが巳空とは思うまい。そう感じさせるほどのイメージチェンジだ。


何故、巳空がそのような格好をしているのか。それは、これから行う“目的”の達成のためである。


巳空は、絢成から貰った……正確には奪い取った情報によって、雪乃及び裕仁の通っている高校を知っている。だが、今は目的である雪乃が何処にいるかが分かっていない状況だった。それでも、病院にいることは確かだろう。だが、何処の病院かは依然として分からなかった。しかし、あの少年……裕仁ならば必ず、彼女の病院へ見舞いに行くに違いない。だから、こうして校門の前で待っていたのだが………。



どうやら、警戒されていたのか裕仁の姿が何処にも見当たらなかった。まさか、彼も今日は休みだったのだろうか。それとも巳空の存在を警戒して、何らかの方法で既に逃走したのだろうか。そもそも、彼は部活動をしておらず、昼のうちに帰ってしまったのではないか………。だが、そのどれであろうとも構わない。


裕仁の後を追う事が一番の近道だったのだが、仕方がない。不測の事態などとうの昔に慣れている。巳空がするべき事はただ一つだ。



「ちょっといいかい?」



巳空は、高校から出て来た二人組の女子生徒に声をかけた。女子生徒は知らない人に声をかけられたせいか、少し不安げな表情をしながら巳空に返事をした。



「はい、何でしょう?」



そのような反応に、巳空は特に何も感じる事なく率直な質問を投げかけた。



「君は、『嘉島雪乃』を知っているかい?」



女子生徒は少々訝しげに、巳空を凝視する。二人はやや体を寄せ合い、それでも恐怖に打ち勝つようにして口を開いた。



「クラスメイトですが……彼女に何か?」



それはかなり幸運な事だ。声をかけた一人目が彼女のクラスメイトとなると、有力な情報が早速手に入りそうだ。やはり勝利の女神は巳空に微笑みかけてくれている。この機会は逃すわけにはいかない。巳空は物腰柔らかくし、その女子生徒二人に事情を説明した。



「いやぁ、すまないね。私は彼女の通う塾のバイト教師なのだが、ここ二、三日くらい彼女は来なくてね。いつも無遅刻無欠席の彼女が、何の連絡もなしとは少し疑問に思ってね………。お節介が過ぎるかもしれないのだが、少し様子を………ね?」



当然、胡散臭い作り話だ。自分でも、信じるか信じないかと聞かれれば、間違いなく信じない。だが、過程など関係ない。彼女たちは“絶対”に信じる。



「そうだったんですか……疑ってすみません。」



「雪乃の事が心配だったんですね……。」



彼女達は態度を一転させ、巳空に謝罪とともに頭まで下げた。やはりこの能力は便利だ。巳空はたった今、この二人に“自分が雪乃の塾の講師である”と“勘違い”させた。これで信用は得た。あとは情報を引き出すのみだ。



「いや、いいんだ。それで、彼女は学校に来ていたかい?」



二人はやや俯き気味で、巳空を本物の講師と思って話し始めた。



「いえ……彼女は学校には来ていません。彼女は“通り魔に襲われた”らしくって……今は入院しているそうです。」



“通り魔に襲われた”……。


どうやら事実はこのように、別の事件として隠蔽処理されているようだ。彼女達はそれを嘘とも思わず、完全に信じてしまっている。裏で行われている闇のゲームに、全く気付いている様子もない。まぁ、このような勝手気ままに人の生死を賭けるゲームなど関わらない事が一番なのだが。


取り敢えず、そこまでは巳空の予想通りだ。雪乃は病院にいる。それは決定事項のようなものだ。掠めたとはいえ、一応横腹を撃ち抜いているのだ。重症と言っても可笑しくない怪我だ。


