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39話『勘違いは人知れず這い寄る』




《ムーンストーン》




巳空はあまりの手応えのなさに、退屈の吐息を漏らした。どいつもこいつも簡単に騙す事が可能で、背後からの一刺しで全て片がついてしまう。彼にとって殺しは最早少々面白みに欠ける、ただの作業のようなものとなっていた。


それは『ムーンストーン』の持つ異能、“勘違いをさせる”というのが少々強すぎる所為でもある。


一度かかってしまえば、間違った事実から逃れる術は無い。それどころか、相手から異能の攻撃を受けていることすら気付く事がない。だって、それが真実だと思い込んでしまうからだ。地味ではあるが、正に最強の能力と言っても語弊はないだろう。そして、その用途の広さも頭一つ抜けている。


しかし、流石に強力が故に『ムーンストーン』にはいくつか使用の制約がある。


『ムーンストーン』の異能を発動できるのは、一人に対して三つまでだ。それ以上、異能の効果は現れない。


そう聞けば、かなりシビアな制限だと感じるだろう。


だが、かけた一つを解除してしまえば、また新たに異能をかける事が出来る。それに、人数は無制限だ。制約などあって無いようなもの。ゲームバランスもクソもない能力だ。ただ、もう一つ“制限”があるのだが、それもまた巳空にとってはたわいの無いものだった。この異能さえあれば、どんな相手だろうと無双する事ができる。どうやら、このゲームの王に相応しいのはやはり絢成ではなく巳空だったようだ。



……全て計算通り、といったようなすかした表情を巳空はしているが、実際はかなりの賭けに近かった。



最初に、巳空があの女にさせた誤解は“尾けられている”と感じさせた事だ。これはいとも容易く発動した。一度や二度この死を臨場的に感じる感覚を植え付けられていたならば、行動は自然と読みやすい。


一度は夜の人通りの少ない路地で、絢成から襲撃を受けている。ならば裏路地は避けるように動くのが、人間の自然な行動だろう。そこで巳空が勘違いさせたのは、“数の把握の反対化”だった。数が多ければ多いほど“少ない”と感じ、少なければ少ないほど“多い”と勘違いしてしまう。


これに関しては、巳空自身でさえ不可能だろうと思っていた。これは最早“勘違い”の度合いを超越しているからだ。実際、それは不可能だった。


しかし、少し考え方を変えるだけでそれは可能となった。何も難しく考えることは無かった。『人数の誤認』をさせれば良かったのだ。勘違いとは、間違った事実を真実だと思い込んでしまうこと。それを利用し、人数を無意識に感じる程度に増減させる事に成功した。“人数の数え間違い”は『勘違い』の範疇に含まれる。こうする事で彼女は、人通りが多いと感じる道を信じて進み、実際は数人通っているか否かのような道を小走りで駆け抜けていた。そして彼女を、人通りの多少でこの公園まで誘導する事が出来た。


この時間帯にこの公園に遊びに来る人など皆無に等しい。今頃多くの人は、会社に勤めているか、授業を受けている頃だ。それなのに彼女はこの公園に人が少なからずいる、と感じた事だろう。


そこからは、先ほどの通りだ。

彼女は巳空に背後から一突きされて息絶えた。



だが、巳空は間違いなく彼女の前に座っていた。……と、あの女はそう思い込んでいただろう。


そもそも、一度一瞬すれ違っただけの人間の顔を正確に把握できるかといえば、それは不可能なのだ。それもまさか、“職のなさそうな昼間から公園にいる中年”と“因幡巳空”を勘違いするとは。



これも、巳空の仕込んでいた罠の一つだった。


巳空はあらかじめ自身と似通った浮浪者を探しておき、『自分は因幡巳空である』と勘違いさせておいた。


そしてその男にカツラとパーカーを着せた後に噴水の縁にスタンバイさせ、彼女の到着を待った。そして彼女が公園に到着したと同時に、『目の前の男が因幡巳空である』と勘違いさせた。彼女は何一つ疑う事なく目の前の男を“因幡巳空”だと勘違いし、何一つ疑念を抱く事なく会話を続けた。





あともう一つ、これがきっと最大の謎だろう。




どうして巳空には、“彼女の異能が効かなかった”のだろうか。


しかし、それは簡単な話だ。


巳空は彼女が公園に足を踏み入れた瞬間、『後を尾けられている』という勘違いを解除しておいた。そして、三つかけられていた勘違いに、一つの空枠が出来上がった。


彼女が巳空の前に立った瞬間、『私は相手に異能を既にかけた』と勘違いさせておいたのだ。つまりは、実際には使っていないのに、彼女は異能を行使したと勝手に思い込んでいたのだ。それが、全ての真相だった。


なんとも滑稽な話だ。






ーーー『アクアマリン』を御し、残す宝石は『ガーネット』『ダイヤモンド』『ルビー』『サファイア』『エメラルド』『ペリドット』『トパーズ』『タンザナイト』となった。


こちらで所有する宝石は『ムーンストーン』『アメジスト』『トルマリン』『アクアマリン』の四つ。


絢成が生きていた頃に頂戴した情報によれば、『ガーネット』『サファイア』『ルビー』『ペリドット』の四人は手を組んでいるらしい。


そして先週、彼らは『ダイヤモンド』と『タンザナイト』の二つを手に入れた。巳空は一足遅く、彼らに宝石は奪取されてしまっていた。だが、難しく考える必要はない。


ポジティブに考えれば、『ガーネット』一行を全員仕留めれば一気に六つの宝石が手に入るという事だ。仕留める相手が減り、その分リターンが増えただけの話だ。彼らを潰すだけで、巳空の手元には十顆の宝石が集まる事となる。


しかし、ここでいきなり彼らに奇襲を仕掛けるのは愚の骨頂だ。そんな事をするのは絢成くらいで十分だ。


単独行動を続ける『エメラルド』も巳空自身が相手をしたわけではないが、絢成が戦闘していたのを見ていた事がある。彼の能力もまた汎用性が高く、アイデア次第では強敵となりうる相手だ。


未だに巳空が把握しきれていないのは、残る一人『トパーズ』のみだ。このゲームが開始されて早二、三ヶ月が経つ。その間、奴は一度も動きを見せていない。それは強者の余裕なのか、弱者の臆病さなのか。それが分からない以上、無闇に攻撃を仕掛けるのは宜しくないと巳空は考える。


『ガーネット』チームも、徒党を組んでいる以上手が出し辛い。




………ならば狙うのは、消去法でただ一人だ。




挿絵(By みてみん)




ーーー『エメラルド』。


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