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9話『弱者の牙』

《ガーネット》




非常に勝手な判断だったが、屋上まで来て正解だった。


雪乃が屋上へ到着した時、裕仁は鉄片と共に宙を舞っていた。一瞬戸惑ったが、裕仁はこちらを覚悟を決めたような眼差しで見てきたので、雪乃は直ぐ様『ガーネット』の力を発動させた。


直ぐに鉄骨を繋げた判断は正しかった様だ。



しかし、『宝石の力』の隠していた発動条件をうっかりとバラしてしまった事に気が付いた。裕仁には今まで、『手に触れていないと繋げることは出来ない』と思い込ませてきた。敵を騙すならまず味方からと良く言う。もし絶体絶命の時、裕仁ですら知らない『秘策』とやらを残しておきたかったのだ。


まぁ、使ってしまったものは仕方がない。見られて困るものではない。元々『秘策』という程大層なものでも無かった。






雪乃がそうこう考えていると、泣き噦る少女を抱えて裕仁が戻ってきた。



「あーあ、泣かしたのね。可哀想に。」



「うるせぇ。こいつが勝手に泣き出したんだ。」



そう吐き捨てる裕仁は抱えた少女を下ろして、床にゆっくりと座らせた。


雪乃は少女に歩み寄って、目線を合わせる様に少し屈んだ。そして次に、裕仁に侮蔑の目を向けた。



「子供を泣かせるなんて最低ね。鬼畜の所業よ。」



そう言われた裕仁は焦る様に弁解する。



「いやいやいやいや、俺の所為にするなよ。」



「この鬼いちゃんが怖かったのねー。もう大丈夫よー。」



「まるで俺を悪役の様に呼ばんでくれ。」



雪乃は裕仁を無視するかの様に、少女に話しかけた。少女は涙の溜まった目を擦り、



「殺されるかと思ったの……」



と弱々しく呟いた。





「私は嘉嶋雪乃というの。貴方の名前は?」



雪乃は手慣れた様に話しかけた。

少女は深呼吸をして、ゆっくりと話し始めた。



「…私の名前は姫宮海音。『海』の『音』と書いて『まりん』。中学一年生。」



雪乃は彼女の年齢を聞いて驚いた。中学一年生だ。まだ12〜13歳の子供が、こんな殺し合いゲームに巻き込まれている。運営には悉く呆れが付き纏う。さっさと運営は解体しなければ、雪乃の気が済まない。



「そんなに若いのに…こんなゲームに巻き込まれて災難だったわね。」



海音はこくりと小さく頷いた。



……本当に災難だ。


中学一年と言えば、数ヶ月前はまだ小学生だ。精神も身体もまだ発展途上。こんな理不尽なゲームに巻き込まれたとなると、自分の力ではどうにも出来ない年代だ。きっと、親や先生にも相談ができなかったのだろう。一人で頑張って来たのだろう。そう考えると、海音という少女は既に立派だった。



「そうね…次に貴方の宝石の事について教えてくれるかしら?」



雪乃がそう言うと、海音は首からかけられた宝石を手にとって、雪乃や裕仁に示した。




「私が持っている宝石はこの『サファイア』。」



雪乃も宝石を取り出し、海音に見せる。互いの宝石は淡く光り、各々の宝石が反響し合っている。



「私の宝石は『ガーネット』よ。こっちの鬼いちゃんは『ペリドット』っていう宝石を持ってる。」



「……藍浦裕仁だ。」



裕仁は呆れた様に名乗り、ポケットから宝石を取り出した。当然、裕仁の持つ『ペリドット』も発光していた。




「それで、如何かしら。提案なんだけど、これからは私達と共に行動しない?」




雪乃は、海音に手を差し出した。

当然少女は悩んでいた。雪乃達を信用していいものなのか、信頼に値する力を持っているのか。少女は雪乃を値踏みをしなければならない。




「別に強制するわけでは無いわ。無理に私たちの仲間にはならなくていい。私も完全に正義側だとは限らないから。裏切るかもしれないし、見捨てて逃げ出すかもしれない。主人公でも救世主でもないただの人間だから。そんな私達について行くかどうか。それを決めるのはあなた自身よ。」



少女は俯向く。

そう。悩むしかないのだ。

これに関しては雪乃が強制出来るものではない。


逆につい数時間前に会ったばかりの奴に、苦悩することなく「ついて行きます」と軽々しく言うのでは困る。そんな奴だったならば此方から願い下げだ。


優しさに吊られて殺される可能性、ノーと断って口封じに殺される可能性、それとも本当に仲間として共に行動していく可能性。少女の中では様々な可能性が渦巻いているに違いない。


