表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/84

58話『色褪せた過去』




ここで少し、物語は三年前へと遡る。




当時………中学生の頃から雪乃は平静で、大人しい性格をしていた。賑やかな事が嫌いと言うわけではないが、どちらかといえば落ち着いた雰囲気が好きだった。それ故か運動はあまり得意ではなかったが、その分学業では群を抜いている。聞こえはいいが、実際は勉学以外に取り柄というものが見つけられなかったのだ。考査が近くなれば、雪乃に集るクラスメイトも少なくはなかった。しかし、雪乃はどこか虚しかった。自分は一体何に向いているのか。何が得意なのか。それ自体よく分からなかったのだ。


「勉強が出来るからいいじゃん」という友達にも、各々個性や得手が存在している。それは運動が得意だったり、絵が上手かったり、歌声が綺麗だったり。勉強ならば、誰でも頑張れば出来る上に、数字で評価されてしまう。雪乃は点数で決定されない魅力というものに、いつしか憧れを抱くようになっていた。


そんな小さな悩み事を抱える彼女に、更に様々な厄介事を持ち込む悪友がいた。それこそが、雪乃の親友………松濤友絵まつなみともえだった。





挿絵(By みてみん)






控えめで淑やかな雪乃とは打って変わって、彼女は元気の塊のような少女だ。雪乃はいつも、そんな彼女に振り回されていた。よく言えば天真爛漫、悪く言えばお調子者だ。雪乃の抱いた彼女の第一印象も、“近所の悪ガキ”といったあまりよろしくないイメージだった。そんな彼女の周りには、男女問わず自然と人が集まる。女子は普通に同性として仲良くなり、男子にとっては彼女を男友達のような感覚で接していたのかもしれない。あまり鮮明には覚えていないが、その中には裕仁もいたのかもしれない。


雪乃もその輪の中にいたお陰で、友達には困らなかった。



彼女は本当に活発な少女だった。


様々な提案をしては、実際に行動に移す。そういった意味では、怖いもの知らずな印象があった。ただ、彼女の提案は遊びや悪戯に関するものが九割九分九厘を占めていた。


特に彼女は、夜と屋上が好きだった。


ゲーム機器やボードゲームを持ち込んでは、屋上に集結して大騒ぎした。一度屋上に大きなダンボールハウスを作ろうという話になった時には、数十人の生徒が段ボールを持ち寄って集まった。昼休みや放課後を利用して着実に建設していたのだが、その日のうちに教師にバレて解体。挙げ句の果てに呼び出しをくらったこともあった。


夏休みでは夜に学校に忍び込み、大人数でグラウンドで花火大会をしたこともある。ハロウィンの日にも「お化け屋敷がしたい」と言い出し、皆んなで季節外れの肝試しをしたこともある。勿論、その後のことは言うまでもない。





ーーーこのまま、楽しい時間を過ごしていくのだと、雪乃はそう思っていた。来年も、再来年も。大人になってからも。




しかし、彼女達に届いた“宝石”によって運命は大きく変わってしまった。



いや、もしかするとこの出来事自体も運命で定められていたのかもしれない。「神に救済される者は、予め決定されている。」という言葉もある。もし、その予定説が事実だったならば、雪乃は神を呪うように憎んだだろう。



どうして、友絵が救われなかったのか………と。









運命の歯車が狂い出したのは、雪乃が中学二年になってから一ヶ月が経った春だった。正確には、5月10日の夕方。



雪乃は学校から帰宅すると、見覚えのない箱が自室の机に置かれている事に気が付いた。漆塗りのような潤沢が、妙な高級感を漂わせている。それが余計に不気味だった。


親に聞いても、その箱が何なのか分からないという。宅配だって今日は来ていないらしい。母は夕飯の用意で忙しかったからか、きっと雪乃が覚えていないくらい前に無くしたものだろう、と箱の中身も見ずに結論づけてしまった。


仕方なく、雪乃は一人で黒塗りの箱を開封することにした。自室に戻ると、箱の蓋をゆっくりと持ち上げる。するとその中に入っていたのは、小さな箱と封筒、そして冊子だった。ご存知の通り、例の手紙と説明書だ。その手紙の内容も今回と全く同じく、雪乃が抽選で選ばれたということ。そして、ゲームに参加してもらうこと。勝利条件や賞金などの簡単な説明が箇条書きで記されている。冊子も宝石の説明と、宝石に宿った“超能力”の説明が長々と綴られていた。ただ、一点違う点があるとするなら、雪乃に配られた宝石は“ガーネット”ではなく“トルマリン”という点だ。そして、“宝石の力”も今回とは全くの別物だった。



雪乃は最初、どうしたものかと困惑に困惑を重ねていた。これは親に相談すべきだろうか。しかし、両親には迷惑をかけたくない。ならば警察に届けるべきだろうか。だが、真面に相手にしてもらえないことは中学生の雪乃でも分かった。


