53話『各々の思いが一つに集まる時』
《ペリドット》
時は少し遡って5分ほど前、雪乃が無謀にもビルの屋上から飛び降りるところまで戻る。
裕仁は雪乃の不審な行動にいち早く気づき、彼女を制止させようとする。だが、雪乃は縁で踏み切ると、鳥になったように屋上から飛び出した。しかし、雪乃は当然鳥ではない。そのまま落下していくのがオチだ。
いつもの雪乃ならば何かしらの意図があるのかもしれない。だが、今回は少し違った。
確信出来る事象はないが、裕仁は直感で感じ取った。タネも仕掛けもない。純粋に彼女はこの高さから飛び降りようとしている。
裕仁は突発的にその場から飛び出し、雪乃の手を掴むことに成功した。洋物の映画なら、危機一髪の生還劇として描かれるだろう。しかしながら、何度も口説いようだが現実は甘くない。人間が落下する力を、どうやって片手で止める事が出来ようか。大盛りの筋肉マッチョマンだったら分からないが、平均的な筋肉量の裕仁が止められるはずもなかった。落下にかかる負荷に負け、裕仁は雪乃と共に屋上から身を投げ出してしまう。
「……マジかよ。」
屋上からは海音の声が聞こえる。裕仁と雪乃の名前を呼んでいる。
……海音を不安にさせてしまっている。
仲間が立て続けにビルから落下すれば、それは大層驚くだろう。それに、敵はまだ上にいる。凶悪な敵はまだ、海音の目の前にいる。
涼太がいるからまだ安心はできるが、その安心も一体いつまで持つか分からない。涼太の力は確かに強い。汎用性も高い上に、威力もある。それは攻撃にも使え、防御にも使える。それだけでなく、逃走にも使用できる。言うなれば“オールラウンダー”だ。
ただそんな“エメラルド”をもってしても、あの精神に作用する異能からは逃れられない。あの異能はまさにこのゲームのバランスを著しく崩す“ジョーカー”のような存在。まともに相手をすればまず勝ち目がない。
「……こんなとこで、こんな無様な形で死んでたまるかよ!」
奴を倒すには雪乃の知恵が必要だ。
なので、ビルからの転落死なんて最悪な状況へ落ちている暇などない。
裕仁は雪乃を抱え込み、ビルの真下の空間に亀裂を走らせた。そしてアスファルトを裂くようにして、無機質な穴は大きく口を開いた。
まだ思ったより精神は安定している。
この能力があれば助かると信じきっていたからか、それとも……。
裕仁はそのまま自由落下を続け、自ら開いた穴に飛び込んだ。
「……がっ!」
裕仁は暗い穴から飛び出すと、落下の威力を殺しきれずに床へ転がった。何とか回転を止めようと全身に力を入れると、思い切り足をつってしまった。鋭い痛みに耐えながらも、裕仁は雪乃の無事を確認した。すると雪乃も意識が覚醒したようで、頭を抱えているのが見えた。
「………私は、どうしていたの?」
雪乃はため息混じりに裕仁に聞いた。
「どうって……ビルから飛び降りたな。」
裕仁は今しがた起こったことを、そのまま雪乃に伝えた。このような質問をする、ということは雪乃は何故このような行動をとったのかが分かっていないのかもしれない。
瞬間、裕仁と雪乃が座っている場所が小刻みに揺れ出した。そういえば、ここが何処なのか裕仁は分かっていなかった。突然の事だったので、ワープホールの出口を繋げた先はランダムだった。
裕仁は流れていく景色を見て、なんとなく察した。そして裕仁達のいる床の側面を確認した。するとやはり、サイドミラーが付いている。という事は間違いない。落下を回避して飛び出した場所は、トラックの上だった。
あろう事か、そのトラックは裕仁と雪乃が荷台の上に乗っていることに気付くことなく走り出してしまう。
「何故、飛び出したんだ?」
裕仁は先程までいたビルから遠ざかっていくのを不安に思いながら、取り敢えず雪乃に尋ねた。だが、雪乃は首を振った。
「それが……“全く分からない”のよ。」
雪乃は何とか状況を整理しようと、暫く目を瞑って髪を撫でた。そして、ありのままを話し出した。
