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〜プロローグ〜





「ーー準備が整いました。」





某大企業の本社ビルの最上階にて。


清潔感のある広々とした一室に、一人の淑やかな女性が入室した。


彼女の顔は文句の付け所のないほど整っており、化粧は控えめであったが、それでも十分に映えるものだった。目は猫のように大きく、そして鋭いのが特徴的だ。年は二十代前後だろうか。前半と言われれば若すぎるようにも思え、後半と言われればそこまでの年齢とは思えない。彼女の年齢を言い当てるのは至難の技だろう。高いヒールのせいか身長はやや高く見えるが、実際はもう少し低いだろう。長めの髪は後ろに纏めて束ねられ、溢れんばかりの若々しさをタイトなスーツで包んでいる。『立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花』という有名な都々逸があるが、それは彼女の為にあると言っても過言ではないかもしれない。


この秀麗な容姿だけで、何と無しに“選ばれた人間”であるということを想像できるだろう。その美貌は神の恩寵を受けるべき存在、または人類の成功例であると言い切れる。それでいて彼女は、あろうことか頭脳も明晰だった。若いながらにブランドスーツを着こなしている時点で、ビジネスマンとして高い地位に位置していることは明白であった。つまり彼女には欠点と呼べる部分は一切見当たらず、完璧という最終到達地点に最も近い人間………言わば、この世の勝ち組と言える人材だった。


そんな彼女の視界の先には、黒色の革製のデューロンチェアーに優雅に凭れかかる初老の男性がいた。


髭は均等の長さに整えられ、不摂生な不潔感を一切感じない。それどころか、大人の男性としての魅力が詰め込まれているように感じる。ツーブロックとオールバックの髪型は崩れぬようにしっかりと固められており、正面に立つだけで彼から感じる威圧感は凄まじい。スーツは一切着崩さず、糸屑の欠片すら付着させてはいない。これらから感じるからの人間性は、外見に一寸の綻びすら宥恕せず、常に完璧を装っている神経質な男ということだ。彼の姿容には、微粒子程度の些細な例外すらも紛れ込んではいなかった。


男性の前にある机の上も、書類が分類ごとに束で整理されている。そして邪魔となる余計な物は置かれず、必要最低限な仕事道具のみが並べられている。簡素だが、決して何かが欠けている訳ではなく、逆に無駄な物が一切ない。情報整理においても効率重視であり、忙殺する勢いで舞い込む仕事においても一片の抜かりはないのが見て取れる。それは彼が非常に冷静かつ丁寧で、不毛を嫌う性格であるということなのだろう。


これらの全てから想像できる。彼を一言で纏めるならば、“並外れた意識の高い男性”だ。それも、欠損も蛇足も望まぬ完璧至上主義者だ。


その男性はまさしく「社の長」に相応しい奇人だった。






男性は足を組みながら長い指を絡め組むと、固く閉めていた口元を僅かに緩めた。



「‥‥‥回線を繋げ。」



男性は一言。ただそれだけを告げると、椅子を半回転させて彼女に背を向けた。



「かしこまりました。」



女性はまるで機械的な声音でそう応えると、男性に対して深々と一礼した。そして頭をあげると、ハイヒールのヒールを利用して器用に踵を返して扉へと向かう。それから彼女はドアノブに手をかけて外へ出ると、音を立てぬように丁寧に扉を閉めた。




・・・




女性が退室してから、暫く彼は動かなかった。何をするでもなくただ虚空を見つめ、室内に舞う小さな埃を数えるように静かに座っていた。息をしているのかを疑うほど彼は微動だにせず、目線だけを彼女の出て行った扉へと移した。


そして次の瞬間、彼の閉ざされた口の隙間から声が漏れた。


初老の男性は内に隠していた笑みを堪えきれず、遂に堰が切れたのか外へと零してしまう。それを機に堤防は崩壊し、形容し難い不気味な笑みは津波となって次々と飛び出し続けた。般若面のように口角を歪め、人間の笑い声とは思えないような声にならない狂笑を延々と吐き出す。その形相は『悪魔』『化け物』と罵られても異論は無い。いや、最早『悪魔』そのものだった。彼から放出される黒い哄笑は、閑静な部屋にひどく反響した。


それも仕方がない。彼は『これから起こる出来事』が楽しみで仕方がないのだ。今の彼は、遠足を次の日に控える子供と何ら変わりないのだ。矛盾しているようだが、邪気を孕んだような笑い声はとても無邪気なものであった。


そして男性は一頻り笑い終えると、絶頂を迎えたように恍惚の溜息をこぼした。そして誰にも聞こえぬような声で、呟くように独り言を零した。








「ーーさて、『序曲オーバーチュア』の幕は開かれた‥‥‥。12人の実験動物モルモット達は一体どのような愉快な悲劇を繰り広げてくれるのだろうか‥‥‥。」





そして彼は再び口角を上げて、こう言った。




ーーーコロシアエ。

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