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36話『変わらないもの』

今までのあらすじ


謎の宝石略奪ゲームに巻き込まれた裕仁は、クラスメイトである雪乃の襲撃を受ける。彼女もまた、このゲームのプレイヤーだった。しかし、裕仁は雪乃を退け、手を組むことになる。その後、順調に海音、葵などの仲間を増やしていった。


しかし、平和なのは彼らの所だけだった。


絢成は巳空と共に、彩音を殺害して宝石を略奪。しかし、それからというものは美静を二度も取り逃がし、涼太には大きな傷まで負わされた。絢成を見限った巳空は、彼を裏切って殺害。


それからは、新たな敵ーー和陰と衿花が裕仁達を襲撃。絶対的危機に追い詰められるも、何とか奴らを無力化させることに成功。しかし、裕仁の知らないところで、巳空の計画は進んでいたーー。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


【ガーネット】 嘉島雪乃


【アメジスト】 綴木絢成 (死亡)


【アクアマリン】 汐崎美静


【ダイヤモンド】 玄野和陰(死亡)


【エメラルド】 瀬良涼太


【ムーンストーン】因幡巳空


【ルビー】 常葉葵


【ペリドット】 藍浦裕仁


【サファイア】 姫宮海音


【トルマリン】 夢術彩音 (死亡)


【トパーズ】 ???


【タンザナイト】 水瀬衿花


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


宝石所持 状況


巳空【ムーンストーン】【アメジスト】【トルマリン】


裕仁【ペリドット】【ダイヤモンド】


雪乃【ガーネット】【タンザナイト】


美静【アクアマリン】


涼太【エメラルド】


葵 【ルビー】


海音【サファイア】


??【トパーズ】






《ガーネット》




終業のチャイムが、冴えない頭を揺らすように鳴り響いた。


久々に、学校で真面目に授業を受けたような気がした。ここ二、三ヶ月は、この巫山戯た遊戯の所為で集中が途切れ、真面に教師の話を聞くことはなかった。雪乃は大きく伸びをした後に教科書を閉じてプリントを纏めると、窓の外を眺めた。


今日はあの夜から、既に1週間近くが経過していた。裕仁も未だに松葉杖をついており、体には包帯が何回も巻かれていた。見ているこっちが痛くなるほどの創痍だ。一応学校には“交通事故”として報告されており、宝石の奪い合いによるものだという事には、一切触れられていなかった。


どうせ言ったところで、誰も信じはしないが。自分たちが命のやり取りをしている事に誰も気づく事なく、日常を笑って謳歌している他人が羨ましく、そして妬ましく感じた。しかし、自身がもし逆の立場だったらどうだろうか。そう考えると、雪乃は周りの人達を憎むに憎めなかった。



「どうしたのよ雪乃。さっきから表情怖いよー?」



一つ前の席の女子生徒が、そんな暗い考えを打ち毀すかのように雪乃に明るく問いかけた。



「……何でもないわ、彩葉。」



「そう?」と雪乃の友人兼クラスメイトーー琴歌彩葉ことうたいろははやや不思議そうに返した。そして、彼女の目線は、賑やかな空間から一点浮いたような少年に移った。彼もまた、少し物寂しい表情をしていた。



「……裕仁くんもさぁ、大変だよね。あんなに包帯ぐるぐる巻きで。いつになったら良くなるのかなぁ?」



「さぁ………ね?」



雪乃は彩葉の会話に、素っ気なく返した。彼女も、裕仁の怪我の経緯を交通事故だと思っている。思っていると言うよりかは、そうとしか知らないのだ。真実を知らなければ、虚偽だって真実と化す。それはまるでこの世界そのものだ。偽りの平和の中で楽しく過ごせればよかったものの、雪乃と裕仁は真理であるの裏側へと引きずれ込まれてしまった。きっともう、知ってしまったからには戻ることはできないのだ。そんな苦悩に陥ったような表情を浮かべる雪乃を、彩葉は頬杖をついて見つめていた。