「このままじゃ、あいつに追いつかれる。そう感じた時、今じゃ不思議だけど“ビルから飛び降りよう”という案が思いついたの。それと同時に、“ビルから飛び降りても死なない”という考えが脳裏をよぎった。」
「………また、あいつの“勘違いさせる”能力か?」
なんとなくそのような気はしていた。裕仁は、雪乃に巳空の持つ異能について話をした。それを聞くと雪乃は頷いた。やはり、雪乃は巳空に思考を操られていたのだ。
そう納得しかけていたのだが、雪乃から帰ってきた返答は意外なものだった。
「……彼は人に“勘違い”させる事が出来るのね。でも、違ったわ。もっと恐ろしい………。そう例えば、“高い所から落ちれば人は死ぬ”という常識が消されたような………。」
巳空が持っている宝石は四つ。
一つは、“勘違いをさせる”
一つは、“身体能力を高める”
それだけでもほぼチートクラスの異能だというのに、彼は更にあと二つの異能を所持している。
まだベールに包まれた二つのうちの一つが、雪乃に牙を剥いたのかもしれない。話を聞けば、はたまた精神に語りかけるような異能のようだ。厄介なこと極まりない。
「涼太と海音が危ない……!」
やはり逃走が最優先だ。だが、このままあの二人を置いて逃げるほど腐ってはいない。雪乃もすぐさま立ち上がると、裕仁と目を合わせた。
「……急いで戻るわよ。」
そうして裕仁達は、トラックの進行方向の荷台より上の部分にワープホールを作り出し、吸い込まれるようにしてその穴へ姿を消した。
《サファイア》
私はやっぱり、力不足なのかな。
海音は悔し涙を流し、螺旋状に続く階段を走って降りていた。その際、涙で視界が潤んでいたせいか、海音は階段を踏み外してしまう。そのまま体は階段を転がり落ち、踊り場の壁に叩きつけられた。
「………!」
幸い段数が少なかったお陰か、それとも階段が長方形状に連なっていたお陰か。海音の落下は踊り場で止まった。だが、打ち付けた腕と膝が痛い。海音は情けなく、その場で体育座りをして泣き始めた。
海音はまだ中学生だ。つい1年前まで小学生だった女子が、急に大人になるなんて事はない。精神だってまだ子供のままだ。この数時間のうちで、海音は何度も自身の無力さを嘆いた。
結局助けてもらってばっかりで、自分が誰かを助けた覚えなど一度もない。
いつだって側には裕仁と雪乃がいた。
いつだって敵を倒すのは裕仁と雪乃だ。
海音はただ後ろで守られ、何もせずに戦いを見ている。
だが、苦しいのは“頼ってもらえない”というだけではない。その度に、“自分はまだ子供だから”と言い訳をしてしまう。そんな海音自身が嫌なのだ。このゲームに身を置き、裕仁や雪乃は海音を必死に守ってくれる。それを海音は徐々に“当たり前”と思ってしまっていた。その考えが海音は許せなかった。涙を流し、無力さと共に愚かさを嘆いた。
仲間として二人の隣に立っていたのではなく、守ってもらうために立っていたのではないか。
結局は、自分の身を真っ先に案じていたのではないか。
海音は過去を振り返り、自らの罪を思い返した。確かに子供と言われれば子供だ。だが、雪乃は海音の事を高く評価してくれていた。
・・・
………初めて出会った時、雪乃が海音を仲間にしてくれた日。裕仁と雪乃はあの後、海音を家の近くまで送ってくれた。その帰り道、海音は雪乃に一つ質問した。
「どうして宝石を奪わずに、私を仲間にしようと思ったの?」
その質問に、雪乃は不思議そうに聞き返した。
「屋上で貴方が言ってたじゃない。一人でいるのは危険だって。私たちも仲間が多いに越した事はないのよ。」
「いや、そうじゃなくて……。」
海音は言葉の一部を口から出し、少し詰まらせた。だが、勇気を出してその言葉を口にした。
「雪乃姉ちゃんは既に裕仁がいるじゃん?なのにどうして、私のような戦力になるかどうかも分からない子供を仲間にしてくれたの?宝石をとって、自分たちで使えばもっと戦いやすいんじゃないの?」
そう。これだけがずっと疑問だった。仲間になってと誘われた時からずっと気になっていた。雪乃は優しい微笑みを海音に見せると、目線を合わせて話してくれた。
