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12話『理想の王』


《アメジスト》



最後の最後にしてやられた。

まさかあの様な隠し玉が用意されていたとは思わなかった。その所為で不必要な深手を負ってしまった。


命に別状はないが、兎に角痛みが酷い。貫かれた腹部からは血が流れ、右肩の骨は砕かれたかのように動かない。流れる冷や汗と共に絢成はその場に膝から崩れ落ちた。




だが、勝利は勝利だ。その結果は揺るがない。忌まわしき『トルマリン』の宝石も、既に絢成の物だ。


傷も絢成の所持する宝石『アメジスト』の力によって直ぐに完治するだろう。何ら問題はない。


絢成はその場に佇む巳空に、若干咳き込みながら話しかけた。



「……助かったぜ巳空。お前が来なきゃ、俺はこいつに全弾撃ち込まれてた。」



巳空は小さくこくりと頷くと、踵を返して工場から出て行こうとした。



「…先に帰るのか。俺は少し休んでから帰るよ。」



巳空は再び頷き、今度はそのまま出て行った。



『アメジスト』の力は強力だ。だが、それ故に慢心してしまう。この怪我はその戒めだ。


しかし、今回は本当に不味かった。

巳空が来なければ、死にはしなかっただろうがこの程度の怪我では済まなかっただろう。病院送りで暫く戦線に出られない事態になったかもしれない。


それにしても、何故あの少女は自分自身を撃ち抜いたのだろうか。狙いが外れたのか、それとも流れ弾に当たったのか。


いいや、違う。


何をしてくれたのかは分からないが、これも巳空の持つ『ムーンストーン』の力、『相手の思考を逆転させる』力によるものなのだろう。さしずめ、「絢成に向けて撃ち込む」という考えを巳空が“逆転”してくれたのだろう。その流れ弾が、運良く『トルマリン』の所持者であるこの少女に当たったのかもしれない。



「……くそっ!」



絢成は舌打ちをした。今までは何事も上手くいっていた。何不自由なく、思い通りに事が運んだ。裏で糸を引くように、何人たりとも想像通りに動いてくれた。


だが、このザマだ。




この遊戯の王たる者がなんて失態だ。


暫く絢成は歯を食いしばり、己の惨めさを悔いた。圧勝こそが王たる所以、圧倒こそが王に必要不可欠な力だ。その理想には遠く及ばない、なんとも無様な勝ち方だ。敗北に等しい屈辱だ。



「……次だ。」



絢成は垂れ流れる血をそのままに、ふらりと立ち上がった。傷は『アメジスト』の力によって既に塞がりつつある。それでもまだ重症の類だ。安静にしていなければならない。


だが、絢成はもう立ち止まる事は出来ない。今の絢成は止まると死亡する回遊魚だ。自他共に蝕み続ける毒薬だ。


負けは許されない。


王として、敗北はあってはならない。誰が相手でも勝ち、どんな異能を持っていようが勝ち、狡猾な罠を仕掛けられても勝ち続ける。


それが絢成が目指す王への理想だ。


愚かにも襲撃してくるものを全て蹴散らし、此方から攻めれば百戦錬磨。盾であり剣、王であり兵士。攻防一体の、一人の要塞になりたいのだ。





「次の標的も俺が仕留める。宝石争奪戦の王はこの俺だ……!」





例え親でも子供でも友人でも目的のためなら全て殺す。一片の躊躇もなく殺して宝石を奪い取る。手段は選ばない。醜かろうが汚かろうが関係ない。全員を力で屈服させ、恐怖で支配し、仲良く涅槃へと見送ろう。








《サファイア》




ここ最近、溜息しかでない。



つい二日前、とある二人組に私自身という存在が見つかってしまった。それからと言うもの、どういう経緯か、その二人と行動を共にする羽目になってしまった。


確かに仲間になると言ったのは海音だったが、今になってみると少し早計だったかもしれない。でもその判断が間違っている訳では無かった。


面倒だが次にいつ、誰が海音を殺しにくるか分からない状況だ。油断は出来ないし、関係ないと二人から逃げるわけにもいかない。


しかし、ある意味二人には強制力がある。思い通りに事を進ませるように、海音を丸め込もうとしているような気がしてならない。仲間のように装ってはいるが、決して裏切らないと言い切れる信憑性は一切ない。海音は警戒心を緩める事を出来ないでいた。