問題は、彼女はどの病院に入院しているかだ。巳空は大袈裟に驚く演技をしつつ、病院の名前を聞き出そうとする。



「それは心配だ! 彼女が何処の病院にいるか分かるかい? 少しお見舞いがしたいのだが………。」



二人は顔を見合わせると、不思議そうな声で話し始めた。



「それが……どうしてなのか少しこの街から離れた病院なんです。だからあまりお見舞いにも行けなくって……。」



「この街にも大きな病院なんて幾らでもあるのに……。」



成る程……雪乃を病院へ運んだのは恐らく裕仁だろうか。彼はやはり巳空を警戒している。だからすぐに見つかる学区内の病院ではなく、離れた病院に彼女を運び込んだわけか。



「詳しい場所は分かるかい?」



二人は軽く頷くと、情報を出し合うかのように巳空に教えてくれた。



「確か………“上鳥越”だったよね?」



「そうそう……あの、ここから大通りに出て右へ歩いて行くと駅があるんです……大きな広場のある。そこから電車に乗って、確か五駅くらいだったと思います。“上鳥越”の駅で降りていただいた所にある『第ニ青円字病院』に入院していると聞きました。」



此処まで情報が出たならば、もう何かを聞く必要はない。それでも駄目元で、巳空は二人に聞いた。



「流石に何号室か……までは知らないよね?」



二人は申し訳なさそうに「存じ上げないです」とだけ呟いた。流石にここまで詳細な情報は必要ない。雪乃の居場所が分かっただけでも僥倖だ。



「……分かった、悪かったね。」



巳空は珍しく、表面上だけでなく心の奥底から二人に感謝した。



残る宝石は、準優勝者の雪乃が率いるあの三人の所有する物のみとなった。そして今、雪乃は動けない状態にある。入院中悪いが、早々に退場してもらおう。海音は小さいながらに肝が据わっているが、巳空にとっては大した敵ではない。


上手く事が進めば………残る強敵は、裕仁のみ。



巳空は慣れない眼鏡を外すと、一人怪しげに笑いを零した。



「最終決戦は………すぐそこだ。」










・・・・・



「やっほー、二人とも! どうしたの?」



巳空と別れた二人の女子生徒の元に、もう一人生徒が駆け寄ってきた。彼女は雪乃の友人である、琴歌彩葉だった。彩葉は校門前で立っていた二人を見かけて駆け寄ったのだが、どうにも少し様子がおかしい。



「あ、彩葉。」



二人は彩葉の存在に気づくと、去っていく男性の後ろ姿を指差して話し始めた。



「……さっきね、雪乃の塾の講師がさぁ、心配だからって様子を見にきたらしいの。」



その言葉を聞いた彩葉は強い違和感を抱いた。親友……と、こっちが勝手にそう呼んでいるだけなのだが、雪乃の事はそれなりに知っているつもりだ。だからこそ、違和感を感じた。




「……雪乃って、塾行ってないよね?」




二人から話を聞けば、その偽“塾のバイト講師”とやらが、雪乃の入院先を聞いてきたそうだ。……嫌な予感がする。


何やら彼女の裏で、良からぬ出来事が起こっていそうだ。先ほど、彼女の事はそれなりに知っていると言ったが、勿論全てを知っているわけではない。彩葉が知っている雪乃は所謂、表面上の顔の部分のみだ。当然、彼女が裏で何を考え、何を思っているのかなど知っているはずもない。それは自分でも、よく認知している。



……思えば最近、雪乃は怪我が多すぎる。


最初は小さな絆創膏程度だったが、最終的には入院だ。絶対に何かがおかしい。考えすぎかもしれないが、彩葉は少なからず不安を隠せずにいた。


そんな彼女よりも怪我が多いのが、裕仁だ。それも何時だって、彼らは同じ時に怪我をしている。雪乃が入院したと聞いた日だって、裕仁は体の至る所に包帯を巻いていた。本人は「階段から落ちた」と言っていたが、今となっては流石に無理のある話だと思う。逆に、彩葉しか怪しいと思っていない事自体が不思議でならない。




二人の裏には必ず何かがある。




ただ、彩葉は自分が介入する余地がない事を察していた。だから、彩葉は二人の無事を祈ることしかできない。




「……二人がちゃんと生きて、全てを解決できたら、私の奢りでスイーツでも食べに行きたいね。」





彩葉は小さく呟くと、二人を思い浮かべて疑惧の念を抱くが、すぐさま心配するだけ無駄だと感じた。



「……なんだかんだ言って、あの二人はお似合いだと思うんだけどなぁ。」



そんな軽い言葉を漏らしながら、彼女は静かに茜染まる帰路に着いた。

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