「貴方はそこらのガキ共とは違う。自分で考え、その考えを行動に移す力を持っているの。それは私達高校生になっても、更には社会人になってもできる人は少ないわ。」
海音は、彼女が何が言いたいのかがいまいち分からなかった。だからそのまま、耳を彼女の語る声に委ねた。途中、裕仁の「ガキ共って口が悪いな。」というツッコミも無視して、彼女の言葉を聞いた。
「海音は立派なのよ。人に何かを言われて行動するような人間じゃない。だから自信を持って。貴方は、そのまま自分の考えを信じて行動すればいい。そうし続ければその内、きっと私達が貴方を仲間にした理由が分かるはずよ。」
結局、雪乃ははぐらかして曖昧に答えた。
いつか分かると言われても、それがいつかは分からない。海音は、結局何故雪乃が仲間にしてくれたのか分からず終いだった。
・・・
「泣いてる……場合なんかじゃあないんだね。」
海音は、雪乃から言われた言葉の意味を少し理解できた気がした。それはあくまで言葉の意味であって、仲間に認めてくれた理由がわかった訳ではない。
とにかく自分は、今何をすべきかという事だ。
「自分の考えを信じて……行動に移せばいい。」
海音は涙を拭うと、上へ進むべきか、下へ進むべきかを悩んだ。
当然、上へ進むべきなのだろうが、涼太の覚悟を踏み躙る行為となる。あの立場になって考えてみると、よく分かる。海音が命を張って逃した仲間が、ひょっこりと戻ってきたらどう思うか。助けるためにと意気込んでも、もしかすればただの足手まといになるかもしれない。
ならば、下へ進むべきか。
だが裕仁達がどこへ行ったかも分からないのに、彼らを見つけて連れてくる事は難しい。その間に上での戦いは勝負がついてしまうかもしれない。それに、裕仁と雪乃の事だ。生きてすぐに戻ってきてくれるはずだ。海音は彼らを“信じている”。
だったら、行動は自ずと絞られる。転んだ際に被った埃や砂を払いのけると、海音は謝罪の言葉を胸に階段を上へと登り始めた。
《エメラルド》
どうして彼女を庇ったのだろうか。目の前にいる男は容姿から想像できないほど凶悪だ。一人でどうこうなる相手ではない事など、涼太はよく知っている。だが、この場で逃げるわけにはいかない。涼太が逃走を図ったならば、間違いなくあの男は海音の後を追うに違いない。だから涼太は、この破られた扉を背にして立ち塞がる事しかできない。
海音を逃したのには、特に語れるような理由はなかった。彼女はまだ幼い。そういう考えもあったのかもしれないし、なかったのかもしれない。自分が格好良く見られたいという願望もあったかもしれないし、ないかもしれない。
ただ、涼太はこの宝石を貰った時に誓ったことを果たすまでだった。この力は、誰かのために使う。人を助けるために使う。この考えが、涼太を無意識のうちに動かしていたのだ。
それは涼太の中にある主人公像に則っての行動だ。憧れている“主人公”ならば絶対にこうするであろう。このシチュエーションも、少年漫画ではよく見る展開だ。「俺を置いて先に行け」「こいつは俺が倒す」というやつだ。その漫画の主人公と、今の自分を涼太は重ね合わせていた。
そんな涼太を可哀想な視線で見つめてくるのは巳空だった。彼は濁った瞳をこちらに向け、ため息混じりに話しかけてきた。
「君さぁ……もしかして“自分の人生は自分が主人公”だなんて思ってないよな?」
そこには、若干嘲笑めいた感情が含まれていた。巳空は小さく笑いながら、何かを取り出し始めた。よく見ると、それは刃物よように思われた。
「そんなのはただの、心の弱い奴の現実逃避だ。周りにはどうやっても追い越せない“主人公気質”の奴がいるもんだよ。」
そんな事言われなくても分かってる。
涼太は心の中でそう口にした。
「運動ができる、顔や頭がいい、喧嘩が強い。少し秀でた程度の長所なんて他人から見れば下の下かもしれない。」
お前に説教される筋合いなんてない。とっくに知ってるんだ。その程度のことは。