雪乃が思った通り、この海音という少女は自分で考えて行動できる力を持っている。思うことなら誰でもできる。ただ、それをこの年で実行に移せる人間はそうはいない。素晴らしい優秀な人材だ。雪乃はひたすら、海音がたった一つの答えを選択するまで待ち続けた。






長考の末、少女の出した答えは



「分かった。仲間になる。」



といった、賛成の言葉だった。



「貴方達はまだ信用できる。証拠に私を追跡してくる間、特に私が路地裏で行き止まりに突き当たった時、幾らでも貴方達は攻撃できた筈だった。」



海音は宝石の首飾りを握りしめながら、一点の曇りのない目で雪乃を凝視した。自分自身の選択に対する強い覚悟の表れだ。



「なのに貴方達は攻撃してこなかった。今だってそうだ。ニ対一で私の宝石を力ずくで奪えるのにそうしない。今は泳がせてやるという余裕の表れかも知れないけど、それは逆に暫くの間は守ってもらえるという事。他のプレイヤーも襲撃してくるのに、一人でいるのは危険だわ。だから私は貴方達の仲間になる。」



雪乃は驚いた。只々驚いた。


中学一年生で此処まで思考を巡らして、推論を立てて、的確に自身の安全な方を選択する。それに、雪乃達の事も心の底からは信頼していない。盲信する事なく、疑いの感情をしっかりと抱いている。


上出来だ。


まだ青臭い子供だが、最早大人と引けを取らない強い精神力を持っている。







「よし気に入ったわ。それじゃあ、貴方の『宝石の力』を教えてくれるかしら?」



雪乃は一度手を叩いて、満面の笑みで海音に話かけた。



「私の持つ《サファイア》の力は、『角度を操る』能力。」



『角度を操る』と聞いた瞬間、二人は「あー」と声を上げて納得した。通りで建物を造作もなく傾けることができたのだ。裕仁の登っていた梯子が変形する仕掛けも、それぞれの足場を別々の角度に傾けたのだろう。


だとすれば残る疑問はあと一つだ。



「通行人を避けずにすり抜けていったのも、その『サファイア』の力?」



そう。この少女はまるで躱す素振りすら見せずに通行人の波を滑走していた。あんな芸当が出来るのは『宝石の力』以外には有り得ない。



「当然よ。『サファイア』で通行人と私の角度を弄って、当たらないように調節していたの。」



「何も変わってるようには見えなかったが?」



「微量な変化だったから。貴方達にはあまり変わってないように感じたのよ。」



「ふーん。」



細かくは理解できないので、裕仁は軽く理解をしてその先は考えることを放棄したようだ。彼らしいといえば彼らしい判断だ。


それはどうであれ、異能を教えてもらったのなら、此方も教えるまでだ。だが、事細かに説明する気はさらさらない。仲間になると言っても、裏切られない可能性は0ではない。例えその確率が立徳だろうが阿頼耶だろうが、少しでもある限りは信用しきれない。



「……私の『ガーネット』の力は、『物を繋げる』事が出来る。さっきの梯子のようにね。そして裕仁の『ペリドット』は『物を動かす』ことができる。凄いでしょ?」



それを聞くと少女は微妙そうに顔を顰めた。



「…何よ。」



「いや、思っていたよりも強い異能じゃないんだなーって…。もっとこう……想像してたのはなんていうか、『絶対服従』とか、『運命の書換え』とか…。」



「一つ忠告しておくが、厨二病は拗らしちゃあいかんぞー。」



「まだ中学一年生よ。」



海音は頬を膨らまし、腕を組んで裕仁を見つめた。少し小馬鹿にされてるのが気に食わないのだろう。子供らしい訴え方で、雪乃は少し微笑ましく思った。


同じ志を持った仲間が三人に増えた。

この戦争から逃走し、遁走し、奔逸する弱者達の集いだ。


雪乃も当初はゲーム優勝を目指したが、裕仁と一戦を交えて以来、その考えは改めた。



これからは負犬アンダードッグがゲームメイクを支配する。弱者が強者に勝てないなど誰も断言してはいない。


ならば立ち向かうのみ。

馬鹿のように、雑魚のように逃げ惑いながら強者の首元に喰らいつく。




雪乃は拳を固く握りしめながら、二人がわちゃわちゃと騒ぐ姿を眺めて頬を緩めた。





明けましておめでとうございます


挿絵(By みてみん)


描き収めで雪乃さん描きました。

拙い文章ですが、今年もどうぞよろしくお願いします。


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