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32話『誅を下だす破城槌』



《ペリドット》



裕仁はその時、初めて思った。


“奴から宝石を奪わなければならない”と。


それはただ単に、危険だからという理由では無い。勿論それもあるのだが、裕仁がそのような思考に走ったのには決定的な理由があった。裕仁は怒りに身を震わせ、拳を固く握る。



「最近多発している自動車の爆発事故……。あれ、お前の仕業だな?」



それに、と裕仁は強い確信を持って言った。



「……テメェの顔、髪型のせいで分からなかったが……交番の掲示板で見たことあるぜ。指名手配犯……いや、『爆弾魔 “玄野和陰くろのわかげ”』」



そう告げた瞬間、男の顔から気味の悪い笑みが剥がれ落ちた。


この宝石争奪戦での不祥事は見逃される。しかしそれは、プレイヤー同士による殺人に限るものなのかもしれない。現に彼はこうして警察機関から指名手配犯を受けている。それか元々、彼が犯罪者だったという可能性だ。


どちらかと言えば後者の方が納得はいく。それらの爆発は“事件”ではなく、“事故”として処理されている。つまり警察は人によって故意に起こされているとは考えていないのだ。よって、この指名手配はもっと以前から存在すると考えた方が理にかなっている。そもそも、こんなトチ狂った野郎は宝石の力を得ていなくとも、犯罪に手を染めていてもおかしくは無い。



「……へぇ。俺も有名になったもんだ。」



和陰は少し懐かしむように、今度は柔らかに口角を上げた。しかし直ぐに和陰は、いつもの子供も寄り付かないような微笑みに戻っていた。



「俺が爆発にこだわる理由……聞きたいかい?」



そして裕仁は気付いていない。



「どうでもいい。」



無意識のうちに何重にも掛けていた『宝石の力』のリミッターが、全て解除された事を。




裕仁はそっと落下した車体に指を触れた。

瞬間、先程とは比べ物にならない速度で和陰へと撃襲した。銃弾ですら音速と同等かそれ以上の速さを持つ。更にその速度を上回るとなると、最早長距離弾道ミサイルの速度に等しい。いや、それよりも更に速いのかも知れない。どちらにせよ、最早それを肉眼で捉え切るのは不可能だった。









《ダイヤモンド》



和陰は何が起こったのかも分からぬまま、建物の壁に深く減り込んでいた。


その吹き飛ばされた距離は、大通りの信号を二つ程度のものだった。硬化能力は万が一の為に常に発動させている。その硬度は銃速の飛来物をも凌ぐ強度の筈だ。


そんな自分が、その距離を吹き飛ばされたのだ。生まれてこのかた初めて味わった“恐怖”だった。それは、“恐怖”そのものの感情を初めて感じたという意味ではない。“恐怖”という感情ならば何度だって経験した事がある。子供から見た理不尽な大人達。犯罪に手を染める際のスリル。それらとは違う。筆舌に尽くしがたい、未知の恐怖だ。胸が高鳴り、心が踊る。全く初めての恐怖なのだ。



自分に圧倒的なまでの力の差を見せつけた奴に初めて出会った。



和陰は無邪気な子供のような、それでいて邪気を孕んだような歪みきった笑みを浮かべた。あの餓鬼は確実にこちらへ歩み寄っている。まだ遠いが、陰が揺れているのがわかる。あのような力を何処から引き出したのか。それさえ分かれば、和陰の『ダイヤモンド』も難攻不落の完全要塞となる。何としてでも手に入れたい。あの『宝石』とその力を引き出す『術』を。


和陰が顔を上げた瞬間、あの子供は屈むようにして靴を触っている。一体何をしているのかと思った時には、既に和陰の目の前に奴はいた。そして足を和陰の顔面に向け、サッカーボールを蹴るように躊躇なく振り上げた。直撃の瞬間に、和陰は強度を増した腕で庇ったが、そんなものは関係ないと言わんばかりに凭れていた壁を突き抜けた。この衝撃は一体何処から生まれているのだろうか。最高の強度まで引き上げたにも関わらず、腕が痺れる。しかし

、そこで怯んでいる暇はない。壁を貫通した際の瓦礫が、休息なく飛来してくる。頭を咄嗟に庇うも、硬めた皮膚を削ぎ落とすように石飛礫が和陰に襲いかかる。


一体あの餓鬼に何があったというのだろうか。奴の攻撃はここまで威力は高くなかった。宝石の力を隠すような素振りも見られなかったし、恐らく先手必勝と昂って最初から全力だったと思われる。


変わったのは、和陰があの車を爆発させた時だ。それからあの餓鬼の攻撃力が馬鹿みたいに跳ね上がった。



怒りによる覚醒か?