「……裕仁くんが元気にならないとさ、雪乃はどうも暗いんだよね。」



そのように言われた雪乃は、自覚はまるでないといったように「そう?」と返事をした。


彩葉には軽く返したが、実際は内心で少し驚いていた。他人から見れば、自分の姿はそのように映っているのだろうか。彩葉は悪巧みをする子供のようにニヤリと笑うと、そっと雪乃の耳元で小さく揶揄った。



「そうだよー。最近……いや、ずっと前からだけど、特に最近は二人とも凄く仲良しだったからさぁ。雪乃は表向きはそんな風に凛々しくしてても、本当は裕仁くんが心配で心配で仕方ないんでしょー?」



心配ではない、と言われればそれは嘘になる。しかし、彼女にそのまま答えると尾鰭を付け足された噂を広められる気がした。それだけは阻止せねばならない。雪乃は一度溜息をつくと、彩葉に言葉を返した。



「……別にあなたが思ってるような関係ではないわよ?」



「あぁー……バレた?」



彩葉は悪戯が見つかった子供のように肩を竦めた。「まぁ、それでもーー」と彼女は呟くように言葉を繋げた。



「……守ってあげなよ。彼を。」



その言葉に、雪乃は少しどきりとした。

彩葉は宝石の略奪ゲームには何も関係していない。なのに妙に的を得たような返答だった。それは彼女が何かの意図を含んで言ったのか、それとも深く考えずに発した言葉だったのか。どちらにせよ、雪乃は何か彼女が只者ではないような気がした。友人という存在は、案外侮れないらしい。



「普通、逆でしょ。女性が男性に守ってもらわないとね。」



そう言いながら雪乃は、海音と自分自身を庇い、逃がしてくれた裕仁の後ろ姿を思い浮かべた。あの時だってそうだ。雪乃がもう少し相手の意図を考慮していれば、敵の罠にも素早く反応できたかも知れない。今、私たちが生きているのだって奇跡にすぎないのかもしれない。現に、裕仁もかなりの大怪我を負ってしまった。彼の意思を踏みにじってでも雪乃があの場に残っていれば、未来は変わっていたのかもしれない。少し、雪乃は自分が不甲斐なく感じた。




「……おっとぉー。もうこんな時間だ! 私は部活に行ってくるね!」



雪乃が物思いに耽っていると、彩葉は大声をあげて席を立ち上がった。その様は先程の真面目な雰囲気とは打って変わり、一瞬で阿保っぽい性格に変化した。というよりかは、元の彼女の性格に戻ったのだ。いつでも明るく、天真爛漫。故に男女からの人気も高い。妬む声すら聞こえないような、まさに絵に描いたような主人公気質なのだ。



「彩葉って、何か部活してたっけ?」



そんな彼女の元気が移ったのか、雪乃は少し笑って彩葉に問いかけた。実際彼女が何の部活に所属しているかは把握していない。何度かこの質問をしたことがあるが、その度に何か理由をつけてはぐらかされている。かといって、雪乃も深く探ることはしなかった。



「それは秘密だよ。」




矢張り今回も誤魔化された。




慌ただしく駆けていく彼女を見送った後、雪乃は裕仁の元に向かって歩き出した。










《ペリドット》





「どう? 気分は。」



雪乃は裕仁にそう問いかけると、裕仁の前の席に腰かけた。



「いい訳ないさ。大袈裟なギプスの所為で動き辛いにもほどがある。」



裕仁は首から胸辺りに吊るした左腕を雪乃に見せつけながら、力無く笑って言った。こんな満身創痍な体で、よく入院せずに済んだものだ。



「それもそうね。」



雪乃は目線を少し逸らして、低い声で言った。裕仁はそんな彼女の態度に、また違和感を感じた。ほんの少し前にも抱いたのと同じ様な感情だ。


ーー雪乃らしくない。


また彼女の事だ。物事を深く考えすぎて、有りもしない自分の責任とやらに悩まされているのだろう。雪乃は何事も深く、そして重く潜考してしまう癖がある。そして、その責任は全て自分にあると勝手に惟ってしまう。その性格が自身をどれだけ苦しめているかも知っているはずなのに。