「認めろ。そして諦めろ。お前は主人公にはなれない。ここで情けなく死ぬ“モブ”なんだ。」
巳空はナイフを回転させながら、涼太に詰め寄る。その間、涼太は俯いたままだった。そして途端に顔を上げたかと思うと、涼太もまた巳空に向かって歩き始めた。
「………ごちゃごちゃウルセぇな。」
それに関しては巳空も予想外だと驚き、そして無邪気な笑みを浮かべた。まさしく、楽しいおもちゃを新しく見つけた子供のようだ。これに似たような表情は何度か見かけ事がある。今更怯えるほどではない。涼太は足を止める事なく動かし続ける。
「確かに俺は、主人公に憧れていた。ただ、憧れていただけで、自分がそうであるとは感じた事はなかった。」
そして……と涼太は言葉を繋げた。
その表情からは、うっすらと笑みがうかがえる。二人は互いに口元を歪めながら詰め寄る。その様子は狂気じみたものを感じる。だが、巳空に比べて涼太の笑みは、どこか清々しいものだった。
「そして俺はやっと、“主人公”と思える奴と出会えたんだ。」
涼太は巳空の前で立ち止まると、強く睨みつけた。巳空も彼から目線から逸らす事なく、余裕の表情を保っていた。
「俺はそいつを取り巻くモブでいい。そいつを金魚の糞みたいに追いかける存在でいい……俺はただ、あいつの役に立ちたいんだ。」
涼太はそう言うと、戦闘の体勢をとった。それに吊られ、巳空も素早くナイフを構えた。涼太は「カチカチ」と唱え、全身を硬化する。その行為と同時に、涼太は拳を振りかぶった。
コンクリートを砕き、大木をへし折る強烈な拳が、巳空に襲いかかる。だが、巳空は冷静にそれを交わすと、涼太の横脇にナイフをつきたてようとした。だが、ナイフは勿論通るはずもなく、根元から綺麗に折れた。その隙に、涼太は巳空目掛けて膝を振り上げた。
巳空は楽しげに笑うと、涼太の膝蹴りをすらりと躱して裏拳を叩き込もうとする。涼太は素早くこめかみを守るように、両手を側頭部に寄せた。だが巳空は一度涼太の腕に裏拳を当てると、想像できない速度で逆回転を始めた。そして反応ができないまま、反対の側頭部に強い裏拳を受けた。
涼太は異能でコーティングをしていると言うのに、首が吹き飛びそうな威力を感じた。巳空の一瞬で意識を刈り取るような恐ろしい力に慄いた。
涼太は急いで体勢を立て直すと、揺らぐ視界もそのままに次の行動へと身を移した。
「俺はあいつを救うことは出来なかった。たった一人の……俺を助けてくれた女を、俺は助ける事ができなかった。」
ぼそぼそと何かを呟く涼太に、巳空は容赦なく追撃をかけようとする。
だが、涼太は駆け寄ってくる巳空をただその場で待ち構えた。
「……だから、俺は思ったんだ。」
そして、巳空は右手を涼太へと繰り出した。
その瞬間、涼太から無数の棘が姿を現した。その棘は長く伸び、巳空はその予想外の攻撃に拳を引っ込めた。そして勢いよく地を蹴り、巳空は涼太と距離をとった。
だが、飛び退くまでに棘は巳空に達していたようで、肩や腹部、足にも数点血が滲んでいる。巳空は恨めしげに涼太を睨んだ。
涼太はふぅ、と息をつくと棘を引っ込めて宣言した。
「これ以上、俺の前では誰も殺させねぇ。海音も、裕仁も、雪乃も。全員、俺が命に代えてでもこの危機から救ってみせる。」
そうは言ったものの当然、自分だって死ぬつもりはない。
俺を助けてくれた葵の為にも。
もう、誰も死なせない。
彼自身気づいてはいないが、今の涼太は誰よりも“主人公”みたく輝いていた。
いただいたレビューのおかげで、この『12個の宝石』の昨日のPV数が1000を突破しました。今までの最高PV記録のなんと5倍。普段のPV数の1000倍でございます。
そして月間PVが昨日のPVだけで今月がトップとなりました。
おそらく、この記録はこの先超えないと思います。本当にありがとうございました。
そして昨日から読み始めた皆様も、もし面白い、気に入ったと言ってくださるならば、是非ともこれからもよろしくお願いします。(これが後書きの本題です。)
ほんわか八咫烏