そんな少年漫画のような展開があってたまるか。鳥肌が立つ。


眠っていた力が解放された?

何処のファンタジー小説だ。虫酸が走る。


本当の力を隠していた?

粋がった厨二病がするような行為だ。そんな事をする暇があったら最初から本気を出しておけ。



心の中で自問自答を繰り返すも、納得のいく一答が見つからない。しかしこれだけは分かる。和陰は惰眠を貪っていた怪物を、自身の手によって目覚めさせてしまったのだ。


あの餓鬼は最初に出会った時点で潰しておく必要があった。遊びすぎた結果がこの事態を招いた。難攻不落の要塞も、破城槌や投石機カタパルトによっていつかは破壊される。それでも、ただ一方的に陥落する訳にはいかない。


その時、和陰は弱気になっていることに気付いた。いつの間にか、奴に一矢報いることだけを考えている。最後まで足掻いてやると考えている。勝利を目指す志が知らぬ間に霧消してしまっている。無意識の内に、“敗北”の二文字が和陰を支配していた。


それでは駄目だろう。

再び意気込んで、和陰は足腰に力を込めた。






《ペリドット》




和陰は一歩踏み込んで、大きく深呼吸をした。裕仁は警戒しながら一歩、また一歩と和陰に歩み寄って行く。そして一刀一足の間合いで立ち止まった。



「お前……一体何者なんだ?」



挿絵(By みてみん)



滴り落ちる流血もそのままに、和陰は引き吊った笑みを浮かべていた。そんな和陰の言葉に寡黙を貫き、裕仁は再びその場に屈んだ。この体勢は、あの超速移動の前兆だ。和陰から見れば、奇妙なフォームのクラウチングスタートだろう。しかし指が靴に触れるや否や、発砲された鉄砲玉のように、裕仁を発射した。和陰は思わず身構える。しかし、臨戦体勢に入るまでが遅すぎる。迎え撃つ準備が完了した時には既に、裕仁は目と鼻の先にいた。しかし、殴打する事もなければ、一蹴する事もない。和陰は疑問に思った筈だ。それでも直ぐに、妙な悪寒が和陰の足元から一気に込み上げたに違いない。


裕仁は和陰のタンクトップの皺を指でなぞった。その瞬間、和陰はこの先の出来事を予見し、裕仁の腕を握ろうとした。大きな掌を広げ、裕仁の細い腕に襲いかかる。だが、それよりも早く、裕仁の持つ宝石の力ーー『ペリドット』の異能が発動した。



「最北端までぶっ飛びやがれ。」



和陰の巨躯は、何か強い引力に引かれるように後方へ引き摺り込まれる。和陰は歯を食いしばり、硬化させた腕を近くの建造物に穿とうとした。せめてもの足掻きだ。腕が壁面に突き刺さりさえすれば、この衝撃に耐える事が出来る。言わば、つっかえ棒のような役割となる。このまま吹き飛ばされたままで負けを認めるわけにはいかないのだ。



「おおおおおおおおあぁ!」



和陰は気合の声を上げ、降りかかる風圧の中で踠きながら、腕を壁へ差し出した。必死に伸ばした指先が、壁へ触れる。するとドリルで岩石を削るような破壊音を奏でながら、和陰の指先は壁面のコンクリートを抉り取ってゆく。それでも和陰の体は止まらない。


そんな和陰の背後には、運良く標識が迫っていた。和陰は直ぐ様その標識を死に物狂いで握り締め、理不尽な運動力に逆らう。しかし、ポールが屈強な男が素飛ぶような力量に耐え切れる筈もなく、音を立てて折れ曲がった挙句、耳障りな金属音を立てて折損した。しかし和陰は焦らない。折れた標識を力一杯地面に突き立て、威力を殺そうとする。アスファルトとの摩擦により火花が散り、不快音が耳を劈く。道路に一線を刻む標識は、まるでおろし金にかけられた大根のように擦り減ってゆく。和陰は必死に、短くなっていく標識にしがみつく。しかし、遂に標識は地面から跳ね返された。


もう和陰の身を守るものはない。




そして和陰は、そのまま高速で大建築の外周壁に叩きつけられた。


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