表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/84

25話『王の誕生』

《アメジスト》




……これで何度目だろうか。


あの女を殺せなかったどころか、妙な軽薄そうな男に介入され、大きな怪我まで負う羽目になってまった。敗北したわけではない。逃げたのは相手の方だ。なのに、途轍もない敗北感を絢成は味わっていた。頭を地面に擦り付けられ、泥水を啜らされているような屈辱的な気分だ。


同じ失態を何度も繰り返し、無様に女にも男にも逃走された。残ったのは虚しく佇む絢成ただ一人だけだった。


遠くからサイレンの音が聞こえる。


路地とはいえ、流石に夜に騒音を立て過ぎたのだろう。あれだけ大きな殴り合いだったのだ。よくよく考えてみれば、小さいとはいえ爆発も起こっていた。轟音を聞きつけた近隣住民が通報でもしたのだろう。


そうなると、この場に長居していても良いことはない。一応このゲーム内での犯罪行為は全て免除出来るが、その事を“一般警官”は認知していない。警察の上層部に掛け合い、初めて罪を権力で揉み消してもらえるのだ。つまりその手続きが面倒なので、駆けつけた下っ端の警官に捕まるのは億劫なものだった。


絢成は損傷した足に力を込め、壁に手を当てながらゆっくりと歩き出した。




だが、絢成は数歩進んだ時点でその足を止めた。理由は、こちらに歩み寄る人影が見えたからだ。その人物は、絢成も良く知っていた。



「巳空……。」



絢成の目の前には、明滅する街灯の光を浴びた巳空が立っていた。まだ少し冷え込む時期だというのにも関わらず、長袖の服一枚という薄着のままその場に立っていた。


絢成は足を引きずって巳空に歩み寄り、巳空はそれを支える様に手を差し伸べた。その手は冷たく、長い間外にいた事が伺えた。


そんな事よりも、絢成は何故ここに巳空がいるのか、という疑問があった。


絢成の行き先は、巳空に教えていない筈だ。今朝は彼とは会話を交えずに飛び出したのだ。どうして絢成がここにいる事が分かったのだろうか。そして何を思って探し当てたのだろうか。






ーーそう問おうとした瞬間、絢成の背中に猛烈な痛みが走った。痛いというよりかは、熱く感じる。その熱は背に留まらず、全身を駆け巡った。





暫くして、自分は刺されたのだと悟った。




昨日トラックに衝突された際は、『アメジスト』の力によってプロテクトしていたが、今回は力の限界に加えて、予想だにしない不意打ちだった。痛覚は並の人間と同様に、苦しい程に感じる。痛みは追い打ちをかける様に更に増していく。そんな中、絢成は声を振り絞って問いかけた。





「な……ぜだ‥‥」




絢成は首を傾け、背を刺す巳空を睨んだ。

巳空はこの様な暴挙に及んでいようとも、相変わらず澱んだ目をしている。その目からは表情は読めない。彼は一体何を考えているのだろうか。



「ーーお前は“勘違い”をしている。」



巳空は、数日ぶりに口を開いた。

絢成はその事実に吃驚した。そして、彼の紡いでいく言葉一つ一つにも驚きを隠せなかった。



「一つ、私はお前の“仲間”ではない。」



背の中を刃で抉りながら、巳空は普段の彼とは思えないほど饒舌に語り始める。



「二つ、私は別に無口ではない。むしろかなりお喋りな方だ。」



そして……と、巳空は刃を更に深く差し込んだ。その度に絢成の顔は歪み、口内に溜まった血液を一度に吐き出した。



「三つ、私の能力は“相手の思考を逆転させる”ではない。」



「……!」



薄れ始めた意識の中、巳空の発した一言を絢成の耳は漏らすことなく捉えた。そして、色を失った。



「死ぬ前に教えておいてやる。私の本当の異能は、『勘違いをさせる』という力だ。お前はずっと“理想の王”を追い求めた哀れな駒に過ぎなかったんだ。私がのし上がる踏み台に過ぎなかったんだ。そしてお前はその役目を果たした。」



…………だから死ね。



巳空の口から告げられた無慈悲な言葉を聞き終えると、絢成の瞼は徐々に閉じ、遂には何も聞こえなくなった。巳空の声も、街の喧騒も、何もかもが遮断され、何もかもが映らなくなった。不思議と悔しさや怒りは無かった。








《ムーンストーン》



巳空は、漸く何かから解放された気がした。無口キャラを演じるのも特に苦は無かったし、宝石所持者の死ぬ姿を見ても特に何も感じなかった。だが、ようやく何かの柵から抜け出せた様な感情が巳空を包み込んだ。それもその筈だ。巳空は自分自身にも宝石の術を掛け、人格を無理やり変更させていたのだ。


しかしああは言っても、本当に絢成の事を信頼していた。彼ならば、生きる目的も見出せない巳空を導いてくれるのだと思っていた。何事にも興味を示さない巳空が、唯一一緒にいても苦ではない存在だった。彼ならば、本当にこのゲームにおいて王の座に坐する事が可能だと思っていた。


だが、あの体たらくだった。


例の女に逃走された際、少しくらいは功績を持たせてやろうと、あの軽薄そうな男に『ムーンストーン』で「絢成に激怒している」と勘違いをさせて戦わせてやったと言うのに。結局は宝石を奪うどころか、傷だけ増やされて逃げられたのだ。


“あの話”が本当だとは到底信じ難かった。




巳空は倒れ伏せた絢成の懐をまさぐり、一つの石を拾い上げた。その石は淡い紫色に輝き、闇夜の中でもそれは光を失わなかった。


絢成の持つ宝石ーー『アメジスト』だ。その異能の正体は『身体能力を向上させる』というものだ。それは一重に運動神経を底上げするだけではない。此処で言う身体能力とは、その言葉の通り、身体に関する生命活動すらも向上出来るのだ。視力や聴覚も酷使する事が可能であり、自然治癒力を高めれば傷の治りもある程度早く出来る。つまりトップクラスの異能が宿った宝石なのだ。


…………有難く頂戴しておこう。




これで現在、巳空の手元には『ムーンストーン』、『アメジスト』、『トルマリン』の三つが集まった。


愚王が度重なる失敗をしなければ、今頃は『アクアマリン』と『エメラルド』も手に入っていた筈なのだが。



だが、終わったことや前王の失態をぐだぐだと愚痴っても気持ちの良いことは無い。革命は既に済んだのだ。


巳空は絢成の死骸からパーカーを剥ぎ取ると、それを自身が羽織った。


その行為は、絢成の“意志を継ぐもの”の登場を意味していた。巳空は初めて決意を固めた様な目で虚空を見つめた。




「これからは、俺が『王』だ。」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