だったらやはり、一人で解決するしかない。


こんな理不尽なゲーム、すぐにでも棄権しなければ。馬鹿馬鹿しい上に、現実味も全く帯びていない。要するに、雪乃が参加するような内容のイベントではないという事だ。





……だが、その翌日。

雪乃にとって予想外の出来事が起こった。


何時ものように教室に入ると、これまた何時ものように友絵が話しかけてくれる。しかし、今日に限っては普段よりテンションが高かった。雪乃を見るや否や目を輝かせ、席を立ち上がってこちらに走ってくる。何か良いことでもあったのだろうか。


「おはよう」と挨拶を交わした後、雪乃は友絵に上機嫌のわけを尋ねようとした。しかしそれよりも先に、友絵は雪乃に抱きつくように迫りながら早口で話し始めた。


しかしそれは、雪乃の想像の斜め上をいく言葉だった。



「私の家にねー、面白い“宝石”が届いたの!」




「……………………え?」



その友絵の話に、雪乃は素っ頓狂な声をあげた。



“宝石”。


確かに、彼女はそう言った。

他人からすれば特に驚くような単語でもないだろう。雪乃にとっても、まだ断言はできない。ただ、偶然とは思えないタイムリーさと「面白い宝石」という言葉は、雪乃を確信に近付けるのには十分だった。


友絵は「どう、驚いた?」と雪乃に聞いた。


雪乃はまだ状況の整理が出来ぬまま、小さく呟きを零した。




「…………うん。 驚いた。」









この会話が、全ての始まりだった。














その日の帰り、雪乃は友絵の家に寄ることにした。


友絵にはその後、正直に“雪乃にも宝石が届いたこと”を話し、友絵に届いた宝石も“ゲーム”に関わるものであることを確認した。だからこそ、この理解不能なまでに狂気的なこの“ゲーム”について話がしたかったのだ。



だが雪乃の意図に反して、友絵は部屋に到着するとまず“宝石”ではなく“能力の自慢”から始まった。




「ジャンジャジャーン‼︎ 見て見て!これが私の貰った力‼︎」



そういうと、友絵は透明のジッパー付きのポリ袋を引き出しの中から取り出した。自慢げに見せつけてくる割には、中には何も入っていないように思われる。彼女は何を見せつけたいのだろうか。また友絵は、雪乃を揶揄おうとしているのだろうか。そういった目つきで訝しげに見ていると、「あぁ、これじゃあ分からないよね!」と言って友絵はその中に入っていた小さな破片のようなものを取り出した。


それは一目見ただけでは分からない程小さく、本当に米粒のようなサイズだった。いや、恐らくもっと小さいだろう。


友絵はそれを机の上に置き、何かを企むように笑うと



「押してみて?」



と言った。


ここまであからさまだと、何か仕掛けがあることくらい容易に想像できた。それでも彼女が「早く早くー。」と急かすので、雪乃は仕方なくその破片を指で突いた。


すると、まるで飛び出すようにその破片は弾けると、何か形ある物へと変化を始めた。変化する、というよりかは“元の形に戻った”と言うべきだろうか。その小さかった破片はみるみると大きくなり、遂には雪乃にもその正体が分かるほど巨大になった。


その小さかった物の正体は、“棚”だった。


そう言えば、前来た時にあったはずの洒落たラックが無くなっているのを今気が付いた。それが今、雪乃の目の前に突如現れたのだ。その時間は、1秒も満たない。


その現象は、普通ではなかった。




「どお? 驚いたでしょー!」




確かに驚いた。言葉も出ないほど雪乃は驚いていた。このラックの出現に対してもだが、本当に異能が存在する事に対しても、驚きを隠せないでいた。雪乃はこくりと頷くと、友絵は満面の笑みを浮かべて「でしょ⁉︎」と誇らしげに言った。



「私のこの能力ね? 【何でも小さく折りたたむ事ができる】能力なんだって。そして戻す時はこうやって、軽く押せば飛び跳ねる勢いで大きさを取り戻すの。」



何と言うか、中々頭の使いどころのある異能だと思った。雪乃に与えられた能力もそうだが、漫画などでよく見る強力な異能とは違い、少々地味だ。もっと“炎”だったり、“氷”だったりと、王道の超能力だったりしても良かった気がする。


そんなことを考えていると、友絵は昂ったように雪乃に質問を投げかけた。



「ねぇ、雪乃の貰った能力は何なの?」



雪乃も異能を目の前で目の当たりにし、少々興奮気味だった所為か特に躊躇う様子もなくすぐに答えた。



「私は、【漢字の一文字を力に変える】能力って書いてあったわ。」



それを聞くと、友絵は目を輝かせて「見せて見せて!」と雪乃に迫った。とは言うが、雪乃はまだ試してはいない。半信半疑だったという理由もあったが、実際は怖かったのだ。未知の力を手に入れたという事よりも、その事実を認めてしまうことが怖かったのだ。現実にこれ程までに理不尽で、無差別に市民を巻き込むゲームが存在することを。