そして雪乃にその癖が出るのは、大体彼女が弱り始めている時だ。身体的にではなく、精神的にだ。こんな時、どうしてあげればいいのだろう。一体何ができるのだろう……。





暫く無音の時を過ごし、気が付けば裕仁と雪乃の二人を残して教室はがらんどうとした空間へと変貌していた。


裕仁は決心したように雪乃に目線を合わせると、優しく微笑みかけてとある提案をした。



「この怪我が治ったらさ、一回思いっきり遊ぼうよ。海音やあのペストマスクーー葵とかも呼んで。こんなクソみたいなゲームのことなんて忘れてさ。」



その言葉に、雪乃は顔を上げて此方を見つめた。そして数秒置いて、吹き出すように笑いを零した。



「何か可笑しかったか?」



裕仁は少し困惑の色を見せた。

雪乃はまだ声にならない笑いを漏らしつつ、裕仁の肩を叩いた。



「いいえ、可笑しくはないわ。ただ、貴方からそんな提案が出るなんて、って少し驚いただけよ。」



「驚いただけでそんな笑えるものなのか?」



裕仁は少し恥ずかしくなり、吊るされてない方の手で頰を掻いた。雪乃は深呼吸をして落ち着かせるも、また少し肩を震わせ始めた。一体何がそんなに可笑しかったのか、裕仁は分からなかった。と言うよりかは、雪乃のツボが理解できなかった。


それにしても、此処まで笑っている雪乃を見るのは、何気に初めてかもしれない。中学からの付き合いだが、最初の方はまるで互いに話したことがなかった。二年になって、友達の友達という感じで軽い会話をしたのが始まりだったような気がする。その時も、他に友人を交えての会話だったので、二人で話すことは少なかった。それに、雪乃が大切な友人を亡くした事も相まって、話しかけづらかったのかもしれない。


それが今となっては、会話の弾む良い友人だ。何がキッカケだったかは思い出せないが、彼女と仲良くなれて本当に良かったと思える。もし二人が他人同士だったならば、今の自分は無かっただろう、とも断言できる気がした。





「ーーそれじゃあ、決まりね。日にちは裕仁の包帯が取れた次の日くらいって事で。」




雪乃は漸く落ち着きを見せ、派手に指を鳴らした。裕仁も何時もの調子の雪乃に戻ったことに安堵の笑みを浮かべながら、「了解」と呟いた。







《ガーネット》




彼は、どうやら覚えていないようだ。




私の大事な友達ーー友絵を亡くしてしまって落ち込んでいた時、彼が私を酷い幽鬱から救い出してくれた時の事を。



彼は闇の中で落ち込んでいた私を、光のもとへと連れ戻してくれたのだ。当時は、この男は何を言っているんだ、と少々怒りを覚えた気もする。それでも今では感謝している。



そんな彼の、空気の読めなかった一言が



「雪乃が元気を取り戻したらさ、一回何処かへ遊びに行こうよ。」



というものだった。



本当はもっと「雪乃が笑ってないと友絵も悲しむ」だとか、「自分でも無茶苦茶な事を言ってるのは分かっている」などと色々な事を言っていた気がするが、その一つの言葉が強烈すぎて忘れてしまった。





そして結局外に連れ出されて、裕仁と遊んだっけか。それがキッカケで、よく話すようになった気がする。




そういえば、「何か可笑しかったか?」と彼は言っていた。




「うん……可笑しかった。だって、あの時と一緒の事を言ってたんだもの。」




雪乃は消えそうなくらい小さな声で呟いた。



あの時も、窓の外には今日と同じような綺麗な夕焼けが見えていた。


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