だが、真に警戒するべきは嘉島雪乃と名乗った女性だ。彼女はもう一人の男性、藍浦裕仁とは違い、頭の回転が早い。


即座の判断能力と、幾つもの世界線での可能性を考慮する力。一度に様々な事は出来ないと知ってか、捨てるべき可能性はとことん捨てる。雪乃は場合を的確に選び、物事に臨機応変に対応できる。何故裕仁に敗れたのかが分からないくらいだ。今、海音が握っている情報では、裕仁が雪乃に勝利するなど有り得ないと言いたいくらいだった。





……まぁ、今それは置いておくとして、海音は小さな路地にいつも持ち歩いているクマのぬいぐるみを抱えながら寂しく座っていた。自らの意思ではなく、二人の指示に従っての行動だ。


海音の首飾りの宝石は光ってはいない。あの二人と行動している筈なのに、光ってはいない。


それは当然だ。


海音は今、二人の宝石と共鳴する範囲内にはいないのだ。雪乃が言うには、「三人がそれぞれ三方向へ向かって歩き、宝石の反応が途切れたところで立ち止まる。そうすれば三つの宝石の反応範囲が三角形上に並び、こちらに接近する宝石所持者がいたならば誰かしらの宝石は反応する。そして直ぐに行動に移せる。」だそうだ。



挿絵(By みてみん)


一見完璧なフォーメーションだが、例外があると裕仁は言った。それは「相手が宝石を持たず、背後から奇襲してくる場合」だ。だが、それは雪乃が否定した。「まだ誰が宝石を持っているのかは分からない状況だ。まだその心配は無い。そして、もし襲って来られたなら奇襲さえ防いでしまえば後はこちらのもの。そんなリスクの高い賭けをする物好きはそういない。」と断言していた。


確かにその通りだが、海音は十三年間生きてきて色んな人間にあった。人それぞれ考えてる事も、趣味もまるで違う。雪乃はああ言っていたが、決して完全否定できる可能性では無い。一応注意しておく必要もあるだろう。


とは言っても、路地裏で一人で過ごすのは暇で暇で仕方が無い。スマートフォンを弄ってはいたが、いずれ飽きは来る。他の二人は馬鹿みたいに真面目に見張っているのだろうか。



また溜息だ。



いい事がろくに無い。今だってそうだ。


人通りの少ないこの路地裏に幼い子供が一人でいるのだ。絡まれない訳がない。


待機中に何度か変な不良に声をかけられたが、海音の宝石に反応はなかった。ただの社会不適合者の群れだった。そんな鬱陶しい羽虫共に“無視”という行為は逆効果だったらしく、更に息巻いて喚き散らしてきた。真夏の深夜の蚊を彷彿とさせる。


だが、そんな奴らに少し『サファイア』の力を使うだけで、彼らは怯えて逃げてくれた。それは少しスカッとした。


海音の『サファイア』は『角度を操る』という非常に汎用性の高い能力だ。生き物以外の角度なら多分何でも変化させる事ができる。


先程絡んできた不良達の目の前で、建物を少し傾けてやったら「化け物だ!」と血相を変えて逃走したことを思い返した。



「化け物……か。」



この力は個人的に気に入っている。逃走にも回避にも便利だ。だが、いざ化け物扱いされると心にくるものがある。自分は他人から見れば化け物なのだな、と海音は自嘲気味に微笑んだ。



「なんだかんだ言って、私もこのゲームに染まり始めているのね…。」



三度溜息。

海音は三角座りで蹲った。



「もうやだ……。」







そんな海音を更に追い詰めるように、はたまた慰めるように、首から下げられた碧い宝石ーー『サファイア』は淡い光を灯した。







キャラクター⑤


夢術 彩音


挿絵(By みてみん)



トルマリン所持者。

今作で最初の被害者。


運悪く巻き込まれた可哀想な女子高生。

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