ただ、そんな受け入れがたい現実すらも楽しむ友絵がいる。普段と変わらず、笑顔を振りまく友絵が目の前に。


やはり友絵には敵わない。友絵はどんなに辛く、恐ろしいことだって笑って正面から受け止める。その上、笑い話にしてしまう強靭な精神力の持ち主だ。


雪乃は改めて、彼女が人気者になる理由が分かった気がした。



雪乃は強張った筋力を脱力させると



「分かった。ちゃんと見ててね?」



と言い、鞄の中から筆箱を取り出した。中学生にもなると箱型の筆箱はもう使うこともなく、布生地のファンシーなデザインの筆箱を雪乃は使用していた。その中から、また小学生の頃には禁止されていたシャープペンシルを取り出した。これを持つことによって、ほんの少しだが大人になったような気分がした。


雪乃は友絵から適当に裏が白紙のプリントを貰い、そこにペンを滑らすように動かした。書いた一文字は、『浮』だった。



大きく書いたその漢字は、突如として二人の目の前で青白く輝きを放つ。文字には力が宿るというが、此処まで露骨な文字力を見るのは初めてだった。


たちまちその紙はふわりと重力に逆らった。何一つタネも仕掛けも無いというのに、文字の書かれた紙はまるで漢字の意味に従うように浮き上がったのだ。


友絵もたちまち笑顔になり、「すごい! すごいよ!」とひたすら連呼した。


しかし暫くすると友絵は黙り込み、何かを思案するように顎に手を当てた。先程まで騒々しかった彼女が突然静かになった事に、雪乃は一抹の不安を抱えた。


だが、そんな雪乃の心配はどうやら無駄だったようだ。


再び友絵は矢庭に沈黙を破ると、何やら悪巧みするような笑みを浮かべた。



「私に今ね、すっごい良いアイデアが降ってきたんだ。誰も傷つけないし、凄く簡単に宝石を手に入れる方法。」



雪乃は疑惑の表情を浮かべた。



「………本当?」



そんな攻略法があれば、このゲームは設計ミスの欠陥ゲームだ。だからこそ、雪乃は友絵の発言に疑ってかかった。


そんな意図を察したのか、友絵はその“作戦”の内容を雪乃に簡単に話し始めた。雪乃もそれを黙って静聴する。




友絵の説明は実践式で、実際に雪乃達の異能を用いて説明をしてくれた。だから、彼女の話す概要はとても分かりやすく理解できた。


一通り話し終えた後、友絵は自信満々に「どう?」と雪乃に聞いた。




………友絵の案は確かに面白く、上手くいけば簡単な方法だろう。ただし、“上手くいけば”の話だ。相手も勿論、雪乃達のような宝石の力を所持している。そう容易に事が進むのは、非常に難しいと感じたのが正直な感想だ。


中学生は世間知らずと言うが、彼女は群を抜いていた。殺されてしまうという可能性を完全に脳内から排除しているのだ。挙げ句の果て、まだ勝ってもいないのに既に賞金の使い道を考え始めている。


ただ、不思議と雪乃は“彼女と一緒なら何でも出来る”ような気がした。それもまた、彼女の持つ人を惹きつける独特の雰囲気なのだろう。雪乃は最終的に、彼女の案に反対はしなかった。



「よし、それじゃあ決行は今から3日後………金曜日ね‼︎」



それまでに、ターゲットとなる宝石の所持者を探そう。


そう言って、友絵は力んで立ち上がった。


宝石の所持者かどうかは、近づけば宝石が共鳴して光出すらしい。その光はどうやら他人には見えず、ゲームに選ばれたプレイヤーのみに認知出来るシステムのようだ。仕組みは全くもって分からないが、今互いに光を放ち合っている宝石を見ると、その情報は正確らしい。


雪乃も彼女に踊らされるように立ち上がると、友絵の手を掴んだ。固く握り合った手には、友情を含んだ固い絆のようなものを感じた。絶対に成し遂げる。そういった気概を雪乃は友絵に伝えるように、握る手に更に力を込める。それに応えるように、友絵はもう片方の手で雪乃の手を覆った。




「これから私たちはペアで動く。どちらも欠けてはいけない一心同体! 私たち二人で、宝石12個集めましょう!」



「異議なし‼︎」



雪乃の宣言に、友絵も満面の笑みを浮かべて声をあげた。


こうして、絶対に勝利すると約束した黄金コンビが、ここに誕生した。友絵と雪乃。この二人は、この場で互いに優勝を誓い合った。どちらも死んではならない。二人揃って、表彰台の頂点に立つと約した。




………その誓いによって、この日から彼女たちは過酷なゲームに身を投じていくこととなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